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6話
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眼下には黒い屋根のお屋敷。お屋敷というよりお城、と表現した方が正しいほど立派なものだ。
そのお屋敷の前、少し開いたスペースに静かに下りていく。たぶんこの馬車が下りるように開けられた場所なのだろう。
カタンという小さな音と少しの揺れのみで、たいした衝撃もなく着陸する。
「ようこそお越しくださいました。ご案内を申し付かりました、メルヴィーク様付き執事のエドワードと申します。」
出迎えたのはエドワードと名乗る青年。前世でも何回か会ったことがあるが、まぁ仲良くしていれば好青年だろう。主人命すぎなところが玉に瑕だが。
「それでは、こちらにどうぞ。」
エドワードさんの後に続いて屋敷の中にはいる。外観も黒い屋根に白い壁と色味がなかったが、館内も白と黒、紫でまとめられていていかにも魔侯爵家と言った感じだった。しかし品よく落ち着いていて、華美ではないが高級感があり好感がもてる。
子供の体には長く感じる廊下をすすみ、やがて一つの扉の前にとまる。
「エドワードです。お客様をお連れいたしました。」
エドワードさんがノックとともにそう告げると、許可の声が聞こえてきた。そのまま彼が開けてくれた扉をくぐる。
「失礼いたします。」
「いらっしゃい。遠いところよく来てくれたね。」
「お久しぶりです、ルーヴィス公。」
「初めまして、フィリアーチェと申します。」
「こんにちは、小さなレディー。ベルティス魔侯爵、ルーヴィスだ。よろしくね。
アーティアスも久しぶり。
さぁ、座ってくれ。こちらも紹介しよう。」
アーティアスはお父様の名前だ。
親し気にルーヴィス公…メルヴィーク様のお父様と挨拶をしている。
しかし、二人がこんなに親し気だったことがあっただろうか…。まぁ今までもささいな違いはあったし、その一つだろう。
「メルヴィーク。」
ルーヴィス公が彼の名前を呼ぶ。すると私たちが入ってきた扉とは逆の扉から、一人の男の子が入ってきた。
アイスブルーの瞳にサラサラの暗い青みがかった紫の髪。幼さの残る可愛らしい顔を不機嫌たっぷりに歪めている。
「…。メルヴィークです。」
嫌々、と言った風に名前だけ名乗る彼。私も立ち上がり挨拶をする。
「フィリアーチェ・リザレと申します。よろしくお願いいたします。」
「…よろしく。」
ルーヴィス公に目線で促されブスッとした表情で返事をしたメルヴィーク様はそのまま促され、ソファに座る。
「まったく…。すまないね、フィリアーチェ嬢。こちらから申し込んだものだというのに…。アーティアス殿から話を聞いて、それなら是非うちの息子に、と思って私が勝手に婚約させてしまったのを怒っているみたいなんだ。」
いつの間に話をしていたというのか。それよりもお父様はルーヴィス公に何を話したと…。
ふと目に入った彼の表情で気が付く。ルーヴィス公は、あの話を聞いて、私を哀れんでくれたのか。まぁ私に少しでも有用性を見つけたからこそだと思うが…。貴族が哀れみだけで婚約なんて結ばない。
「君は聡明だと聞くし、ちょうどいいと思ったんだ。」
「私は気にしていないので大丈夫ですよ。むしろ申し訳ありません。」
なけなしの表情筋を動かし苦笑する。
今生で婚約をしてくれた理由が存外まともな理由で驚いたのを隠す意味もある。早く死にたいが惨たらしく死にたいわけではないので、その点今回は期待できるかもしれない。どちらにしろ契約結婚なのは変わらないが。
「正直、普通の反応かと思います。私みたいなのをいきなり押し付けられたんですから。…そこで失礼かとも思いますが私から一つお願いさせていただいてもよろしいでしょうか。」
「……なにかな?」
