白銀色の中で

わだすう

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34,奪わせない

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「ワンス!大丈夫?!」

 イールはたまらずクラウドから離れ、ワンスにかけ寄る。

「…っああ」

 ワンスは激痛をこらえ、顔を上げた。

 彼らの戦意はもうほとんどない。シオンはそう思い、覇気はそのままで構えていた腕を下ろす。

「確かめたいことがあります。あなた方はレン様を糧にはしていませんね。むしろ、大事に世話をしていたのではないですか」
「は…っ?」

 シオンの話に、彼らより先にクラウドが疑問の声をあげる。

「…だったら、何なの」

 イールはワンスの身体を支え、シオンをにらみつける。

「何だ、それ…っ?!こいつらは、レンを食うためにって…!」

 イールが否定せず、クラウドは訳がわからなくてシオンと彼らを交互に見る。

「レンを、食いものにしているのはあんたらだろ」
「何だと?!」

 言い返すワンスに、クラウドはかっとして怒鳴る。

「レン君は自分で僕たちのところに来たんでしょ。ウェア王の身代わりなんて命いくつあっても足りない仕事、やりたくなかったんじゃない?」

 イールも嘲笑うように指摘する。

「そんな訳あるか!あいつは自分の役目以上のことを国のためにやってきた!何も知らないくせにいい加減なことを言うな!!」
「レン様はご自分の意志で役目を受け入れ、遂行されています。あなた方のところに行かれたのも、役目を果たすためです。それが済めば、レン様はウェア王国へ戻ることを望むはずです」

 クラウドは怒鳴り、シオンは冷静な口調で言い返す。

「そうやって、あんたらの身勝手でまたレンを危険にさらすのか」
「レン君かわいそうに~っ!僕たちのところにいた方がずっと平和じゃないの?」

 ワンスは呆れたかのように言い、イールはわざとらしく嘆く。

「それに、レン君はヨイチに必要なコなんだよ。恨みだけで生きていたようなあの人が、あのコと出会ってからあんなに楽しそうにしてる。しかも、ヨイチのために食べられてもいいって言ってくれたんだよ。あんなコ、他に代わりがいるわけない。絶対に、奪わせないから」

 戦意はないのに、イールとワンスの覇気は消えない。
 彼らと蓮を長く共にいさせ過ぎたと、シオンは思う。彼らは蓮を家族のように大切に思い、慕ってしまっている。そう予感してはいたが、力でねじ伏せても諦めないほどだとは思った以上に厄介だ。シオンはにらみつける彼らを、冷ややかに見下ろす。

「どっちが身勝手だ?!ふざけたこと言いやがって!何でレンがお前らなんかのために命削らなきゃならないんだ!!」

 突然知った事実に混乱するクラウドは、当たるものもなく怒鳴るしかない。

「ええ、我々にとっても、レン様は他に代わりのいない大切な方です。これ以上あなた方の元に置くことは出来ません。投降し、青髪の者と…」

 無駄かと思いながら話すシオンは、はたと言葉が止まる。

「シオン?」
「レン様と、青髪の者が離れたようです」

 留まっていたふたりの気配が分かれたことに気づいたのだ。

「はぁ?!」
「な、何で…っ?!」

 クラウドも、ワンスとイールも驚き、焦る。

「レン様は何者かと共に、東に向かっているようです」

 突然現れた第三者の存在にもシオンは気づく。

「何でレンと…っ何者だよ?!」
「わかりません」
「東…ということはウェア王国か?!」
「ええ、おそらく」

 答えながらその方向へ走り出すシオンを、クラウドが追う。

「まずい…!ヨイチのところに戻るぞ、イール」
「え?!あ…うん!」

 ワンスとイールもその後を追って、走り出した。








 明るい満月が蓮をヨイチから強奪した、第三者の顔を照らす。

「?!お前…?」

 蓮は自分を抱いて走る彼を見上げ、驚く。

「お久しぶりです、レン様。なんてね」

 と、はにかむのはノームだった。ところどころ破れたマントを羽織り、顔も汚れていくぶんやつれて見える。

「何で…っ」

 彼は母親殺害の容疑でウェア城に軟禁されていると聞いた。蓮を捜索しに来たのはシオンとクラウドで、彼ではないはずだ。

「決まっているじゃない。あんたをこうして抱きたかったからだよ。シオンさんとクラウドさんは何だかぐずぐずしてるし、待てなくてさ」

 ノームはシオンとクラウドがウェア王国を出て蓮を捜索することを知ると、見張りの護衛の目を盗んで城を脱走した。国境の森を越えてミカビリエに入り、気配を潜めてシオンとクラウドをずっと付けていた。そして今夜、蓮がヨイチとふたりだけになったのを奪還のチャンスと見て実行したのだ。

