英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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46.我慢も限界

(まだ、4日か……)

 晴れた空の下、チヤ王女と中庭の東屋でテーブルを囲みながら、お茶と茶菓子に舌鼓を打っていたユーリは、頭の中で指折り数えてみて、改めてその数字の小ささに驚いていた。
 元彼とは一週間ぐらい音沙汰がなくとも何も思わなかったというのに、たった四日目で自分でもすごく落ち込んでいるのが分かる。一番気を紛らわせる仕事も中断となってしまっているせいもあるかもしれない。

「どうしたの? 今日の講義で何か分からないことでもあった?」
「え、あ……、確かに、ちょっと分からなかったところはありますが」
「そうなの? それならチヤが教えてあげてもいいわよ!」

 えへん、と胸を張るチヤに気取られぬよう、ユーリはちらりと控えている侍女に視線を向ける。ユーリと同じぐらいの年齢に見えるその侍女は「どうぞご随意に、無駄に高くなった鼻をへし折ってください」とばかりに黒い笑みを浮かべた。

(本当にいいのかしら)

 ユーリは小・中・高・大と合計16年間も学生をしていただけあって、教えられて理解することと、誰かに教えることは全く別物なのだと知っている。要求される理解度が全く異なるのだ。

「でしたら、その、今日の講義で何度か出て来たメマル地方なのですが、鉱山で採掘された鉄鉱石をわざわざ隣接するイス地方へ運搬して加工しなければならないのはどうしてなのでしょうか?」「え、あー、それは、ほら、あれよ! 水! 精錬に綺麗な水がいるから、イシリア川流域が都合良くて」
「イシリア川であれば、その上流がメマル地方を流れています。そこではいけなかった理由があるのでしょうか」
「そ、れは――――」

 チヤはあちこちに視線を向け、だんだん顔を赤くしながらああでもない、こうでもないと考え始める。真剣に答えを導き出そうつするその様子が可愛くて、ユーリはつい眺めてしまった。いけなかっただろうか、と専属侍女を見れば、やはり可愛いものを愛でるような表情で彼女もチヤを見つめていた。

(王族なんだから、逆ギレしてポイすることだってできるだろうに、基本的に良い子なのよね)

 どこかで回答は後日でも構わないことを伝えようかと考え始めたとき、遠くからドタドタと荒々しい足音が近付いて来た。異変を感じた侍女や護衛の兵が気を引き締める。

「ユーリ!!!!」

 大声とともに茶会の席に乱入してきたのは、チヤの兄でユーリの恋人でもある男だ。何やらとんでもなく慌てた様子に、ユーリは慌てて立ち上がった。

「何か大変なことでもあったんです……っ?」

 フィルはユーリの姿を見つけるなり、勢いよく抱き締めた。身長差があるため、その硬い胸板に鼻をぶつけたユーリだったが、文句を言うよりも先に、突然の抱擁に混乱していた。

「何なのですか、フィル兄上! せっかくゆっくりとお茶を飲んでいたところでしたのに!」
「あぁ、チヤ、いたのか」

 ユーリを抱きしめたまま、本当に妹の存在に気がついていなかったフィルが無感動に告げる。そこでようやく、ユーリはこの状況が見られていることを思い出した。

「あの、フィルさん。ちょっぴり恥ずかしいので離してもらえませんか?」
「いやだ」

 ノータイムで拒否されたどころか、頭に頬ずりまでされたユーリは、頭を疑問符だらけにする。

(え? なんで? いきなりどうしたの? っていうか、見られてる中でこんなことされるの恥ずかしいんですけど!)

 しばらくユーリを抱きしめていたフィルだったが、少し落ち着いたのか、ようやく彼女の身体を少し離した。

「フィルさん。何かあったんですか?」
「ユーリに会いたかった」

 直球、それも剛速球なセリフにユーリの顔が一気に真っ赤に染まる。とっさに何も言えずにあわあわとしていると、フィルは彼女を軽々と抱き上げ、そのまま東屋のベンチに座った。膝の上に座る形となってしまったユーリが降りようとするが、腰にがっしりと回された腕がそれを許さない。

「ほら、ユーリ」
「え……っと」

 テーブルには先程までチヤとユーリが囲んでいたお茶と茶菓子が残されたままになっている。フィルはその中から一口サイズのパウンドケーキをつまむと、ユーリの口元へ運んで来たのだ。
 何を求められているか分からないユーリではない。それでも羞恥が先に来て、とても口を開けることはできなかった。

「どうした?」
「あの……」
「あーん」
「っ!」

 耳元でその言葉を囁くように告げられてしまい、もうどうとでもなれ、とユーリは観念して口を開けた。ついさっきまで、「ハーブが少し効いていて美味しいですね」とチヤと感想を言い合っていたパウンドケーキが、今はまったく味を感じなかった。

「すごい、あの脳筋兄上が……、これが番を持った竜人の行動なのか……」
「そうですね。まさかあのフィル殿下が給餌による求愛行動を見せるなんて驚きです……」

 それまで空気のように控えていたチヤ付きの侍女ですら、思わず感想を洩らしていた。

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