黄金色の君へ

わだすう

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17,結界

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「こっち来て、レン!」

 王子は蓮の手を引いていき、部屋の中央にあるソファーに一緒に座る。
 王子の自室は蓮にあてがわれた部屋の3倍以上の広さがあり、天井も高い。ひとりで使うには大きいテーブルと椅子、座ったふかふかのソファーの横には壁一面にびっしりと並べられた大量の本。奥にはキングサイズの天蓋付きのベッドと、バスルームもあるようだ。一見快適そうに見えるが、蓮は窮屈さを感じた。この部屋には窓がない。唯一の出入り口の扉を閉めれば完全な密室となり、外の光も一切入らず、明かりを消せば真っ暗になるだろう。

「お前、ずっとここに…いたのか…」

 蓮は顔を強ばらせ、にこにこと手を握っている王子を見つめる。こんな外界との関わりを一切絶った場所で、17年も過ごしていたのか。基本、外にいる蓮からしたら、考えただけで気が狂いそうになってしまう。

「うん、そう。小さい頃からずっと、ここが僕の部屋だよ」

 蓮の考えていることがなんとなくわかったのか、王子は少し寂しげに話す。

「でもね、この城全部が僕の部屋みたいなものだから。レン、行ったことないところあるでしょう?今度一緒に…っ」

 蓮は王子を抱きしめていた。自分が友達になったことで、外に連れ出したことで、彼の今までの寂しさを埋められた気になっていたけれど。実際はそんな簡単なものではなかった。それをこの部屋が象徴していて。何をしてやればいいのかわからなくて、ただ、抱きしめるしかなかった。

「レン…?」

 王子は戸惑いつつ、蓮の心地よい体温に目を閉じた。

「レン様」

 シオンが立ち上がって声をかけ、ふたりははっとする。

「こちらにご訪問されたのは王子に何かご用事がおありだからでは?」
「え?用事?」
「…ああ」

 蓮は心の中で舌打ちし、王子から身体を離した。

「ティル、立て」

 蓮は王子を立たせると、ズボンの後ろポケットからお札サイズの白い紙を取り出す。

「両手出せ。目ぇ閉じろ」
「う、うん」

 王子は緊張気味に気をつけし、蓮の言うままに両手のひらをくっつけて出して目を閉じる。蓮はその手のひらに紙を乗せ、ふっと息を吐くと気を集中させる。

「我の血で…」

 親指の腹をぐっと噛み、にじんだ血を紙の上に垂らす。

「汝、守りたまえ…!」

 そして、その上に手をかざして唱えると、紙は溶けるように消えた。

「…」

 その様子をシオンは表情を変えずに見守る。

「…よし、いいぞ」

 蓮は集中していた気をゆるめ、ぼすっとソファーに腰を落とす。

「レン…どうなったの…?」

 こわごわ目を開けた王子は出した手のひらを見つめて聞く。

「『結界』を張った。これで誰もお前に触れない」
「えっ、すごい!レンそんなこと出来るのっ!」

 驚きながら蓮の隣に座る。

「お前、触ってみるか」
「お断りいたします。ご心配なく。完璧な結界です、レン様」

 蓮が挑発するかのように言うと、シオンは口角を上げて頭を下げる。

「へぇー…あ、でも、レンは…触れるの?」
「ああ」

 結界は術者本人には無効なのだ。

「ふふ、良かった」

 王子は微笑んで手を差し出し、蓮も笑ってその手を握った。







「お見事です、レン」

 廊下を歩きながら、シオンが話す。

「あ?あんなのお前も出来るだろ」

 イヤミかと、蓮はシオンをにらむ。シオンは土地の広範囲に結界を張れるほどの力量がある。対する蓮は集中力の必要な術は苦手で、やり方は知っているが実行したことはなかった。この半年で訓練をし直し、血の札を媒体にして力量不足を補えば小規模なら張れるようになったのだ。

「いいえ、出来ません」

 シオンは否定する。

「対人の結界はお互いの信頼関係が成り立っていないと張れません。あなたと王子だからこそ出来たのですよ」
「…あ、そ」

 知らなかったことで、蓮は急に照れくさくなって目を反らした。

 蓮とシオンはエントランスホールまでやって来た。

「レン、私は本日もこれから大臣のお供で外出します。昨日より遠方になりますので、戻るのは午後になります」
「ふーん」
「妙なことはお考えにならないでください」

 今から自由だなと思っていると、釘を刺される。

「私の自室に、いていただけますか」
「…チッ、わかったよ」

 蓮はしぶしぶうなずく。

「シオン君、待っていたよ。そろそろ時間だ…レン君!」

 そこへ国務大臣のひとりが執務室の方からやってくると、蓮の姿を見て声を荒らげる。

「君だろう!私の財布から現金を抜いたのは!」

 もうバレたかと蓮はまた舌打ちする。

「…レン様」
「代わり入れたし」

 シオンに威圧的に見下ろされるが、悪びれもせず言う。

「君の国の紙幣をどうしろと言うのかね?!」
「申し訳ありません、大臣。レン様には後程ご注意いたしますので…」

 よほど困ったらしい大臣の怒りはおさまらず、シオンはなだめながらエントランスホールの扉へ促して行った。それを見送り、蓮はまた王子の部屋へ行くかとシオンの指示を早速無視しようと考えていると

