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76 死の瀬戸際

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 視界が、思考が、霞始める。
 抵抗する力さえも、一気になくなる。


(あ、死ぬわね。コレ)


 それなのに、アザリアの感情はとても淡々としていて、最も簡単に死を受け入れた。

 ゆっくりと瞼を落とす。


 眼裏に映っていたのは、心底憎たらしい海色の瞳を持つ彼の顔。


 くちびるが弧を描く。
 アザリアは、最後の力を振り絞って、ゆっくりと瞼を上げて視界に憎たらしい男を映しながら、くちびるに言葉を乗せた。


「あい、しているわ、………ある、ふぉー、ど」


 死ぬ間際ぐらい、自分に正直にあろうと思った。
 ずっとずっと秘めていた心の内を、少しぐらい明かしてもいいかなと思った。
 押さえつけていた大きな大きな思いは、心の奥底で順調に大きくなり、抱えきれなくなっていた『愛』は、あっという間に溢れ出す。

 情けなくも自嘲の微笑みを浮かべたアザリアは、霞んでいた視界の先を見たくなくて、ゆっくりと瞳を閉じる。愛おしいとお思う人と同じ色彩を持つ、醜い人間に殺されるなど、死んでも意識したくない。


(わたくしを殺していいのは、ただおひとり、あの人だけ———………、)


 立ち入りすぎた仕事。

 感情移入しすぎた仕事。

 失敗続きの仕事。


 そして、

 ———暗殺姫として、全くもってふさわしくない仕事ぶり。


 どれをとっても歴代史上最低最悪の仕事だった。

 それなのに、アザリアの心は、これまでにないほどに、否、遠い遠い、記憶のない遥昔と同じぐらいに高鳴り、喜んでいる。


 ———とくん、


 胸が高鳴る。

 遠い日の記憶が、何度も何度も夢で見ては否定してきた記憶が、走馬灯のように流れる。


(本当に、わたくしってば馬鹿ね)


 一筋の涙がこぼれ落ちる。


 死の瀬戸際、
 アザリアの眼裏には、赤、青、紅、黒、。4本の薔薇を満面の笑みで差し出しながら跪く、神さまに愛された少年の姿が映っていた———。


*************************

読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

蛇足感はありますが、ここで1つ。
4本の薔薇
『死ぬまで気持ちは変わりません』
赤薔薇
『あなたを愛してます』
青い薔薇
『神の祝福』
紅の薔薇
『死ぬほど恋焦がれています』
黒の薔薇
『決して滅びることのない愛』

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