完 難聴令嬢は今日も恋文をしたためる (番外編更新済み)

水鳥楓椛

文字の大きさ
16 / 22

Side.オリオン 愛している

しおりを挟む

▫︎◇▫︎

 オリオン・ライオネルの世界は、1人の少女によって全てが形成されていた。

 冷たく、子供に一切興味のない父と幼き頃に王妃によって毒殺された母の顔は、6歳になるオリオンにとってはもはや忘れてしまったも同然だった。
 だからだろうか、オリオンにとってその少女ネージュ・アクアマリンは全てであった。1~10までオリオンの持ち得るものはネージュの為のものであり、ネージュのためならば命さえも惜しくはなかった。

 けれど、そんなオリオンにとって全てだった世界はあっという間に崩れ去って行った。
 自分の軽率な行動によって、彼女の世界は無くなってしまった。

 父王とネージュの父公爵によってネージュとオリオンは離れ離れになった。どうにか侍女の中にオリオンの息がかかった者がネージュと共に過ごせるようにしたが、その女エリアンヌからオリオンにもたらされる情報は、あまりにも悲惨なものだった。

 何度も自殺を図るネージュ。
 日に日に弱っていくネージュ。

 どれをとっても、苦しくて、泣き叫びたくて仕方がなかった。
 でも、オリオンには圧倒的に力が足りなかった。凍りついた心を持つネージュの太陽になりたくても、オリオンにはなれなかった。

『ーーー愛するものを守りたくば、力を得ろ。誰にも邪魔されない、誰にも文句を言われない圧倒的な力を得ろ。それがお前の武器になる』

 7歳の時、自暴自棄になりかけていたオリオンの元に唐突に、気まぐれに顔を出した父王は、この言葉をオリオンに吐き捨てて帰っていった。
 その大きな胸糞ムカついて、イラついて、でも、あの男に自分の命は守られているという事実に気がついて、だからこそ、文字通り血反吐を吐くような努力を重ねた。
 身体中に刃物で切り裂かれた傷跡が残っても、ネージュを助けるためだと思えば、何も苦にならなかった。

 やっとのことで、ネージュに向けて自分が行動を起こしても問題にならないであろう力を身につけた時には、6年もの月日が流れていた。
 12歳の彼女の誕生日に1冊の本を贈った。
 オリオンとネージュの色彩の本にはたくさんの宝物が詰まっている。雪のように淡くて儚い言葉も、本に記せば永遠となる。
 オリオンとネージュの本には、たくさんの宝物が詰まっている。

 狂おしいほどに愛している彼女と再会ができた時には、10年もの月日が経っていた。一緒に過ごした時よりも長い月日の間に、彼女は美しい大人の女性へと変化していた。

 周囲から彼女へと向けられる視線に嫉妬した。
 彼女へと向けられる声に嫉妬した。
 彼女と同じ空気を吸っている人間全てに嫉妬した。

 嫉妬で狂いそうになる自分を泣けなしのりせいでおさえこんで、オリオンは彼女との逢瀬を楽しんだ。

 そして、彼女を自分の檻の中へと招き入れた。

 元々彼女の父公爵がネージュを殺そうと企み、何度もオリオンの作戦によって失敗していたことは知っていた。だからこそ、ネージュが不安になってオリオンを頼るように仕向けた。
 大事な本を使って企むのはどうかと思ったが、泣けなしの理性が敗北をして、結局は彼女のことを自分の手の届く範囲に閉じ込めた。
 結婚するまでは使用してはいけない続き部屋を、自分の持ち得る最大限の権力を使って無理矢理に使用し、彼女を徹底的に守り、慈しみ、閉じ込める。

 狂っている。

 自分でも理解している。
 けれど、オリオンにはもう自分のことを止められなかった。
 彼女にはもっと冷たいものを渡したかった。でも、結局与えられたのは熱くて火傷しそうなものだけだった。

