白銀色の中で

わだすう

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10,衰弱

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「レン!気がついたか?」

 重いまぶたを開くと、見慣れたクラウドの顔がぼんやりと見えてくる。蓮はウェア城内の医務室のベッドに寝かされていた。

「…ああ」
「はぁあ…良かった…」

 蓮の返事に、クラウドは大きくため息をついて心底安堵する。

「おーい、じいさん!レンが起きたぞ!」
「ん、おお…」

 うとうとしていた王室お抱えの老医師、セツは呼ばれて椅子から立ち上がった。


「レン様ぁ!レン様ぁあ!!本当に申し訳ありませんでしたぁ!!」

 アラシは蓮の寝るベッドにすがり、泣き叫ぶ。

「アラシ君、うるさくて聴こえんぞ」
「アラシ!わかったから黙ってろ!」
「は、はいぃっ!レン様ぁああっ!!」

 蓮の脈を測るセツとクラウドに注意されても治まる様子がない。自分の目の前で蓮がこうなったことに、必要以上に責任を感じてしまっているらしい。

「ったく、少し休んでろ」
「ぅぐ?!」

 クラウドは仕方なく背後からぎゅっと首を絞めあげ、アラシを失神させた。


「心音も脈も異常なし…。後一日は念のため休養なさってくだされ」
「ありがとう、じいさん。起こして悪かったな」
「いや、いや…」

 クラウドに礼を言われ、セツは腰をとんとん叩いて片付けを始めた。


「…ん」

 蓮は足元に重みを感じて頭を少し上げると、見覚えのあるオレンジ色のクセ毛が見える。ヒナタがベッドに伏せて眠っていた。泣いていたのか、閉じた目元に涙がにじんでいる。

「ああ、こいつお前が起きるまで待っているって頑張ってたんだけどな」

 お子さまにはキツイ時間だと、クラウドは笑う。時刻はもう夜半を過ぎていた。

「あ、そ…」

 何を考えてるんだと思いつつ、悪い気はしなくて。蓮は手を伸ばし、ヒナタの頭をくしゃくしゃなでた。

「さてと…」

 クラウドはベッド脇の椅子から立ち上がると、失神させたアラシを抱き起こす。

「よっ!」
「…はっ?!」

 ぐっと背中を押し、強制的にアラシの意識を戻した。

「アラシ」
「は…はい…っ!」

 何が起こったのかよくわからないまま、アラシはふらふらしながら立ち上がる。

「ヒナタを部屋で寝かせてやってくれ。その後、お前も休めよ」
「えっ?!ですが…っ!」

 クラウドの命令で状況を思い出し、拒否しようとするが

「レンは俺が見てるから心配するな。ヒナタを頼んだぞ」
「…はい」

 ぽんと肩に手を置かれ、蓮を不安げに見てから、力なく承諾した。




 アラシはヒナタを背負って部屋へ寝かせに行き、セツも片付けを終えて出て行き、医務室は急に静かになる。

「レン…一体、何があったんだ?」

 蓮とふたりきりになったところで、クラウドは話を切り出す。


 街で倒れ、アラシに抱かれて城に運びこまれた蓮は死んだかのようにぐったりしていて、クラウドもさすがに血の気が引いた。怪我はなく、何かの病の可能性も低かったが、異常に衰弱した状態だったのだ。


「アラシはずっとああで、話にならないしよ」

 肝心のアラシは取り乱して泣くばかりで、何があったのかほとんど聞き出せなかった。他人に興味のない前護衛長シオンに代わり、彼を護衛長に推薦したのはクラウドだが、後悔したくなる。

「なんか…急に、力が入らなく、なって…」

 蓮は街でのことを思い出しながら、ぽつぽつ話し出す。

「何もなくていきなりか?」
「いや…道端に座ってるヤツがいて…キス、された…」
「は?!キスぅ?!何者だ?!」

 見知らぬ他人に愛しい蓮の唇を奪われたとは、クラウドはカッとして身を乗り出す。

「アラシは…外国人、て…」

 その後のことはほとんど覚えていないが、確かアラシがそう叫んでいた。蓮にはあの青髪の男が外国人だとは思えなかったが。

「まさか、例の金色の目か?」
「わ…かんねー…け、ど……」

 蓮の表情がうつろになり、声が出なくなってくる。

「…レン?キツイか?」
「ぅ……」

 蓮は普通にしゃべる体力もまだなく、心配そうに顔をのぞきこむクラウドにまともに返事も出来ない。

「無理しなくていいぞ。話してくれてありがとうな。おやすみ」

 黒髪を優しくなでられ、ほほにキスをされ、蓮は再び眠りに落ちていった。









 うっそうと木々のしげる、国境をまたぐ深い森の中。日が落ちると真っ暗になるはずのそこに、人工的な明かりが灯っていた。木々の間に隠れるように設置してある、4、5人が余裕をもって寝れるくらいの大きさのテントの灯りだ。それに繋げて張られている日除けの下にもランプが灯り、簡易のベンチシートが置かれていた。

