白銀色の中で

わだすう

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23,出国

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「…痛ぅ」

 腕と身体中の痛みで、蓮はまどろみから目覚めた。

「うわっ、もう起きたの?」

 半日は眠ってるって聞いたのにーと、蓮の寝るベッドの脇に座っていたイールが驚く。

「腕、まだ痛い?いい医者に診てもらったんだよー」

 ずずっと椅子を動かして近くに寄り、蓮の顔をのぞきこむ。

「どけ、イール」
「おっと。はいはい」

 そこに、ヨイチが部屋にずかずか入ってくると、当然のように椅子を譲る。

「レン、もう目が覚めたのか。熱もあるな…。あの医者は強い鎮痛剤だと言っていたが、お前は薬物に耐性があるのか?」

 ヨイチは椅子に座り、蓮の額や首筋に触れながら話す。
 あの苦い液体は鎮痛剤かと、蓮は浅く呼吸しながら思う。薬物や毒物が効きにくいのはいいが、こういう時には厄介な体質だ。

「ヨイチ、買って来たぞ。…ん、もう起きたのか」

 買い物に行っていたワンスがふたつの紙袋を抱え、部屋に入ってくる。

「ワンス、お帰り~」

 イールはひらひら手を振る。

「こいつが何を食べるかわからんから、適当だぞ」

 と、ワンスは紙袋の中身をバラバラと出す。果物やパン、缶詰め、飲料水などがテーブル上に転がる。

「ああ、レンの好みはこれから知ればいい」

 ヨイチは椅子を立ち、果物を手に取る。

「うわー…これ、1日3回も食べるの?面倒くさ~」

 その食料を見てイールがぼやき、蓮は意味がわからなくて何を言っているのかと思う。

「レン、これは食べられるか?」

 と、ヨイチがミカンのような果物を見せる。蓮は熱に浮かされた頭で何も考えず、うなずいていた。


「口を開けろ」
「ん、ぁ…」

 むいたミカンの房をやっと開けた口内に押し込まれる。柔らかくて食べやすいのだろうが、今の蓮には噛むのもつらく、味も感じない。

「ヨイチー、無理に入れちゃかわいそうだよー」

 イールは苦しげな蓮を見かねて言うが

「無理などさせていない」
「あーそう。じゃあ、水飲ませてあげたら?」

 聞く耳を持たないヨイチに苦笑いして、水のボトルを手渡す。

「…っひ、な…」

 蓮はミカンをなんとか飲み込むと、口を開く。

「ヒナタ、は…どう…した…」

 彼らが拐っていったというヒナタをどうしたのか。ヒナタが無事でなければ、蓮が城を出た意味がなくなる。

「あ、あの金眼のうるさいコ?ウェア王国の森に置いてきたよ。約束通りでしょ」

 イールが蓮の言いたいことを察し、答える。

「…あ、そ…」

 あの深い森の中でも、王室護衛たちなら見つけられるだろう。ひとまず、安堵する。

「レン」
「ん…っ」

 ヨイチはミカンの房ごと、ぐっと指先を蓮の口内に入れる。

「俺はヨイチだ。お前の口から他の名が出るのは気に入らない。俺の名だけを呼べ」

 と、うめく蓮の目線を強引に合わせる。

「それはさすがに無理だよねぇ、レン君?ちなみに僕はイール、こっちのでっかいのはワンスだよ」

 イールはヨイチの嫉妬丸出しな発言を軽くフォローするが

「わかったな、レン」
「ぅぐ…」

 ヨイチは聞こえないかのように言って、口から指を抜く。

「もー、束縛男は嫌われるよー」

 イールは呆れ、ワンスは無言で目を閉じた。





「ぅえ…」

 蓮はまた水と鎮痛剤を口移しで与えられ、苦味にえずく。

「…な、んで、こんな…する…?」
「何故世話をするのか、か?」

 濡れた蓮の唇をぬぐいながら、ヨイチはかすれ声を聞き取る。

「お前は俺のものだ。私物を大切にするのは当たり前だろう?」
「俺は、ものじゃ…ねー…」

 蓮はかろうじて悪態をつき、重くなっていくまぶたを閉じる。

「ふ…」

 ヨイチは楽しげに笑み、唇にそっとキスをした。











「何で、俺の出国許可まで取ったんだ?お前ひとりで行くことも出来ただろ」

 クラウドはぎゅっとブーツの紐を結び、聞く。

 翌朝。シオンとクラウドは旅仕度をしていた。手袋をはめ、必要最低限の荷物を背負い、フード付きのマントを羽織る。

 シオンに対して、クラウドはだいぶ辛辣な態度をとっていた。そんな者と共に旅などしたくはないだろう。

「我々ウェア人が国を出るということは、安全の保証がないということです。それに対応出来る者は今この国にあなたしかいません。だからです」
「え…」

 他人に興味のないシオンが同志の実力を認めているのかと、クラウドは意外に思う。

「何より、ひとりよりもふたりの方が良いと思いませんか」

 言いながら、シオンはクラウドを見る。今は仲違いしている場合ではない。協力して一刻も早く蓮を探し出すべきで、自分たちの感情は二の次だ。

「…っ」

 シオンにそう諭されたようで、クラウドは自分の感情ばかり優先していたことが恥ずかしくなる。が。

「捜索には複数の方が効率的です」

 と、シオンはふっと感情なく言う。

 要するに、死ななそうなのがひとりでもいた方が効率がいいってことか。

「ソーデスネ」

 クラウドは棒演技で同意し、もうこいつの話は真剣に聞くまいと思った。


「で、どうやって探すか、考えはあるのか?」
「これをどうぞ」
「何だ?…ぶはっ?!!」

 手渡された写真を見て、クラウドは思わず吹き出す。1枚は目線は外れているが、蓮の胸から上の写真。問題はもう1枚。ギリギリ下半身の見えていないヌード写真だ。風呂上がりなのか黒髪も身体も濡れていて、とてつもなく色気がある。

