黄金色の君へ

わだすう

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29,帰る時

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 戦闘訓練を早めに切り上げ、蓮はシオンの自室を訪ねた。昼休憩中だったシオンは、突然の訪問に驚きながらも彼を招き入れる。

「どうなさったのですか、レン」

 椅子をすすめるが、蓮は座ろうとしない。

「俺、帰る時だろ」
「…そうですね」

 シオンは一瞬言葉に詰まるが、肯定する。

「明日、帰るわ」
「明日では急過ぎませんか。王子もまだあなたのお部屋で過ごしてらっしゃいますし」
「王子には俺から言う。新しい部屋、用意出来てんだろ」
「はい。ですが…」
「わかってんだろ」

 引き留めようとしていると感じ、蓮はじっとシオンを見つめる。彼なら蓮がもうこの世界にいる必要がないことなど、とっくに気づいているはずだ。

「…はい」

 シオンはうなずき、サングラスを外す。

「触れても、いいですか」
「勝手にしろ」

 すっと手を伸ばし、蓮のほほに触れる。久しぶりに触れる蓮の肌はいっそう温かく感じる。

「あなたが来られなければ、忘れたふりをしているつもりでした」
「ふーん…」
「王子はもちろんのこと、皆、寂しがりますよ」
「ん…」

 柔らかい唇に親指を這わせてから、軽くキスをする。

「私も、寂しく思います」
「…一生の別れかよ」

 今生の別れかのような言い方に、蓮はふっと笑みがこぼれる。

「そうであれば、何人が自害を考えるでしょうか」
「は…笑える」

 抱きしめられ、目を閉じてシオンの胸に頭を預けた。









 その夜。

「ティル」

 自室で王子とカードゲームをしながら、蓮は話を切り出す。

「何?」

 王子はにこにこと蓮の手からカードを引く。

「お前、明日から自分の部屋に戻れ」
「えっ?」
「俺の部屋にいるの、大臣たちからもうやめろって言われてんだろ」
「そうだけど…でも…」

 新しい部屋を用意され、そこで過ごすよう何度も催促されているが、王子はずっと渋っていた。蓮は王子のしたいようにすればいいと口を出していなかったが、今日はそうはいかない。

「俺、明日帰るからな」

 なるべく平静を保って告げる。

「…っ!!いや、嫌だよ!」

 王子は金色の目を見開いて勢いよく立ち上がった。カードが床に散らばる。

「ティル」
「嫌だよ、レン!!」

 かわいらしい顔をゆがませ、蓮の上着につかみかかる。

「ああ」

 蓮もそのまま立ち上がり、王子を抱きしめる。

「あんな、暗くて寂しい部屋に戻りたくないよ…っ!レンと、一緒にいたい…!!」

 王子はぎゅっと蓮の上着を握りしめ、金色の瞳からぽろぽろと涙をこぼす。ずっとこのままではいられないと、わかっていた。こんなわがままを言っても、蓮が困るだけなのもわかっている。でも、言いたかった。

「ん…そうだな」

 蓮はただうなずいて、泣きじゃくる王子の頭をなでてやる。

「またすぐ来っから」
「うん…っ」
「そしたら、街行こう」
「絶対ね…!約束…っ」
「ああ、約束」







 夜半過ぎ。蓮は狭いシングルベッドで王子と並んで寝ていた。そばに一回り小さい予備ベッドが置かれていたが、王子にせがまれたのもあり、今夜は使っていない。蓮自身も出来るだけ王子の近くにいたかった。王子の子どものような寝顔を見つめ、ウトウトし始めるとノックの音に起こされる。

「…るせーな」

 つないでいた手をそっと離し、文句を言いながらベッドを降りる。ドアを開けた途端、蓮は腕をつかまれて廊下に引っ張り出された。顔を苦しげにゆがませたクラウドが、そのまま廊下の壁に蓮の背を押し付ける。

「っ?!な、に…っ」
「どういうことだよ…!!」
「あ?」

 驚いたが何をしに来たのか何となくわかり、蓮は抵抗しない。

「明日帰るって…っ急過ぎるだろ…!!」
「帰る時だろ、もう」
「何でもっと早く言わないんだよ?!」
「いつ言ったって、同じこと言うだろ」
「そうだけどな…っ」
「言うのかよ」

