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残光レクイエム
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故郷は葬られた。私が息の根を止めたのだ。
件の地は病んでいた。東北の片隅にあったあの場所……父も母も祖父母も親類も友人も教師も誰も彼もが蝕まれていた。もっともそれは地域全体、社会全体がそうだった。私も幼い時分から病魔に侵され、病と共存できなかったがゆえに喘ぎ、ふらつき、何度も倒れながら無様に成長していった。しかし、けっして悪いことばかりではなかった。まぶたを閉じればその裏に思い出がいくつもほのかに浮かび上がる。戯れ、安らぎ、喜び……私は故郷を愛していた。薄暗くも鈍い光を放つそれを憎みながら愛していたのだ。
やがて病巣を抱えた私は、熱に浮かされるまま上京――都会の辺境で仕送りを頼りにみじめな暮らしを始めた。そしてあの微光が恋しくなると帰郷して、あか抜けない町並みや老いた松と梅がひっそりと立つ庭と色褪せたトタン屋根の実家に挨拶し、馴染みとの再会を淡々と喜び、くすんだ陽が差す二階の部屋でカバーが日焼けした本の頁をめくり、手あかがついた音楽CDをかけて懐旧の念に浸った。依然薄暗い故郷は病をこじらせる一方、私を癒してくれもしたのだった。
だが、戻るたびに故郷は少しずつ変貌していった。再開発で道路は幅広くなり、店が入れ替わるにつれて光はどんどん薄れていった。人間関係は家族も含めてバラバラになった。そして、実家が老朽化したことなどから彼方に新居が建てられた。私はどこか陰気な新しい実家になじめず、帰省したときは旧実家にひとり足を運んでいたのだが、だんだんと光を感じられなくなっていった。まるで新陳代謝に伴って自分が別のものになっていくかのように……いつしか心が離れ、病に伏せっているうちに旧実家は売られて跡形もなくなってしまい……光を見失った私は、かすがいが外れたように故郷と疎遠になった。電話をかけることも年賀状を送られることもなくなった。そんなときに起こったのが、東日本大震災――例の原発事故。地図の上では目に見える被害を受けてはいなかったが、そのとき私は、故郷は死んだ、と思った。それは理屈ではない。そうやってとどめが刺されたのだ。
もう私は帰ることはない。こちらでの知人との会話で故郷の話が出たときは、当たり障りのない言葉のパッチワークでごまかす。もはや故郷はただの記号に過ぎない。どこにも存在していないのだ。しかし、それでも病を抱え続ける私の脳裏には、ぼんやりとした残光が焼き付いている。
件の地は病んでいた。東北の片隅にあったあの場所……父も母も祖父母も親類も友人も教師も誰も彼もが蝕まれていた。もっともそれは地域全体、社会全体がそうだった。私も幼い時分から病魔に侵され、病と共存できなかったがゆえに喘ぎ、ふらつき、何度も倒れながら無様に成長していった。しかし、けっして悪いことばかりではなかった。まぶたを閉じればその裏に思い出がいくつもほのかに浮かび上がる。戯れ、安らぎ、喜び……私は故郷を愛していた。薄暗くも鈍い光を放つそれを憎みながら愛していたのだ。
やがて病巣を抱えた私は、熱に浮かされるまま上京――都会の辺境で仕送りを頼りにみじめな暮らしを始めた。そしてあの微光が恋しくなると帰郷して、あか抜けない町並みや老いた松と梅がひっそりと立つ庭と色褪せたトタン屋根の実家に挨拶し、馴染みとの再会を淡々と喜び、くすんだ陽が差す二階の部屋でカバーが日焼けした本の頁をめくり、手あかがついた音楽CDをかけて懐旧の念に浸った。依然薄暗い故郷は病をこじらせる一方、私を癒してくれもしたのだった。
だが、戻るたびに故郷は少しずつ変貌していった。再開発で道路は幅広くなり、店が入れ替わるにつれて光はどんどん薄れていった。人間関係は家族も含めてバラバラになった。そして、実家が老朽化したことなどから彼方に新居が建てられた。私はどこか陰気な新しい実家になじめず、帰省したときは旧実家にひとり足を運んでいたのだが、だんだんと光を感じられなくなっていった。まるで新陳代謝に伴って自分が別のものになっていくかのように……いつしか心が離れ、病に伏せっているうちに旧実家は売られて跡形もなくなってしまい……光を見失った私は、かすがいが外れたように故郷と疎遠になった。電話をかけることも年賀状を送られることもなくなった。そんなときに起こったのが、東日本大震災――例の原発事故。地図の上では目に見える被害を受けてはいなかったが、そのとき私は、故郷は死んだ、と思った。それは理屈ではない。そうやってとどめが刺されたのだ。
もう私は帰ることはない。こちらでの知人との会話で故郷の話が出たときは、当たり障りのない言葉のパッチワークでごまかす。もはや故郷はただの記号に過ぎない。どこにも存在していないのだ。しかし、それでも病を抱え続ける私の脳裏には、ぼんやりとした残光が焼き付いている。
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