否定されないのが何よりそう思っている証拠で、こんなことを言う私からのお願いに警戒しているのが分かる。
「この婚約の話を聞いてからずっと考えていたんです。もし、将来、メルヴィーク様に本当に好きな方が出来て、私との婚約が煩わしいものとなった場合、また魔侯爵家に不利益があると分かった場合、遠慮せずに破棄してほしいと思っています。それから、この婚約は、メルヴィーク様が適齢期になるまでなるべく周知されないようにしていただきたいのです。迷惑が、かからないように。」
迷惑と私の死に方のために、の方が正しいが。よほどのことがない限り、先に婚約破棄の意思を伝えた時の方が幾分マシな死に方だったと記憶している。
「そ、れは…。」
「フィリアーチェ!」
私のお願いに動揺する大人たち。メルヴィーク様は聞いているのか聞いていないのか、不機嫌な顔をしたまま紅茶を飲んでいた。
「フィリアーチェ嬢、それは君にとって不利な条件ではないのか?」
「…私という不利益を背負ってもらうんですから、当たり前です。」
「君が気にすることじゃない。」
「その人がそれでいいって言ってんだからその条件でいいんじゃないですか。」
思わぬところからの援護射撃。
「俺はそれでいいです。ていうか、俺にとって優位な条件ですし、断る理由もない。」
まともに話を聞いていないと思っていたメルヴィーク様が飲み終わった紅茶のカップを置きながら賛成してくれた。
「では、そういうことでお願いしてもよろしいでしょうか。」
「……君たち二人が、いいのなら…。」
「私はそれでお願いしたいです。」
「なんでもいい。」
「そう、か。アーティアス殿…。」
「そうですね。二人の意思を尊重しましょう。」
はぁ…とため息をつき頷くお父様。保護者からの承諾を貰えたことにほっと息をつき、冷めた紅茶を飲む。
久しぶりにこんなに喋った。良い死に方をする道への第一歩だと思えば多少変な目で見られるのも安いもんだ。
「それじゃあ、父さんたちはまだ話があるから、二人で庭でも散策してきなさい。メルヴィーク、案内してやれ。」
「は!?」
「ぇ……。」
そのお屋敷の前、少し開いたスペースに静かに下りていく。たぶんこの馬車が下りるように開けられた場所なのだろう。
カタンという小さな音と少しの揺れのみで、たいした衝撃もなく着陸する。
「ようこそお越しくださいました。ご案内を申し付かりました、メルヴィーク様付き執事のエドワードと申します。」
出迎えたのはエドワードと名乗る青年。前世でも何回か会ったことがあるが、まぁ仲良くしていれば好青年だろう。主人命すぎなところが玉に瑕だが。
「それでは、こちらにどうぞ。」
エドワードさんの後に続いて屋敷の中にはいる。外観も黒い屋根に白い壁と色味がなかったが、館内も白と黒、紫でまとめられていていかにも魔侯爵家と言った感じだった。しかし品よく落ち着いていて、華美ではないが高級感があり好感がもてる。
子供の体には長く感じる廊下をすすみ、やがて一つの扉の前にとまる。
「エドワードです。お客様をお連れいたしました。」
エドワードさんがノックとともにそう告げると、許可の声が聞こえてきた。そのまま彼が開けてくれた扉をくぐる。
「失礼いたします。」
「いらっしゃい。遠いところよく来てくれたね。」
「お久しぶりです、ルーヴィス公。」
「初めまして、フィリアーチェと申します。」
「こんにちは、小さなレディー。ベルティス魔侯爵、ルーヴィスだ。よろしくね。
アーティアスも久しぶり。
さぁ、座ってくれ。こちらも紹介しよう。」
アーティアスはお父様の名前だ。
親し気にルーヴィス公…メルヴィーク様のお父様と挨拶をしている。
しかし、二人がこんなに親し気だったことがあっただろうか…。まぁ今までもささいな違いはあったし、その一つだろう。
「メルヴィーク。」
ルーヴィス公が彼の名前を呼ぶ。すると私たちが入ってきた扉とは逆の扉から、一人の男の子が入ってきた。
