白銀色の中で

わだすう

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 王の執務室。自室を出た王は今までの遅れを取り戻すため、今朝から山積する問題の解決に尽力していた。今も夕食をとる間も惜しんで国務大臣たちと会議中だったが、蓮たち4人(アラシは置いていかれた)が訪問すると、人払いをして迎え入れてくれた。

「君が…そうなんだ」

 蓮の腕をつかみ、背に隠れているヒナタを王は中腰になり、見つめる。彼の境遇と城に来ることになったいきさつは報告を受けていた。

「レンが連れて来てくれたんだね。ありがとう」
「ああ」

 顔を見合わせ、笑いあう王と蓮をヒナタは戸惑いを隠せない様子で見上げる。王はすっと床に片膝をつくと、頭を下げた。
 この国で最大限の敬意の表し方。それを全国民からされるべき王が、自分の前でしていることが信じられなくてヒナタは驚く。王国に君臨するウェア王の偉大さは、ヒナタのような子どもでもわかることだ。

「ごめんね。つらかったでしょう?君のような子がいたなんて、僕に力がないせいだ」

 謝罪され、いっそう驚き戸惑っているヒナタを蓮は腕ごと王の前に出す。

「お…王さまは、悪くない…」
「ありがとう。君はいい子だね」

 目を泳がせながらボソボソ言うヒナタに、王は顔を上げ、にこりと微笑む。

「これからはここで君を守るからね。君が幸せに成長して大人になれるように」

 その笑顔に少し緊張がとけたようで、ヒナタはうなずく。

 やはり、あの方のご子息だ。シオンは王の姿に懐かしさを感じ、ヒナタに幼い自分を重ねた。

「レン、シオン、クラウド。ヒナタをよろしくね」

 王は立ち上がり、3人に託す。

「ああ」
「承知しました」

 蓮はにっと笑い、シオンとクラウドは片膝をついて頭を下げた。











 翌朝。ヒナタは目を覚ました。こんなに朝起きることが待ち遠しかったのは初めてだった。目の前には眠る蓮の顔がある。

「ふふ…っ」

 夢じゃないんだと嬉しくなって、声をもらして笑う。

 昨夜、王と顔を合わせた後、ヒナタは蓮と離れたくない、一緒に寝たいと散々駄々をこねた。もちろん、彼の部屋は用意してあるのだが。そのうち、面倒くさくなった蓮が勝手にしろと言ってしまい、大喜びで蓮のベッドに潜りこんだのだ。

 ふと、目線を下げると蓮の裸の上半身が目に飛び込んでくる。蓮には眠っている間に服を脱ぐという、ある意味困ったクセがある。自分と違う、引き締まった胸と腹筋。ヒナタは思わず手を伸ばし、そっと胸元に触れる。

「…ん」

 蓮が身じろぎ、はっとして手を離す。

「も…起きたのか…。早ぇよ…」

 蓮は寝ぼけ眼でヒナタを見て、文句を言いながら毛布をかけ直す。

「…寝ろ」

 と、抱き寄せられ、蓮の胸元に頬がくっつく。そこから顔がかぁっと熱くなり、ドキドキと胸が高鳴る。蓮に対する憧れとも、嬉しさとも違う、感じたことのない気持ち。何だかわからないけれど、とても心地よくて。ヒナタは蓮の心音を聴きながら、目を閉じた。









「イヤだ!おれも一緒に行く!!」

 城のエントランスホールに子どもの駄々をこねる声が響いていた。これから、街の見回りに行く蓮について行きたいとヒナタがワガママを言っているのだ。

「ヒナタ君、我々は遊びに行くのではなく、とても危険な」
「うるさい!!アラシは黙ってろ!」

 蓮に同伴するアラシが言い聞かせようとするが、怒鳴り返される。昨日折れてなんとか修復した心が、再び折れそうになる。
 蓮はどうでもよくなり、「勝手にしろ」と言いそうになる寸前

「おはようございます」

 やって来たシオンが爽やかにあいさつをする。

「シオンさん…っ」

 救世主の登場で、アラシは助かったと涙ぐむ。

「ヒナタ、レン様がお戻りになるまで私とご一緒しませんか」
「…うん」

 長身を屈めて微笑みかけるシオンに、ヒナタはぽっと頬を染めてうなずいた。







 シオンはヒナタを連れ、城内を案内していた。彼はシオンの腰巻きエプロンのすそをつかみ、素直に歩いているが城内の設備には特に興味がないようで。

「レンはどこから来たんだ?」
「レン様は遠い国からいらっしゃいました」
「何であんなに強いんだ?」
「国王陛下をお守りするためですよ」

 と、蓮のことばかりを聞いてくる。

「なら、一番強いんだな!」
「そうですね」
「へへ…レン、すごいな」

 ヒナタは自分がほめられたかのように笑う。


 金眼保有者は普通、家族からはもちろん周りの者にも愛され、守られて育つ。それは『金眼』の力もあると言われているが、容姿の美しさとかわいらしく素直な性格もその理由である。