「あ!探しましたよ、レン様っ」
「お着替えをお持ちしましたー!」

 衣装担当の使用人たちがたくさんの服を抱えて走ってくる。ヤバいと思って逃げようとするが、まさかの挟み撃ち。

「さぁ、参りましょう!」

 蓮は両側から腕を掴まれ、自室に連行されて行った。







 1時間後。ようやく解放された蓮は王子の姿でよろよろと自室を出た。王子の部屋へ行こうとシオンに案内された道筋を思い出しながら、下の階に降りる。

「よう、レン」

 すると、後ろから聞き覚えのある声。

「どこに行くんだ?」

 黒コートに青布を身に着けた赤髪のクラウドが、馴れ馴れしく肩に腕を回してくる。

「関係ねーだろ」

 こいつ、この姿に驚きもしねーなと思いながら、蓮は顔をしかめてクラウドから離れる。

「そんな顔するなよ。王子と同じきれいな顔が台無しだ」

 クラウドはすぐに蓮の腕を掴んで引き寄せ、ほほに触れる。

「お前も…」 

 近づいてきた唇を避けるように蓮は口を開く。

「ん?」
「ホントは俺じゃなくて、王子を抱きてーんじゃねーの」

 クラウドは会うたび、蓮の顔が王子と同じであることを確かめるように触れ、見つめてくる。確かシオンのことをそんな風に言っていたが、こいつこそそうなんじゃないかと思った。

「は…?何で、そんな」

 思いもよらなかった指摘に、クラウドは動揺していた。

「ば…っバカ言うなよ。出来ないことを他人で済まそうとするほど、俺は拗れてない」
「ぅぶ」

 ごまかすように、蓮のほほをぐにっと引っ張る。

「俺はお前を抱きたいから抱いたんだ。今もそう思っているからな」
「うあ、ひも(うわ、キモ)」
「なっ!?クソ…性格悪いなお前。顔に似合わないぞ」

 蓮の悪態にショックを受けつつ、かわいらしく思ってしまい、苦笑いしてほほをむにむにと揉む。

「ひごほひほ(仕事しろ)」
「わかってるよ。でも、何か変なんだよな、今日」

 クラウドはため息をついて蓮のほほから手を離し、頭を軽くなでる。

「あ?」
「護衛が集まらないんだ。担当の護衛がいなくて外出出来ない大臣があぶれている。サボってるのがいないか、こっちに来たところだったんだよ。混乱してるってのもあるだろうけど、昨日と変わらない体制のはずだよな…」
「ふーん…」

 護衛長のシオンがすでに大臣と共に外出しているため、クラウドがその報告を受けて対処しようとしているのだ。蓮は首をかしげるクラウドを見上げながら、大臣の外出意味ねーよと思っていると

「っ?!痛ぅ…っ!」

 突然、激しい頭痛に襲われた。

「レン?!どうした?」

 頭を抱えてよろけた蓮をクラウドがあわてて支える。

「ティル…!」
「おい…!どうしたんだよ、レン?!」

 王子の名を呼ぶ蓮は青ざめていて、クラウドはいっそう焦る。

「ティルが…っ!王子の部屋連れてけ!!」
「は?!お…おう!」

 黒コートをつかんですがられ、何が何だかわからないがうなずいた。





 王子に危険が迫っている。

 この頭痛は『結界』を犯されそうだという知らせ。こんなひどい痛みだとは思わなかったので驚いたが、走れないほどではない。走るクラウドについて行きながら、蓮はこめかみを押さえた。


 やがて、王子の部屋へ続く階段が見えてくる。

「な、何だ?」

 いつもは閑散としているその場所がやけに騒がしく、クラウドは走るスピードを速める。階段前に着いたと同時に、そこから転がり落ちて来たのは王子付きの護衛のひとりだった。怪我を負っているらしく頭から血を流している。

「どうした?!一体何が…」
「ぐ、うぅ…」

 うめく彼にかけ寄って階段を見上げれば、黒コート姿の護衛たちが20人ほど狭い階段を埋めていた。

「…!」

 少し遅れて来た蓮もその異様な光景に言葉を失う。

「お前ら!!何をしているんだ!!」

 ただ事ではないことはわかり、クラウドは彼らを怒鳴りつける。

「かは…っく、クラウドさん…!助け…っ」

 階段上の護衛たちに囲まれているのは、もうひとりの王子付きの護衛。ひどく殴られたのか血のにじむ口で助けを求めるが、すでに右腕をがっちり掴まれ、ギラリと光る鉈がその腕に当てられている。

「な…っ?!やめ…!!」

 クラウドが止める間もなく、彼の右腕は無残に斬り落とされた。

「がっ…あああぁっ!!」

 絶叫と共に吹き出た血が降り注いでクラウドの顔を濡らし、呆然とする蓮のほほにも赤く散る。彼はもう用無しとばかりに突き飛ばされ、とっさに動いたクラウドが抱き止める。彼の斬られた腕は王子の自室扉前にいた者に手渡されていた。

「なん、で…」

 その者がそこにいることが信じられず、蓮はがく然として見上げた。
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