アイスブルーの瞳にサラサラの暗い青みがかった紫の髪。幼さの残る可愛らしい顔を不機嫌たっぷりに歪めている。
「…。メルヴィークです。」
嫌々、と言った風に名前だけ名乗る彼。私も立ち上がり挨拶をする。
「フィリアーチェ・リザレと申します。よろしくお願いいたします。」
「…よろしく。」
ルーヴィス公に目線で促されブスッとした表情で返事をしたメルヴィーク様はそのまま促され、ソファに座る。
「まったく…。すまないね、フィリアーチェ嬢。こちらから申し込んだものだというのに…。アーティアス殿から話を聞いて、それなら是非うちの息子に、と思って私が勝手に婚約させてしまったのを怒っているみたいなんだ。」
いつの間に話をしていたというのか。それよりもお父様はルーヴィス公に何を話したと…。
ふと目に入った彼の表情で気が付く。ルーヴィス公は、あの話を聞いて、私を哀れんでくれたのか。まぁ私に少しでも有用性を見つけたからこそだと思うが…。貴族が哀れみだけで婚約なんて結ばない。
「君は聡明だと聞くし、ちょうどいいと思ったんだ。」
「私は気にしていないので大丈夫ですよ。むしろ申し訳ありません。」
なけなしの表情筋を動かし苦笑する。
今生で婚約をしてくれた理由が存外まともな理由で驚いたのを隠す意味もある。早く死にたいが惨たらしく死にたいわけではないので、その点今回は期待できるかもしれない。どちらにしろ契約結婚なのは変わらないが。
「正直、普通の反応かと思います。私みたいなのをいきなり押し付けられたんですから。…そこで失礼かとも思いますが私から一つお願いさせていただいてもよろしいでしょうか。」
「……なにかな?」
否定されないのが何よりそう思っている証拠で、こんなことを言う私からのお願いに警戒しているのが分かる。
「この婚約の話を聞いてからずっと考えていたんです。もし、将来、メルヴィーク様に本当に好きな方が出来て、私との婚約が煩わしいものとなった場合、また魔侯爵家に不利益があると分かった場合、遠慮せずに破棄してほしいと思っています。それから、この婚約は、メルヴィーク様が適齢期になるまでなるべく周知されないようにしていただきたいのです。迷惑が、かからないように。」
迷惑と私の死に方のために、の方が正しいが。よほどのことがない限り、先に婚約破棄の意思を伝えた時の方が幾分マシな死に方だったと記憶している。
「そ、れは…。」
「フィリアーチェ!」
私のお願いに動揺する大人たち。メルヴィーク様は聞いているのか聞いていないのか、不機嫌な顔をしたまま紅茶を飲んでいた。
「フィリアーチェ嬢、それは君にとって不利な条件ではないのか?」
「…私という不利益を背負ってもらうんですから、当たり前です。」
「君が気にすることじゃない。」
「その人がそれでいいって言ってんだからその条件でいいんじゃないですか。」
思わぬところからの援護射撃。
「俺はそれでいいです。ていうか、俺にとって優位な条件ですし、断る理由もない。」
まともに話を聞いていないと思っていたメルヴィーク様が飲み終わった紅茶のカップを置きながら賛成してくれた。
「では、そういうことでお願いしてもよろしいでしょうか。」
「……君たち二人が、いいのなら…。」
「私はそれでお願いしたいです。」
「なんでもいい。」
「そう、か。アーティアス殿…。」
「そうですね。二人の意思を尊重しましょう。」
はぁ…とため息をつき頷くお父様。保護者からの承諾を貰えたことにほっと息をつき、冷めた紅茶を飲む。
久しぶりにこんなに喋った。良い死に方をする道への第一歩だと思えば多少変な目で見られるのも安いもんだ。
「それじゃあ、父さんたちはまだ話があるから、二人で庭でも散策してきなさい。メルヴィーク、案内してやれ。」
「は!?」
「ぇ……。」
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