白銀色の中で

わだすう

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33,再戦

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 冷たい夜風の吹く、夜半近く。昼間は雑踏で騒がしいラスタリ街の大通りも、人の姿はほとんどない。ひときわ明るい満月が高層ビルの屋上から屋上へ跳ぶ、3つの人影を照らす。

「とりあえずマートランドに行くってことでいい?」

 先頭を行くイールが最後尾のヨイチに聞く。ウェア王国ではない、ミカビリエの隣国だ。

「ああ」

 うなずくヨイチの右目の焦点はほとんど合わず、ついて来れるかと少し心配になる。

「じゃあ、南方面だね」

 イールはうなずき、ワンスは何も言わずに前を向いた。




「おとなしくなったな、レン」

 と、ワンスが胸元を見る。蓮は仏頂面で腕を組み、ワンスの胸に抱かれていた。
 出発する時に当然かのように抱きあげられ、自分で走れるとじたばたしたが、ヨイチの『ワンス、絶対に離すな』という命令により、抵抗は諦めた。彼らの方が蓮より戦闘能力は上だが、走って撒くことは可能だろう。少しでも蓮を離すつもりはないらしい。

「あはは、レン君お姫さまみたいだねー」
「チッ」

 イールに笑われ、蓮は舌打ちする。

 ヨイチは複雑な気持ちで彼らの会話を聞いていた。本当なら、自分が蓮を抱いていたい。だが、それが難しいことはよくわかっている。ぼやける視界の中、ワンスの肩越しに見える蓮の黒髪と気配を頼りに跳んだ。





「気づいているか?」
「そりゃあ、もちろん」

 しばらくして、ワンスが主語を言わずに聞き、イールはすぐにわかって同意する。
 蓮も気づいていた。姿は見えないが、一定の距離を保って追ってくる者たちがいる。間違いなく、シオンとクラウドだ。

「いつでもレン君を奪えるぞーってカンジだね。やっぱり、マンションでじっとしてた方が良かったんじゃない?」
「それはない。セキュリティなんて奴らにはあってないようなものだ。時間を与えれば法的手段に出る可能性だってある」

 居場所を特定された時点で、そこに留まるのは命取り。強引に侵入されれば逃げ場がなく、不法滞在である自分たちに法の手が伸びることも避けたい。すぐに出ることを決めたヨイチの判断は正しいとワンスは話す。しかし、このまま逃げ続けるのも得策ではない。

「ヨイチ、どうする?隣国に行っても奴らはついてくる。撒くことは出来ないぞ」

 ワンスはヨイチに判断を仰ぐ。

「これ以上、近づけさせなければいい」
「ずっと走り続けろって言うの?!無理があるよ!」

 現実味のないことを言うヨイチに、イールは冗談でしょと怒鳴る。

「逃げるより、戦って潰した方がいい」

 ワンスはこの一択しかないと思っていた。

「ダメだ」

 しかし、ヨイチは拒否する。

「今なら相手はふたりだけだ。勝ち目はある」
「そうだね。どんな手を使ってでもやっつけるよ」
「ダメだ…っ奴らとは接触するな」

 ただただ、シオンたちと関わりたくないヨイチはふたりの前向きな言葉も聞き入れない。

「ウェア王国から援軍でも呼ばれたら、太刀打ち出来なくなるぞ」
「絶対にレン君を奪わせないから!僕たちを信用してよ!!」
「…っ」

 ふたりからの必死な説得に、ヨイチは言葉が出なくなる。

「ヨイチ…!」

 もうひと押しとイールとワンスは着地した雑居ビルの屋上で足を止め、ヨイチを見つめる。ふたりはただただ、彼のためにこの状況を打破したいのだ。

「…わかった」

 と、ヨイチはうつむいた。

「ありがとう、ヨイチ!」

 イールはぱぁっと笑顔になり、礼を言う。

「レンと一緒に、あの辺りの廃屋に隠れていてくれ。済んだらすぐに迎えに行く」

 ワンスは抱いていた蓮を下ろし、背負っていたバッグをヨイチに手渡す。

「なぁ、俺があいつらに言ってやるよ」

 蓮が口を開く。シオンとクラウドに自分が生きていることを、ヨイチらと共にいると決めたことを伝えれば、きっと解決すると蓮は思った。

「お前が何と言おうと、会えば奴らはお前を連れて帰るぞ」

 ヨイチが拒否する前に、ワンスが否定する。

「レン君、ヨイチと一緒にいてあげて」

 イールもにこりと笑って言う。そして、ふたりは目配せすると、シオンたちがいる方へ跳んで行った。

「…っ」

 一歩前へ出ようとした蓮を止めるように、ヨイチが左手を握る。痛いほど強く手を握る彼を見上げても、視線は合わない。蓮はふたりの背中を見送るしかなかった。








「来たな」
「はい」

 こちらに近づいてくるワンスとイールに気づき、シオンとクラウドは足を止める。シオンの狙い通りになった。一定の距離をとって後をつければ、痺れを切らして彼らからやって来るだろうと予想していたのだ。