 シオンはヒナタの境遇や様子を聞いた時、彼は心に深い傷を持ち、閉ざしてしまっているだろうと思っていた。それを癒すには長い時間を要するとも。しかし、完全に、とは言えないかもしれないが、もうすでに心を開き、子どもらしい感情を見せている。表情が乏しく、ワガママになってしまったのは環境のせいで、本来は素直でかわいらしい性格なのだ。そうさせた蓮の無自覚であろう才能と魅力に改めて感心した。


「ヒナタはレン様が好きなのですね」
「え?」
「レン様といると嬉しいのでしょう?レン様のことを知りたいのでしょう?」

 今朝感じた、何と言ったらいいかわからなかった蓮に対する気持ち。これが人を『好き』になるという感情なのかと、ヒナタは気づかされる。

「うん。おれ、レンが好き」

 にっこり笑い、うなずく。

「シオンは?」
「私もレン様が好きですよ」
「同じだな」
「はい」

 ふたりは顔を見合わせ、笑った。




 シオンとヒナタはティールームにいた。大きな窓から日が差しこみ、ぽかぽかと暖かい。

「もうひとつ、私はあなたと同じなのですよ」

 シオンはお茶を淹れながら、焼き菓子をかじるヒナタに話す。

「何?」
「私も金眼の保有者でした」

 稀少な保有者同士が出会うことはまれである。ヒナタも今まで出会ったことがないので、さすがに驚く。

「今はないのですけどね」
「ない…?うそ…」
「嘘ではありませんよ。見ますか?」

 シオンが右目を隠す布に手をやり、ヒナタはあわてて首を横に振る。

「何で…?」
「取られてしまったのです」
「が、外国人にか…?」

 外国人による金眼の略奪行為があったことは学校で習い、国民なら誰もが知っている。だが、ほとんどの若者は何十年も前の歴史のひとつとして認識しており、現実味はあまりないのだ。

「いいえ。この国の人です」
「え…っ?」

 加害者が外国人ではないとは、さらに衝撃を受ける。

「その時、父も母も失いました。そして、あなたと同じようにこの城に保護されたのです」

 同じじゃない。

 ヒナタは言葉が出なくなる。自分の境遇の元凶でしかなかった、この左目。コンタクトレンズで隠すよう勧める施設職員への反抗で、目立つ眼帯をつけていた。でも、それを失うなど考えたこともなかった。それに、自分には両親こそいないけれど、育ててくれた職員がいて。城に来たのは自分の望みで。何もかも失った末に城に来たシオンとは根本的に違う。

「…すみません。怖がらせてしまいましたね」

 黙ってうつむいてしまったヒナタに、話し過ぎたかとシオンは謝る。

「この眼がなくとも、前の国王陛下も城の方々も私を愛してくださいました。今は愛する人もいて、とても幸せです。現在、異変が起きていますが、本来、その眼を持つ者は皆から愛されるものです。ですから、あなたはもっと幸せになりますよ」
「…うん」

 穏やかに微笑まれ、ヒナタはうなずいた。







「本は好きですか。ここには大きな書庫もありますよ」
「レンは読むのか?」
「レン様が本をお読みになっているのは見たことありませんね」

 再び城内の案内を始めるが、やはりヒナタの興味は蓮のことでシオンは苦笑いする。その時、急な頭痛を感じた。

「シオン?」

 ヒナタは立ち止まったシオンを、どうしたのかと見上げる。

「よう、ヒナタ」

 そこへ、昼休憩に入ったらしいクラウドが声をかけてくる。

「どうしたんだ?」
「クラウド、ヒナタをお願いできますか」
「え?ああ、いいけど」
「ありがとうございます」
「どこ行くんだ?」

 聞くクラウドを無視し、シオンは足早に廊下を歩いて行ってしまった。こうして前護衛長は行き先も告げずにどこかへ外出することが度々ある。

「…ったく」

 クラウドは気になりつつも、しょうがない奴だと呆れてぼやく。

「シオン…」

 ヒナタを見れば、不安げな顔でシオンの背中を目で追っている。
 金眼保有者の血縁であるクラウドは、他人であっても保有者を守りたいという意思が強い。ふっと、一息つくとヒナタの頭に手をやる。

「ヒナタ、昼飯食ったか?」

 ヒナタは首を横に振る。

「食堂行こうぜ」
「うん」

 にかっと笑いかけられ、うなずいた。
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