「わかったから下ろせ!自分で走る…っ」

 何でまた抱かれていなければならないのか、蓮はノームの胸元を押し、じたばたする。

「嫌だね。やっとあんたに触れたんだから。このまま、ウェア王国まで行くよ」

 ノームは構わずいっそう強く蓮を抱きしめ、前を向く。

「…チッ」

 蓮は再び抵抗を諦めるしかなく、腕を組んで舌打ちした。








 物心ついた時から、世界は恨みと暴力が全てだった。満足な食べ物もなく、教育を受けた記憶もない。朽ちかけた家に祖母と母親と3人暮らし。父親は知らない。祖母は故郷への恨み言しか言わず、母親からは捌け口かのように愚痴られ、殴られた。
 やがて祖母は死に、間をおかずに母親は失踪した。放り出された外の世界も変わりはなかった。人の顔色をうかがい、媚び、嘘を見抜く力だけで生きのびた。
 家畜以下の生活の中、たまたま知った破格な報酬の仕事。それが『金眼』の移植だとわかった時はなんて皮肉だと思った。こんな人生にした元凶を生んだものを、自分の身に入れることになるなんて。
 実験施設の者たちの企みなど、すぐに気づいた。金眼保有者を造ろうとしているくせに、金眼保有者を知らなさすぎる。馬鹿な奴らだ。
 様々な国を転々とし、落ち着いたのはウェア王国の隣国。急によみがえったのは祖母と母親から毎日聞かされたあの国への恨み言。

『あんな国、滅びてしまえばいい』

 ウェア王国への憎悪だけが、生きる意味だった。この目の力で金眼保有者を操れば、混乱を招き、その隙にウェア王も自滅させられる。初めは混乱が目に見えていたが、やがて落ち着いてしまい、しかもウェア王にはこの目の力が通用しない。イラつくばかりだった。
 そんな時、出会ったのが彼だ。ある街で力尽き、動けなくなった。ワンスもイールもそばにおらず、死が頭をよぎった。

『何してんだ?』

 子どもが無理にすごんだようなかわいらしい声。わずかな会話でわかった性格の悪さはいっそ清々しい。試しに口から力を奪えば、金眼保有者を上回るほど甘美で充分満たされた。彼のすべてを味わいたい。他のものは食う気にならなくなった。彼のことばかりが頭の中を占め、思い通りにならなくてもイラつくことはなくなった。
 すぐに彼の素性はわかった。ウェア王の身代わり護衛だとは予想外だったが、関係ない。もう、ウェア王国などどうでも良くなっていた。
 邪魔な元金眼保有者と赤髪の血縁者の排除はうまくいった。元保有者を操り、血縁者の目の前で彼を傷つけさせれば、不信感を抱かせ、仲違いを招く。
 だが、彼があの見えない壁を作った時は驚愕した。自分を傷つけてまで、ウェア王を守ろうとしたのだ。早く、彼をここから出さなければと思った。
 金眼の子どもを拐えたのは幸運だった。思ったとおり、彼は早々に城を出て俺の元にやってきた。雪の中の傷ついた彼の身体はとても軽く、冷たく、けれど温かく思えた。
 衰弱し、重傷で動けないくせに一切媚びず、悪態をつきながらも世話を受ける様は俺を満足させた。動けるようになっても、彼の態度は変わらない。眠っている様も食べている様も、飽きずにいつまででも見ていられた。人との会話が愉快だと、共に過ごすことが楽しいと初めて感じた。唇も身体も触れれば思った以上に甘く、力を奪わなくとも充分満足出来た。
 ずっと求めていたものを、母親からも誰からも与えられなかったものを彼がすべて持っていた。やっと手に入れたのだ。絶対に失いたくない。

 レンは俺のものだ。


 ヨイチはほとんど何も見えぬ中、はっきりと感じる蓮の気配の方へ向かって走り出した。








「追いかけてくるね」

 追ってくるヨイチの気配をノームも蓮も感じていた。

「盲人に見えたんだけどな…。あの人たち、本当にバケモノなの?まぁ、あんたに執着する気持ちはなんとなくわかるけどね」

 ノームはシオンとクラウドの会話から、ヨイチらの情報を多少聞いただけ。素性はほとんどわからないが、蓮の魅力に惹かれることは共感出来る。

「んだよソレ…。キモい」
「ふふ…っいいね。あんたらしい」

 顔をしかめる蓮を見て、ノームは楽しげに笑った。


 ウェア王国との国境の街に入ると中心部の街と違い、月明かりの下でうろつく者たちが多い。彼らを避け、ノームは蓮をしっかりと抱いて疾走する。

「もうすぐ国境の森だよ。ウェア王国に入ればこっちのものだからね。この距離なら追いつかれないから、安心してよ」

 口には出さないが背後のヨイチを気にしている様子の蓮に言い、迫ってきた深い森を見据える。その時

「!!おい、避けろ…っ!!」

 蓮は自分たちに向けられた殺気を感じ、ノームに叫ぶ。

「え?」

 ノームが足を止めようとしたのとほぼ同時に響いた、複数回の破裂音。次の瞬間、蓮の視界は赤く染まっていた。
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