漆黒の闇に

わだすう

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15,文武両道

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「よーし!もっと声出せー!」
「走れ走れー!」

 午後の体育の授業はサッカーの紅白戦が行われていた。審判をする教師のホイッスルの音と、男子生徒たちの元気なかけ声が校庭に響く。

「きゃあ!シオンに球きた!」
「シオンー!がんばってー!!」

 体育館でバレーボールをしているはずの女子生徒たちが校庭をのぞき、パスを受けたシオンに黄色い声援を送る。

「させるかっ!」

 たくみなドリブルで進むシオンの前に、クラウドともうひとりの生徒が立ちはだかる。

「もらい…っぅお?!」

 男子生徒はスライディングしてボールを奪おうとするが、あっさり抜かれて尻もちをつく。

「チッ…!」

 クラウドはシオンの右側に回り、反則覚悟で彼の脇腹めがけて肘を突きだす。当たると思った瞬間、メガネの奥の左目がギッとクラウドをにらんだ。

「?!!」

 シオンがこちらを向いた驚きとその威圧に怯み、クラウドは肘鉄をくらわせようとした勢いのまま派手に転倒する。シオンは転んだ彼をひらりと飛び越え、鋭いシュートをゴールにぶち込む。あまりの勢いにキーパーは青ざめていた。

「…また、負けた」

 クラウドはホイッスルの音と女子生徒たちの悲鳴にも近い歓声を、寝転んだまま聞いていた。







「痛ぅー…」

 放課後。下校中のクラウドは擦りむいた肘に貼られた大きな絆創膏を見て、顔をしかめる。

「大丈夫ですか」

 と、前を歩くシオンが後ろを振り向く。

「へっ、何とも思ってないクセに」
「わかりますか」
「ぐっ腹立つ…っ」

 自分で煽っておきながら、あっさりいなされ、クラウドはイラっとする。

「お前さ、右側から行ったのに何でわかったんだよ?」

 右目を失っているシオンは右側の視界が悪いはず。にも関わらず何故クラウドの行動がわかったのか。

「あんなあからさまな殺気を向けられたら、目をつぶっていてもわかりますよ」

 シオンは視界の悪さをカバーするため、人の気配を察知する訓練を積み、それに長けている。実際、見えなくとも人の動きがわかるほどだ。

「…そうなのか?」
「そうですよ」

 クラウドはそう言われてもよくわからないが、納得するしかない。

「では、また明日」
「ああ。またな」

 シオンはペコっと頭を下げてウェア城へ向かい、クラウドは手をあげてから自宅への路地を曲がる。

 まさに文武両道。何でも完璧にこなし、教師からの信頼が厚く、男子からは一目置かれ、女子の憧れの的であるシオンをクラウドは意地になってライバル視しているが、それは彼の一方的なもの。シオンは特にそうとは思っていない。
 以前のように遊ぶことこそないが、普通に会話をし、一緒に下校するふたりの様は、端から見れば仲の良い学友といったところである。







 中等部まではウェア城周りの森入口から公用車で送迎してもらっていたシオンだが、今は深い森の中を自分の足で走って通学している。

「お帰り、シオン君」
「ただいま帰りました」

 城の裏口から入り、通りかかった使用人にあいさつを返す。小柄でかわいらしかった容姿はスラリと端正なものに変わり、人懐っこさもなくなったシオンだが、城の者にとっては変わらずかわいい息子や弟。すれ違う使用人たちは皆、笑顔でシオンに話しかける。

 シオンの自室は住み込みの王室護衛たちの自室で占められている4階に移動していた。自室に入ると、勉強用の机にバッグを置く。机の他はベッドと本棚があるくらいの生活感のない部屋だ。
 シオンはかけていた黒縁のメガネを外し、着ていた私服を脱ぐと、黒のピッタリしたノースリーブシャツにタイトなズボンをはき、首から足首まである黒いロングコートを羽織る。さらに国に忠誠を誓った証、青布を薄紫色の髪を覆うように頭に巻く。
 王室護衛の正装姿になり、ふっと息を吐いて目を閉じる。目を開けると、普通の学生から王室護衛の厳しい表情に変わっていた。そして、顔半分を隠すスキーゴーグルのようなサングラスをかけ、シオンは自室を出た。



「「お帰り、シオン!」」

 城の3階にある護衛用の事務室に入ると、事務机に向かう王室護衛の正装をした双子が同時にパッと顔をあげる。

「ただいま帰りました。お疲れ様です。レイニーさん、シャウアさん」

 シオンは扉を閉め、丁寧にあいさつを返す。
 26歳になったレイニーとシャウアは去年、ふたりで護衛長に就任していた(護衛長になれるのは25歳から)。護衛長がふたりというのは異例だが、どちらが就いても変わりはなく、前任の護衛長も選ぶことが出来なかったため、ふたりでということになったのだ。

