白銀色の中で

わだすう

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40,もうひとり

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「それが用件ですか」
「いいや。あんたに伝えておきたいことがある」
「何ですか」

 無駄な話を…と思いつつ、シオンは冷静な口調のまま聞く。

「造られた金眼保有者は、もうひとりいる」
「!」

 予想していなかったことでさすがに驚く。

「ワンスもイールも知らないことだ」

 ヨイチは続ける。

「俺たちを含め、あの移植実験で生き残った者は4人いた。奴も両目とも金眼を移植していた。俺と同じようにウェア人の血が濃いのかもしれない。その後、死んだと思っていたが、あの島に火をつけて脱出した時だ。海に飛び込む奴を見たんだ。金色の両目を鈍く光らせてな」
「生き返った、とでも言うのですか」

 移植実験の話はシオンも聞いて知っている。生き残りが他にいたことは初耳だが。

「ふたつの金眼を持つ身体だ。息を吹き返しても不思議はないだろう。それに、この眼を持つ者が海に飛び込んだくらいで死ぬか?」

 確かに金眼の力ははかりしれないが、にわかには信じ難い。

「この国への憎しみしかなかった俺が、今は不思議と故郷に帰ってきたかのような懐かしい気分だ。多分、この眼がここに帰ることを望んでいたのだろう。隣国のミカビリエに居を構えたのも偶然ではなかったのかもしれない」
「…何を言いたいのですか」

 話を変えたヨイチを訝しむ。

「この眼は意思を持っている」
「意思…?」
「生来の金眼保有者は保有者が死んだ時が金眼の力がなくなる時だが、俺たちはどうなると思う。身体が死んでも、眼だけ生き続けるのか。いや、眼は身体の死を待たないかもしれない。現に今、俺の意思は俺のものだけかと問われたら、迷いがある。もし、奴が自我を失っていたら、眼は身体に何をさせると思う」
「その、もうひとりの造られた保有者もウェア王国にやって来ると言いたいのですか」
「ああ」

 意思と強い力を持つ眼は本能に従い、抜け殻の身体を使って…否、身体の意思を奪ってでも故郷へ戻ろうとすると、ヨイチは考えていた。

「そして、あなた方と同じように異変をもたらすというのですか」
「奴も人の体力が、命が糧になると気づいていたら、最高の糧がこの国にしか存在しない金眼保有者なのは同じはずだ。人らしい自我がなければ、俺たちのようにおびき寄せて食らうなどという面倒なことはせず、獣のように無差別に食い散らかし、俺たち以上に保有者を暴走させるかもしれない。再び、国の混乱を招きたくはないだろう」
「何故、大臣にではなく、私にその話をしたのですか」
「無能な大臣に話しても無駄だ。あんたなら奴の居場所を把握して、対策も立てられるだろう。だから、話した。今までは奴のことなどどうでも良くて、ワンスとイールにも話さなかったし、消息を知りたいとも思わなかった。だが、状況が変わった。この国に悪影響があるものは排除したい」

 鈍い金色の右目は真剣にシオンを見上げ

「…わかりました」

 深い紫色の左目は冷ややかにヨイチを見下ろす。

「話は終わりですか。ならば失礼させていただきます」
「俺の話を信じないのか」

 重大な内容であったはずなのに早々に話を切り上げるシオンに、ヨイチは戯言ととられたかと思う。

「今の時点で真偽は確かめられませんから。私の意見も言う必要はないでしょう」

 と、シオンは背を向け、ドアノブに手をかける。

「レンがどうなってもいいのか」

 ヨイチは脅しも込めて蓮の名を出すと、シオンのまとう空気がピリッと張り詰める。

「…レン様は関係ありません」

 口調は変わらないが、寒気のするような殺気が発せられ、ヨイチは背筋が凍るかと思う。考えの読めない元金眼保有者が唯一感情をむき出しにするのは、やはり蓮のことらしい。ヨイチは怯みつつも、ふっと笑む。

「ここはレンが存続を望む国だ。この話を知って、何もしないと思うか?それに、レンの身も危険だ。王の『身代わり』としてだけではない。レンは保有者に匹敵、いや、それ以上の力を持っている。奴にとっても最上の糧になる」

 それは脅しではなく、ヨイチ自身が経験したこと。

「レンは何者なんだ。ウェア人ですらないのに、何故あんな力を持っている。故郷はどこにあるのだ」
「お答え出来ません」
「『身代わり』の素性を何故そんなに隠す必要がある」
「お答え出来ません」
「…わかった。これ以上話は出来なさそうだ」

 シオンの答えは同じで、蓮に関することは一切答える気がないとわかり、ヨイチはため息をつく。

「だが、この話が戯言だと思っているなら後悔することになるだろう。それから、俺はレンのためなら協力を惜しまない」

 罪人となり自由の身ではなくなったが、蓮を大切に思う気持ちは変わらない。自分を敵視している者に媚びてでも、彼を危険にさらしたくないのだ。

「…覚えておきます。では、失礼します」

 シオンはヨイチの気持ちがわかっているのか否か、振り向きもせず部屋を出てドアを閉めた。





 ヨイチの部屋前では、イール、ワンスと見張りの護衛たちがにらみ合っていた。ヨイチがシオンを呼び出したと知り、彼の部屋に入ろうとしたふたりを、護衛たちは制止して各部屋に戻そうとしているのだ。