「ここでは迷惑になりますね。移動しましょう」
「ああ」

 さすがに高層ビルの建ち並ぶ場所で一戦交える訳にはいかない。ふたりは彼らを誘うように覇気を高め、人家のない荒野まで移動した。




 満月が荒野に4つの影を作っていた。フード付きのマントをなびかせるふたりのウェア人の前に、4分の1ウェア人の血が流れるふたりが立つ。

「レンとあの青髪はどこだ?」

 クラウドは肝心の蓮がいないことに顔をしかめる。

「さぁね~?もう、マートランドに入った頃かなぁ?」
「何だと…っ?!」

 煽るかのように話すイールに、かっとする。

「クラウド、落ち着いてください。レン様と青髪の者は動いていません」

 人の気配を探ることに長けたシオンは、ふたりがミカビリエから出ていないことはわかっていた。

「えっ、よくわかったね。僕はこれだけ離れると気配わからな…」
「黙れ、イール」

 思わず認めてしまったイールをワンスが制止する。

「あ、ごめん」
「まぁいい。どちらにしろ、奴らはレンの元には行けない」
「だね。僕たちがやっつけちゃうから」

 と、ワンスとイールは不敵に笑む。

「チッ、大した自信だな…!」
「クラウド、挑発に乗らないでください」
「乗ってない!」

 またイラつくクラウドを、シオンは余計に煽るが

「今の我々なら、必ず勝てます」
「ああ、当たり前だろ」

 冷静な鼓舞でクラウドは怒りが自信に変わる。1ヶ月前の雪辱を今なら果たせる。ふたりは覇気を高めた。

「自信満々なのはそっちじゃない」

 と、イールとワンスも覇気を高めた。


「クラウド、彼をお願いします」
「ああ」

 シオンが目配せし、クラウドはイールの前に進み出る。

「お兄さんとまた会えるなんて感激だな~。しかも、相手してくれるなんてさ~」
「俺は二度と会いたくなかったけどな…!」

 相変わらず軽い態度のイールに、怒りに震える拳を握る。

「え~?つれないなぁ」
「何十人も殺しやがって…!人を食う化け物が!!あいつには、レンにはどんなひどい仕打ちをしたんだ?!絶対に、許さない!!」

 イールの表情からすっと笑みが消える。

「いい目。やっぱりお兄さん、僕のタイプどストライクだよ」

 にらみつけるクラウドの鋭い目を見つめ、イールは冷笑した。


 シオンは間合いを取ったまま、ワンスと向き合う。

「もう一度、無駄を承知で言います。青髪の者もご一緒に、ウェア王国へご同行願えませんか」

 国境の森で彼らが初めて姿を見せた時と同じセリフを再び言う。

「本当に無駄だな。従うと思うか?」

 ワンスは嘲笑う。

「そうですか。では、力づくで従っていただきます」

 と、言い終わるか終わらないかで、シオンは一気に間を詰めていた。

「っ?!がは…っ!!」

 それに気づいたと同時に、ワンスはあごに一撃をくらう。

「く…っ」
「遅い、ですね」

 焦って後ろに跳ぶが、シオンはすでに背後に回っていた。

「ぐあっ!!」

 何のガードも出来ずに背中に跳び蹴りをくらう。

「クソ…っ」

 このままではやられると、ワンスは閉じていた右目を開く。鈍く光る金眼の力で、シオンを怯ませようとするが

「無駄ですよ」
「?!!」

 目を合わせたシオンが一瞬しゃがんだと思うと、腹に重い拳が食い込んでいた。

「ぐ、ぅ、がは…っ!」

 ワンスはたまらずうめいて身体を折り、上がってきた胃液を吐き出す。


「ワンス…!」

 クラウドと交戦中のイールはワンスの一方的なやられように、さすがに焦る。

「へ…っ世界最強のウェア王国、元王室護衛長に勝てるわけないだろっ!!」
「く…!」

 クラウドは笑み、渾身の拳でイールのガードした腕を押し戻す。


「次が最後です」
「…っ」

 ワンスは腹を押さえ、シオンを見上げる。他人を自分より大きく恐怖に感じるのは初めてだった。元より、シオンの戦闘能力はワンスより上。金眼の力も通じないのなら、勝機はない。

「ウェア王国へご同行願えませんか」

 3度めとなるシオンのセリフを、ワンスは今までのように無駄だと一蹴は出来なかった。









「レン、こんなところで足止めさせてすまない。ベッドで休みたいだろう?」

 廃屋の壁に寄りかかり、蓮とヨイチは並んで座っていた。蓮の左手はヨイチの右手に強く握られたまま。抜けた天井からのぞく満月の明かりが、揃いのブレスレットをキラキラと光らせる。

「別に」

 変わらぬ蓮の返事に、ヨイチは急く気持ちが少し落ち着く。

「そうか。腹は減っていないか。ワンスが何か用意して…」

 と、預かったバッグを手繰り寄せる。

「お前は?」
「何?」
「腹、減ってるんだろ」

 何故、急に蓮がそんなことを言い出すのか。イールが余計なことを言ったかと、ヨイチは思う。

「俺を食いたいんだろ、ヨイチ」

 握った手を握り返される。ブレスレットが当たって、カチリと音が鳴る。蓮の方を向いても、ほとんどその顔はぼやけて見えない。けれど、大きな黒い瞳で見つめられ、あの甘い唇で名を呼ばれ、誘われて。理性が揺らぎ、本能のまま食いつきたくなる。

「何を、馬鹿な…。俺はお前を食わないと言ったはずだ」

 ヨイチは首を振り、蓮から顔を反らす。

「ヨイチ、ぃ…っ?!」

 蓮がもう一度名を呼んだその瞬間、廃屋に侵入してきた何者かが蓮を抱きかかえて走り抜けた。手錠が千切れるかのように、つないでいた手が離れていく。

「…レン?!」

 ヨイチは暗い視界の中、訳もわからず突然なくなった温もりを手探りしながら呼んだ。
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