「帰ってすぐ勤務か?少し休んでもいいぞ」

 と、レイニーはシオンを手招く。

「勤務を入れたのはお前だろう。悪いな、シオン」

 と、シャウアは隣の事務机の椅子を引く。

 40名ほどいる護衛たちのシフトを組むのも護衛長の役目。シオンはふたりの事務仕事を補佐する任務を、平日の帰宅後によく入れられていた。

「いいえ、仕事ですから」

 シオンはくっと口角を上げ、その椅子に座った。




 1時間後。

「失礼します!」

 慌てた様子の護衛がノックと同時に事務室の扉を開ける。

「護衛長!また、陛下が無断外出をされたと報告が…!」
「うぇ?またか」
「本当にこりないな、あのお方は」

 聞き慣れた報告に、レイニーとシャウアはうんざりしてため息が出てしまう。どんなに危険な目にあっても無断外出をやめない君主に、護衛たちは呆れを通り越して諦めてしまっている。

「シオン、帰ってたのか。お疲れ」

 護衛はシオンに気づき、声をかける。

「はい、お疲れ様です」

 ペコリと頭を下げる後輩に癒やされていると

「…おい」
「は、はいっ?!」

 レイニーの低い声にビクッとして我に返る。

「報告はそれだけなら、持ち場に戻れ」
「はい!失礼しました!」

 シャウアにも威圧的に命じられ、慌てて事務室を出て行った。
 ふたりとも強く頼れる護衛長なのだが、シオンに少しでも下心を見せる者に対してはあからさまに厳しい態度をとってしまうのだ。

「じゃあシオン、また頼めるか?」
「はい」

 うってかわった明るい声のレイニーに言われ、シオンは立ち上がる。

「陛下を連れ戻したら、上がっていい」
「わかりました。行って参ります」

 シャウアも優しく早い退勤を命じ、事務室を出るシオンを見送った。








「そのクリームのと…後は…」

 城下のシューカ街。花屋の向かいにあるお菓子屋ではフードをすっぽりかぶった中年の男が、色とりどりのケーキが並ぶショーケースに張り付き、目当てのケーキを選んでいた。にこやかに対応する店員はまさか彼がこの国に君臨するウェア王だとは微塵も思っていないだろう。

「チョコレートケーキですよね」
「ぅおわ?!!」

 王は突然耳元で聞こえた声に驚き、飛び上がる。

「お迎えに参りました」
「シオンか!毎回、音もなく近づかないでよ」

 深々と頭を下げるシオンを見て、あー驚いたとぼやく。

「申し訳ありません」

 シオンはくっと口角を上げた。





「君にはすぐに見つかってしまうね」

 城に向かう公用車の中。王は後部座席にゆったりともたれ、楽しげに笑む。フードを外し、あらわになった美しい金髪と輝く金色の瞳がまぶしい。

「君のお兄さんと一緒だ」
「…はい」

 助手席に座るシオンはケーキの入った箱を膝に乗せ、返事をする。

「護衛として、私のそばにいるのは辛くないかい?」
「…」
「君は今も私を恨んでいるだろうから」

 自虐的なことを言いながら、ルームミラーに映る王は表情が変わらない。

「いいえ。僕は陛下に忠誠を誓った身です。そのような気持ちはありません」
「優等生な答えだね。そういうところはお兄さんと違うよね、君は」

 シオンの模範的な否定に、少しさびしげに目を伏せた。

「それならさ、城に帰ったら、ケーキを一緒に食べようよ」

 王はパッと笑顔になると、座席から前に乗り出し、シオンの持つケーキの箱を指す。

「あ…いえ、甘いものは苦手なのでご遠慮します」
「そう。小さい頃は喜んで食べていたのにね」
「申し訳ありません。王子といただいてください」

 つまらなそうに後部座席に戻った王の方を向き、シオンは謝った。







「私が出かけたことを知っているのは君だけ?」
「いいえ」
「あ、そう…」

 城の裏口の扉をシオンが開け、王はげんなりして中に入る。

「陛下っ!!」
「うひゃあ?!」

 途端に怒鳴られ、思わず悲鳴が上がる。

「本日は休憩をとる時間もありませんとお話ししたはずですが?」

 ビキビキといくつも怒りマークを浮かべるのはお目付け役の国務大臣。公務から脱走した王の帰還を待ち構えていたらしい。度重なる無断外出により、だいぶ公務が滞っているのだ。

「少し気分転換したかっただけだよ。とりあえず、おやつにしない?」

 王はにっこりと笑み、ごまかそうとするが

「陛下ぁ~…っ!睡眠時間もとらないおつもりですか…っ?」
「わ、わかった!済まなかった!ちゃんとやる!」

 本気で怒っていると察し、慌てて謝る。

「ご苦労様、シオン君」
「はい」

 大臣はにこりと笑ってシオンに声をかけると、わかりやすくしょんぼりした王を執務室へと連れて行った。

「…あ」

 シオンは頭を下げて見送った後、持ったままだったケーキの箱に気づく。あの様子だと、王はおやつどころか夕食すらまともにとれないだろう。
 王子に持っていこうと思い、王子の自室へ歩を向けた。
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