黄金色の君へ

わだすう

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15,街ぶら、再び

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「はぁあ…寿命縮んだよー」

 王子はベッドに座り、やっと赤みの引いた顔で大きく息を吐く。

「それ、俺」

 服を着た蓮も言いながら、王子の隣に座る。

「ふふっ」
「はは…っ」

 そして、顔を見合わせてどちらともなく笑い出していた。

「あは…何か久しぶりに笑ったかも」
「ん…」

 笑った後、また見つめ合い、肩を寄せあった。

「レンが来てくれて嬉しいけど、急だったでしょう?ごめんね」
「謝んなよ」
「うん…でも、護衛の人が死んじゃって…。それは僕への、殺害予告だって聞いて」

 ぽつぽつと話す王子の声と手が震えだす。

「もしかしたら、レンも…って、思ったら、それは僕の、せいで…っ」
「ティル、聞け」

 蓮は潤んできた金色の目を向ける王子の手をぎゅっと握る。

「俺は死なねー」

 半年前の別れの日に誓おうと思ったこと。

「絶対だ。俺は『生きて』お前を守る。わかったな」

 何の根拠もないが、力強い宣言に王子は目を見開いた後、手を握り返す。

「…うん!」

 そして、にっこりと笑った。

「ん。じゃ、行くか」

 蓮もにっと笑うと立ち上がった。

「?どこへ…って、え、嘘?!」

 半年前のデジャブを感じ、王子は飛び上がる。

「着替えろ」
「待ってレン!僕、事件があってから自分の部屋からもろくに出させてもらってないんだよ?!今だってやっと護衛たちを…っ」
「だからだよ」

 蓮はクローゼットから服を引っ張り出して王子の頭にばさっとかぶせる。

「レン~っ」

 王子は半泣きで顔から服を取るが、蓮の気は変わらなかった。







「うぅー…っ」

 城を囲む深い森の中を走る蓮にしがみつき、王子はうなっていた。窓から飛び降り、数十メートルの高さを落下することに慣れるわけがなく、恐怖で震えが止まらない。それでも、森を抜ける頃には落ち着き、蓮と歩いてシューカ街に向かった。

 シューカ街の大通りは城内の混乱が嘘かと思うほど、普段と変わらず活気にあふれている。ウェア城での事件は公表されていないので当然ではあるが。不安がっていた王子もその様子にだんだんと笑顔になっていた。

「あれ何?おいしそうっ」

 王子は蓮と手をつなぎ、お菓子を売る屋台を指差す。

「あ、そうか。お金…」

 ものを手に入れるには代金が必要と思い出し、手を引っ込める。

「食おうぜ」
「え?」

 蓮は驚く王子を屋台に連れて行き、小さなドーナツのような揚げ菓子を買う。

「お金、どうしたの?」
「気にすんな。食え」

 うお、甘ぇと揚げ菓子をひとつかじり、不思議がる王子にもすすめる。

 実は城内が混乱しているのをいいことに、蓮はエントランスホールですれ違ったある大臣の財布の中身をスッていた(犯罪)。しかも、代わりに後ろポケットに突っ込んでいた封筒の日本円を入れた。いつ気づくか密かに楽しみにしている。

 ふたりはのんびりと食べ歩きをした後、大通りから外れた場所にある公園でベンチに座っていた。王子があれこれと街の感想を話し、蓮が言葉少なに応える。何があるわけではないが、ふたりは楽しくて仕方がなかった。

 ちょうどその頃。大臣のお供で送迎車の助手席に座るシオンはシューカ街を通って城へ戻る途中だった。
 後部座席の大臣へ連絡が入り、運転手に公園の脇に車を停めさせる。ふと、公園内を眺めると見覚えのある黒髪が見え、ひっくり返りそうになる。隣にいる帽子は間違いなくティリアス王子だろう。大臣は通信機での会話に集中しており、気づいてはいない。
 シオンはさりげなく窓を開けると、数十メートル先の蓮だけに伝わるよう強い殺気を向ける。蓮はびくっとして立ち上がり、こちらを見もせずに王子を抱えて走って行った。シオンはそれを見届け、ほっとして窓を閉める。きっとまた説教をくらうであろうふたりが無事城に戻ることを祈り、同時に懐かしさを感じていた。





 焦った。

 蓮は王子を抱きかかえ、ウェア城に向かって疾走していた。
 公園で突然向けられた強い殺気。恐ろしくて見ることも出来なかったが、間違いなくシオンだ。さすがに外出はまずかったかと思うが、腕の中の王子は満足げにニコニコしていて蓮も自然に笑みがこぼれる。シオンもクラウドも関係ない。この笑顔を守るだけ。自分の存在意義を思い出し、決意を新たにしていた。