「…っあ、あぁ…あ…」

 テントの中からは男の悲鳴にも近い喘ぐ声がもれていたが、徐々に弱々しくなっていく。

「…ふぅ」

 やがて声も聞こえなくなると、大柄な男が這い出るようにテントから出て来た。

「ちょっとワンス!怪我したからって食べ過ぎじゃない?!」

 その後から出てきた赤縁メガネの小柄な男は大柄な男…ワンスに文句を言う。

「仕方ないだろ、イール」

 と、触る首筋に、つい数時間前にシオンにやられた傷は跡形もない。

「もう~っヨイチが戻ってきたらどうするのさ?あのコ、もうダメだよ?多分」 

 小柄な男…イールはテントの中を指す。

「ダメそうなら、向こうに帰ればいい」
「また入る時にあの人来るんじゃない?」
「望むところだ」
「何の話だ?」

 気配もなくやって来て、話に割り込んできたのは青い長髪の男。左目には眼帯をつけ、右目は鈍い金色の瞳だ。

「あ、ヨイチ。お帰り~」

 イールはひらひらと手を振る。

「前に話したろう。俺たちがここに出入りする度に来ていた奴だ」

 ワンスは昼間出会ったシオンのことを伝える。

「すごい美人だったよ。しかも強いし」
「元金眼保有者だからな」
「元…?金眼を取られて生きているということか?何故だ」

 青髪の男…ヨイチも疑問に思い、顔をしかめる。

「さぁ?何にも教えてくれなかったよ」

 イールは首をすくめる。

「ヨイチ、今日はやらなかったのか?」
「いや、手応えはなかったがな」

 と、ヨイチは青髪をかきあげ、ベンチシートに腰を下ろす。

「それにしちゃ、元気じゃない?」
「ふ…別の収穫があった。口から食っただけだが、うまかった」
「マジで?保有者?かわいい?」

 『うまい』に反応して、イールは座っているヨイチをのぞき込む。

「保有者ではないな。性格は最悪だ」
「えー…何それ…」

 げんなりして身を引く。

「逃がしたのか」

 ワンスも気になったのか、聞く。

「ああ、そばに王室護衛がいた」
「えっ?!王室関係者なの?」
「さぁな」

 驚くイールにかまわず、ヨイチはベンチシートに寝転ぶ。

「確実に関係者だよねぇ…。手、出しちゃって大丈夫?」
「…」
「聞いてないし」

 遠くを見つめ、反応しなくなってしまったヨイチにイールは呆れる。どうする?と言いたげに見上げてくる彼に、ワンスは知らんと首を振った。








 翌朝。ウェア城の医務室から、元気な子どもの声が聴こえてくる。

「レン、たまご食べるか?おれのやるよ!」

 特別に朝食を持ち込み、ベッド横に置いたテーブルでヒナタは蓮におかずをやろうと立ち上がる。

「おい、ヒナタ。自分の分は自分で食えよ」

 その横にいるクラウドが笑ってたしなめる。

「でも、食べないと元気にならないだろ?」

 好きな人の体調が悪いことも、それを心配することも初めてでどうしたらいいのかわからないのだ。

「これだけ食えれば大丈夫だ。なぁ?」
「…ん」

 食事を取れるほどに回復し、ベッド上で身体を起こしている蓮に話を振れば、蓮はくしゃくしゃとヒナタの頭をなでる。蓮もヒナタに何と言ってやったらいいかわからない。

「…へへ」

 ヒナタはくすぐったそうに目を閉じ、笑った。



「失礼します」

 食事が終わる頃、シオンが医務室に入って来る。

「珍しくごゆっくりな登場だな?」

 いつも蓮の不調の際には真っ先にかけつける彼が、一晩顔も見に来ないとは。クラウドは嫌みっぽく言ってやる。

「クラウド、朝食の片付けをしていただけますか。ヒナタも一緒に」

 シオンは動じず、蓮にべったりのヒナタをちらりと見て言う。

「は?言われなくても片付けるけどよ」
「おれはレンと一緒にいる!」

 ヒナタは蓮と離されると感づいたようで、ぎゅっと蓮の腕をつかむ。

「…お願いします」

 シオンはクラウドにだけわかるように鋭い殺気を向ける。蓮とふたりきりにさせろと言う意味の、逆らえない命令。

「っ!ぐ…わかったよ」

 クラウドは一瞬怯み、仕方なくうなずく。

「ヒナタ、手伝え」
「イヤだ!レンといる!」

 蓮の腕をつかんだまま、ヒナタはぷいっと横を向く。

「お前はレンに元気になって欲しいんだろ?」
「うん…」

 クラウドに言い聞かせられ、蓮を見上げる。まだなんとなく顔色が悪く、体調が万全でないことは子どもでもわかる。

「それなら、休ませてやらないとな」
「…うん、わかった」

 ヒナタは素直にうなずいた。




「レン」

 クラウドとヒナタが医務室を出ると、シオンは蓮の寝るベッドにぎしっと手をかける。

「もうお部屋にお戻りになってもよろしいのですよね」
「…ああ」

 医師からは休養すれば、いつでも自室に戻っていいと言われていた。

「では、参りましょう」

 毛布をめくられたかと思うと、ずぼっと膝下に腕を入れられ、肩をつかまれる。

「うお?!ちょ…自分で、歩け…っ」

 横抱きで持ち上げられ、蓮は焦るが

「黙ってください」
「…」

 ピシャリと言われ、抵抗出来る体力もないため、黙るしかなかった。
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