「ねぇ!ちょっと!ヨイチと何を話していたのさ?!」

 イールはシオンの姿に気づくと、護衛たちをかき分けてくる。

「ご本人にお聞きください」

 シオンは答えず、彼らを避けて歩いていく。

「レンのことか?」

 護衛たちより頭ひとつ大きいワンスが、彼らの頭越しに聞く。

「…お答え出来ません」
「否定しないな」

 歩を止めたシオンを見て、レンに関することかとワンスは思う。

「レン君を責めないでよ。あのコは何も悪くないんだから」

 自分たちを保護したことで、蓮が肩身の狭い思いをしているのではとイールは心配なのだ。

「レン様はもうあなた方とは何の関係もありません。失礼します」

 にらむ彼らに背を向けたまま、シオンはその場から離れた。

 未だ彼らは蓮を気にかけ、家族かのように振る舞う。たまらなく不快だった。自覚している、蓮に関してだけは抑えられない感情。冷静に対応出来ないと感じ、彼らと一辺倒の会話しかしなかった。
 シオンは気を落ち着けようと足早に歩き、蓮の自室に向かっていた。



「何でヨイチはあの人に話して、僕たちには何も言ってくれないのさ…」
「…」

 イールは寂しげに言い、ワンスも複雑な気持ちでヨイチの部屋のドアを見る。

「お前たち、いい加減部屋に戻れ!!」

 しびれを切らした護衛が怒鳴る。

「うるさいなー。あんた、マズそうだけど食べてあげよっか?」

 イールは鬱陶しげに彼に言う。

「な…っ!罪人がさらに罪を重ねる気か?!」
「貴様らなどレン様がおられなければ、極刑に処されていたのだぞ!!」

 護衛たちはカッとして怒鳴り返す。

「へぇー…じゃあ、あんたが僕を殺してみる?」

 イールはゆっくりと赤縁のメガネを外し、護衛たちをにらみつける。罪人だ、極刑だと部外者に言われたくない。

「?!!」

 鈍く光る金色の左目と、高まる覇気に護衛たちも身構える。

「イール、やめろ」

 ワンスがイールの手をメガネごと握って抑える。

「ワンスっ!だって…!」
「レンに迷惑をかけるぞ」
「あ…うん、そうだね…」

 蓮の名で、イールはふっと覇気が失せる。

「今は従っておけ。これからいくらでも話す時間はある」と、ワンスは自室に向かう。

「レン君のおかげで命拾いしたのはあんたたちかもね」

 イールは嫌味っぽく言うと、ワンスに続いて自室に戻る。

「く…っ!」

 護衛たちは彼らの背を見送りながら、歯を食いしばる。イールの言う通り、護衛たちの方が戦闘能力は劣っており、本気で抵抗されれば死人が出るかもしれない。この見張り任務は正直、気が重いのだった。














 1週間後。

「よし、きれいだ」

 クラウドはクシでとかしてサラサラになった蓮の黒髪を満足げになでる。先ほど城の浴場で一緒に入浴し、そのまま自室に蓮を連れ込んだのだ。

「ん…」

 蓮は身体が温まったのと髪をなでられる気持ち良さで、ベッド上でうとうとしている。

「なぁ、レン」
「んー…?」

 ベッドに伏せた蓮に覆いかぶさり、クラウドは話を切り出す。

「ここ、俺とふたりで行かないか?」
「何…?」

 テーブル上のファイルに挟んであった冊子を取り出し、蓮の目の前に掲げる。

「最近出来たばかりの温泉宿だ。ほら、宿泊券。取るの苦労したんだぜ?」
「ふーん…」

 冊子は温泉宿のパンフレットだった。
 去年、ウェア王国で初めて温泉が湧き、それを利用出来る宿が今年半ばに開業した。もの珍しさと温泉の快適さが評判を呼び、開業早々人気の宿となっているという。宿泊券には3日後の日付けが印字してあった。

「お前、風呂好きだろ?滋養にもなるらしいぞ」

 と、クラウドはまだ包帯の取れない蓮の左腕をさする。

「よこせ」

 蓮は伏せたまま右手を差し出す。

「え?」
「ティルと行く」
「はぁ?!こんな民間施設に陛下をお連れ出来る訳ないだろ!」
「じゃあ、いい…」

 手を引っ込める。

「なっ、何でだよ?!俺はお前が喜ぶと思って用意したんだぞ!!今まで全然恋人らしいことをしてやれなかったから…っ!」

 蓮が喜んで受けてくれると思っていたクラウドはショックで叫ぶ。

「いつ、恋人になったんだよ…」

 蓮は呆れて顔を上げる。

「恋人だろ!他に何だって言うんだ?!」
「ん…も、寝る…」

 眠気が限界になり、クラウドに構わず再びベッドに伏せる。

「寝るな!!行くって言うまで寝させないからな!!」

 クラウドは蓮の肩をつかんでがくんがくんと揺らす。

「レン!!レンーっ!!」
「ぅ…ぜぇ…」

 耳元で叫ばれ、蓮はたまらずうめく。

「わかった、から…寝さ、せろ…」
「えっ!行くってことだな?!」

 眠くてどうでもよくなった蓮が言い、クラウドはパッと手を離す。

「そうか、お前は恋人とか照れくさいんだな!かわいい奴めっ!」
「ん…」

 満面の笑みで蓮の頭をくしゃくしゃなで、ほほを寄せる。

「ありがとう、レン。3日後、楽しみだな」

 ようやく安寧な眠りに落ちた蓮にささやき、そっとキスをした。
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