 綺麗事ではないけれど、綺麗で揺るぎないものを。
 上辺よりも、胸の奥の奥をゆっくりと温めるものを。

 理想だけはあるけど、心のどこ探してもまるで見つからなくて、オリオンは結局自分なりの最低限しか彼女に与えられない。

 伝えたいのに伝わらない。
 その不条理が、本当は臆病なオリオンの一挙手一投足をキツく縛りつけ、オリオンの行動を鈍くする。

 だから、彼女をどこまでいっても守りきれない。
 分かっている。でも、変えられない。
 苦しくてもどかしいこの気持ちが“恋”ならば、“愛”ならば、この世界はどんなに残酷なのだろうか。

 美しいネージュをこれでもかと堪能し、けれど彼女を結局のところ守れなかった夜会が終わって、風呂に入り、ゆったりとしたズボンのみを身につけて湿った髪をかき上げたオリオンは、彼女の部屋と自分の部屋をつなぐ扉に背中を預ける。
 優しく本の表紙を撫でてから本を開くと、彼女の苦悩に満ちた文章が浮き上がってきた。

 初めてだった。

 強くあろうとする彼女が初めて弱音を吐いた。苦しいと叫んだ。望みを告げた。心の底から嬉しかった。彼女が自分を求めていると分かったから、自分だけではないと理解できたから。
 凍りついた彼女の心にとって、オリオンは太陽でいられたようだ。
 そうなりたいと願って、傲慢な思い込みを拗らせていたと悔やんだ時期もあった。笑ってなかったことにしようと思っていた。
 でも、夢は叶った。
 ネージュはオリオンのことを大事にしてくれている。

 だからこそ、とびきりの言葉を返したかった。
 でも、言葉はまるで淡く儚い雪の結晶のようで、ネージュにプレゼントしたくても夢中になって探せば探すほどに、形は崩れ落ちて溶けて消えてしまう。
 何を返せばいいのか分からなくて、頭がぐちゃぐちゃになっていって、でも最終的には一言だけが頭の中に何度も何度も浮かび上がる。
 正解ではないけれど、正解に最も近くて、でも足りない言葉。

『愛してる』

 オリオン選ぶ言葉が、そこに託された想いが、ネージュの胸を少しでも震わすことができているだろうか。
 分からない。
 でも、諦められない。
 愛しているよりも愛を届けたい。

 熱い感情がオリオン胸を震わせる。
 オリオンは激流のように溢れ出す感情を止めることができずに扉を開いた。

 ふわっと愛しの彼女の身体が自分の方に倒れ込んできて咄嗟に抱き止める。
 すべすべでもちもちで柔らかい彼女とはいつの間にこんなに差ができてしまったのだろうか。
 男と女の違いの大きさを、彼女抱きしめるたびに実感する。

「ネージュ、愛してる」

 愛おしい彼女に、オリオンの声は聞こえない。
 でも、それでも、ネージュの全てを愛している。
 言葉では表せないほどに、愛しているというたった一言の言葉では言い表せない程に、オリオンは彼女を愛している。

「私も、オリーを愛してる」

 昔よりも落ち着いたゆっくりとした口調になった彼女は、自分の声すらも知らない。こんなに凛とした、澄んだ雪の響きのような声を知らないなんてもったいないと思いながらも、独り占めできる今が嬉しい自分に反吐がでる。
 でも、そのくらいに愛しているのだ。

(愛してるよりも僕の愛が君に届くまで、もう少しだけ待って)

 ゆっくりと微笑みながら、オリオンはネージュのくちびるに自分のそれを重ねた。
 オリオンの騎士や傭兵並みの傷だらけの身体は、彼女には似合わない。それでも、オリオンはやっぱり彼女の隣にいたい。
 彼女への愛を紡ぎ続けたい。



 ーーー音を失った難聴令嬢ネージュのために、虐げられてきた第2王子オリオンは恋文をしたためる。愛しの彼女に、愛していよりも愛を届けるために。



*************************

読んでいただきありがとうございます🐈🐈‍⬛🐈

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!

翠月 瑠々奈
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。 侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。 そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。 私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。 この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。 それでは次の結婚は望めない。 その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

処理中です...