「ど、どどどうしたんだこれ?!レンは写真嫌いだろ!どうやって…っ!」

 クラウドは顔を真っ赤にしてシオンに問いただす。蓮の写真は護衛長用の資料として、小学生の頃のものがあるだけのはず。蓮とツーショット写真を撮ろうとしたことがあるクラウドだが、断固拒否された。

「カンパの自室から拝借しました。隠し撮りでしょうが、何百枚とありましたよ」
「うげっ!気色悪!!あいつ、後で絶対シメる!!」

 カンパがそこまでしていたとは、クラウドは鳥肌が立つ。

「ならば、これはいりませんか?」
「え…っあ、預かっておくけどよ…」

 シオンに冷ややかに写真を指されると、いそいそと腰のバッグに入れた。

「それから、これを」

 もう1枚、手渡されたのは半分に畳まれたコピー用紙。

「あ…」

 それを開くと、すぐに何かわかった。あの外国人たち、3人の似顔絵だった。

「アラシに描いていただきました」

 アラシは絵を描くことを趣味としており、特に人の顔は一度見ただけで特徴を捉えて描くことが出来る。さすがに彼らの写真はないので、似顔絵をその代わりにするために頼んだのだ。

「あいつ、絵がうまいのは知っていたけど、もったいない才能だな」

 クラウドは感心して、似顔絵を眺める。

「これを頼りに、まずは隣国…ミカビリエへ行きましょう」
「ああ」

 ふたりは気を引き締め、仕度部屋を出る。


 柱の陰、気配を消し、城を出るふたりを見つめている者がいた。







 シオンとクラウドは船を利用し、隣国のミカビリエに入国した。ウェア王国との国境にまたがる森を抜けて入ると、密入国と見なされてしまうためだ。
 国を閉じているウェア王国の一般人は基本、外国へ行くことが出来ない。国務大臣と補佐官、その護衛だけが国に忠誠を誓った証の青布を身につけ、飛行機で直接目的地に入ることが許されている。
 よって、海路での入国は異例中の異例で、ふたりは数十年ぶりに発行されたパスポートも持っている。もっとも、ウェア人というだけで、パスポートなどなくとも入国は出来ただろうが。出れるかは別として。
 ちなみに、ウェア王国は東側と南側が海、北には2000メートル級の山脈地帯、西側に断崖絶壁と国境の深い森が広がっている。

 ふたりが船を降りたミカビリエの港は他の外国船も多く出入りしており、様々な人やものが行き交う活気あるところだ。ウェア王国の船舶が着岸したという話はあっと言う間に港中に広まったらしく、にぎわうと言うより、異様な喧騒に包まれていた。

 入国手続きをした係員はマントですっぽり覆われた珍しい格好の外国人ふたりに、初めて扱ったであろうパスポートを返す。

「良い旅を」と言うお決まりのセリフには含みが感じられた。

「はい」
「どうも」

 ふたりは気にせず、その場を後にした。




「デカイ国だな」

 と、クラウドはシオンが広げたミカビリエの地図を見る。

「はい、国土も人口もウェア王国の5倍ほどです」
「5倍…」
「すでに嫌になりましたか」
「そんな訳ないだろ!レンを見つけるまでどこまでだって行ってやるよ!」

 と、息をまく。

「まずは国境近くの街からだろ」
「はい」

 シオンは地図上の、ウェア王国との国境の森を抜けた先にある街を指した。例の外国人たちが頻繁に出入りしていたことを考えると、国境付近に潜伏している可能性が高い。

「交通機関は使えないな」
「ええ、一般の方々にご迷惑をかけてしまうでしょうから」

 ふたりは行き交う人々の色々な種類の視線を浴びながら、港街の通りを歩く。
 そして、特に悪意ある複数の気配を背後に感じつつ、にぎやかな通りを抜けた。そのとたん

「そこの旅のお二方、お話よろしいですかぁ?」

 背後から声をかけられる。振り向くといたのはガラの悪い、街のゴロツキといった風の男が8人。やはり、ふたりをつけてきたようだ。

「え?俺たちのことか?」
「何のご用でしょう」

 シオンとクラウドはわざとらしくたずねる。

「ちょっとお話を聞きたいだけなんでぇ、ついてきてもらえませんかねぇ?」

 拒否は許さないとばかりに、彼らはナイフや鉄パイプのような凶器を見せつけてくる。力ずくでも、ふたりを連れて行きたいらしい。

「どうする?」
「決まっているでしょう。それとも、頭の傷がまだ痛みますか」
「こんなのもう治った。金眼の血縁ナメるなって言っているだろ」

 シオンに包帯の巻かれた頭の傷を指摘され、クラウドはムッとする。

「何をごちゃごちゃ言ってやがるんだ?」
「返事はないんですかぁ?無理矢理つれて行きますけどぉ?」

 無視するように会話しているふたりに、彼らはイラついてくる。

「返事は…」
「え?」
「「断る」」

 ふたりは蓮の口真似をしながら、唖然とする彼らに飛びかかった。
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