「本当に、君は、全く…っ!何を考えているのかね!!」

 ウォータ大臣の執務室。窓が割れるかと思うほどの怒鳴り声が響き渡った。

 こっそり城に入ろうとした蓮と王子はちょうど戻って来ていたウォータ大臣と鉢合わせてしまい、蓮だけが怒りをあらわにするウォータに説教されていた。王子は彼をずっと探して疲れ果てたお付きの護衛たちに連れられ、自室に戻っている。

「さぁ何デショウ?」
「く…っ!君は私を馬鹿にしているのかね…!!」

 からかうように言う蓮に、ウォータは顔を赤くして握った拳をぶるぶる震わせる。側にいる補佐官ではおろおろするだけで、なだめに入れない。

「血圧上がるぞ」
「黙りたまえ!!この非常事態をわかっているのであろう?!言うなれば君は最も王子を守らなければならない立場なのだよ!!」

 蓮の更なる追い討ちに資料の積み上がる机をガンっと叩く。

「ああ、わかってる」

 王子の名に蓮の表情が変わる。顔のかわいらしさを感じなくなるほどの厳しい顔つき。

「…っ!なら、良いが…」

 急な変化にウォータは驚き、怒りも一気に鎮まっていた。

「で、俺は何すりゃいい」
「これから大会議場に大臣らが集まる。レン君も参加するといい。ああ、その前に。彼女らについて行きたまえ」
「あ?」

 蓮が振り向くと、執務室のドア前に見覚えのある使用人たちが立ち頭を下げていた。




「お似合いです、レン様!」
「いえ、こちらの方が素敵です!」

 彼女たちは継承式(仮)の時に蓮の衣装を担当していた使用人だった。蓮は衣装部屋へ連れて行かれ、着せ替え人形かのように服を選ばれ着せられていた。事件が解決するまで、王子の身代わりをするためだ。
 彼女たちは王子の衣装も担当しているのだが、王子にはこのように気楽に話しながら選べないのでとても楽しげで、蓮もされるがままだった。

「本日はこれですねっ」

 やっと服が決まり、金髪のカツラと金のコンタクトレンズを着ける。王子そのままの姿になった蓮に、彼女たちはほうっと見惚れてため息をつく。

「明日もお願いいたします!」
「も、いい…」

 元気に頭を下げる彼女たちに、蓮は疲れてぐったりと手を振る。

「ええっ!何故ですか?!」
「明日はお部屋まで参りますよー!」

 彼女たちの声を背に、衣装部屋を出て行った。




 よくこんなの毎日着てんなと、蓮はきっちりした王子らしい衣装の窮屈な肩を回す。ビリリと脇から嫌な音がし、あっと思うが気づかないふりをして大会議場へ向かった。

 その途中

「お、王子!?何故ここにっ…ああ、レン君でしたか」

 ザイル大臣は驚いて声をかけるが、すぐに蓮だと気づいてほっとする。

「君も会議場に?一緒に行きましょうか」

 廊下の窓にうつる姿は自分でも驚くほど王子で。何ですぐ気づいたんだと思いながら、蓮はにっこり笑いかけるザイルのやや後ろをついて行く。
 大会議場のずっしりしたドアを開け、ザイルに続いて中に入ると、集まっている大臣たちが一瞬しんとして蓮を見る。

「あ?」

 しかし、皆すぐに蓮だと気づき、またざわざわし始める。

「なんか、腹立つ」
「レン君?」

 ぶすっとしてつぶやく蓮にザイルが首をかしげた。何故気づくかといえば、王子と異なる目付きと態度の悪さ、仕草のがさつさである。

「静粛に!」

 すり鉢状になっている会議場の中心、議長席に立つウォータ大臣の声が響き、皆黙って注目する。

「早速始めることにする。何か新しい情報がある者はいるかね?」

 大臣たちは顔を見合わせ、首を振るだけで手を挙げる者はいない。

「もう事件から3日経つ。一向に解決に向かう気配がないではないか!このままでは最悪の事態を待つだけになってしまうぞ…!」

 ウォータの嘆きに近い訴えに、皆余計に黙り込んでしまう。
 城内という限られた場所で起こった殺人事件なのに本当にまだ何もわかっていないのかと、蓮は意外に思う。

「どこか、密入国者が出入りした形跡はないのかね?海岸の方まで行った者はおらぬか?国境の森へは…」

 と、ウォータが話し出し、何のことかと顔をしかめる。
 よく話を聞いていると、どうやら彼らは犯人は外部の者…外国人と決めつけているとわかってきた。よっぽど「違うだろ」と言ってやろうかと思ったが、大臣たちの真剣な様子にためらってしまう。
 アイツは気づいてるだろうに、何で言わない?会議場の端に並んで立つ、王室護衛たちの先頭にいるシオンを見る。彼は相変わらずサングラスで表情を隠し、何を考えているかわからない。

「…チッ」

 同じく護衛として立っているクラウドは蓮がシオンを見ていることに気づき、舌打ちした。
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