 否定しないクラウドにあきれる。

「でも、心の準備くらいさせろよ…!」

 クラウドは蓮をぎゅっと抱きしめる。

「またすぐ来っけど」
「何カ月先だ?俺、死ぬかも」
「死んでろよ」
「なっ?!犯すぞ、レン…っ!」

 蓮の悪態に口調は荒くなるが、抱きしめている手は震えていて。泣きそうな顔してんだろうなと、蓮は思う。クラウドの気が済むまでそのまま抱かれていた。










 翌日。新しく用意された自室に、王子はウォータ大臣らと共にいた。

「以前のお部屋と変わりない造りになっておりますが、もしご不便があれば申しつけください」

 ウォータはやっと王子を蓮から離せたと安堵し、にこやかに言う。

「今はよい。下がれ」
「はい。失礼いたします」

 王子の命令でウォータらは片膝をつき、部屋を出る。特殊な鍵のついた重厚な扉がゆっくりと閉まった。

「これで元通りだね」

 つぶやいても、返事はない。昨夜、散々わがままを言って泣いたのに、また涙が込み上げる。

「レン…」

 もうこの世界にすらいない友達を思ってうつむいた。















 それから、5カ月。

「…さむ」

 暦の上では春だが、吹きすさぶビル風は冷たく、蓮はダウンジャケットに首をうずめる。伸びきった前髪がなびいて隠れていた大きな黒い瞳があらわになり、無表情で目付きが悪いのを除けばかわいらしい顔立ちと言える。

 蓮は都内の大通りを歩きながら今夜の宿はどこにしようかと考えていると、黒い高級車が真横で停まった。

「見つけたぞ!城野蓮っ!!」

 後部座席の窓が開き、顔を出したのは菊川宏樹(きくかわひろき)。大物政治家の孫で、父親も政治家のいわゆるお坊っちゃま。有名大学に通いながら三世議員を目指す21歳である。

「…」
「無視するな!!」

 ちらりと見ただけで立ち止まらない蓮に、宏樹は車から身を乗り出して叫ぶ。

「こないだの話、考えてくれたか?俺の方はいつでもいいぞ」

 歩道を歩く蓮に合わせてノロノロと並走しながら、話しかけてくる。

 2カ月ほど前、彼は非合法なギャンブルで調子に乗りすぎたばかりに裏社会の人間ににらまれてしまい、命が危ぶまれる状況になってしまった。そのギャンブル場を運営している組と敵対関係にある組に依頼され、その現場にやってきた蓮はたまたま彼を助けることになったのだ。
 彼は目の前で組員たちをねじ伏せた蓮の強さに惚れ込んでしまい、専属のボディーガードとして蓮を雇いたいという依頼をその場でした。かわいらしい容姿にも惚れたことはまだ内緒である。

「断るっつってんだろ」

 その場ではもちろん、蓮は宏樹に出くわすたびにきっぱり拒否しているのだが、なにしろしつこい。

「何でだ?!ヤクザの用心棒なんて命いくつあっても足りないような仕事、やる必要なくなるんだぞ!」
「何で知ってんだよ。ストーカーか」

 蓮の仕事内容は宏樹に言っていない。

「違っ…うちの者にちょっと調べさせ…っ」
「ストーカーじゃねーか」
「う…っでも、絶対俺のところに来た方が得だ!報酬も言い値を出すし、宿の心配もしなくていい!」

 宿なしなのも知ってんのかと、蓮はあきれる。

「俺はお前より大事なヤツを守る役目があんだよ」

 仕方なく、知らないであろう本当の話をしてみる。

「将来、総理大臣になる俺より重要人物なんていないぞ!」
「イタイな、お前」
「で、誰なんだ、その大事なヤツとやらは?」

 宏樹はその人物を特定出来ればコネと金でどうにかしてやろうと思い、聞く。

「王子サマ」
「…はぁあ?!何だそれ?冗談…っ」

 意外過ぎる答えに宏樹が半笑いで驚いている隙に、蓮はすっと膝を曲げて飛び上がった。

「あ、あれ?どこに…っ?!」

 宏樹には蓮が消えたようにしか見えず、キョロキョロと辺りを見回す。蓮は近くの雑居ビルの屋上に着地していた。

「また逃げられた!おい、出せ!」

 宏樹は悔しがって窓から身体を引っ込め、運転手に命令する。

「…うぜー」

 走って行く黒い高級車を屋上から見下ろし、蓮はつぶやいた。屋上の風は地上より冷たく、寒気を感じて身震いする。

「お友達ですか」
「っ?!」

 突然背後から聴こえた声に、蓮は飛び上がりそうなほど驚いて振り向く。5カ月ぶりに見る、ファンタジーゲームから出てきたような異質な姿。首から足元までを隠す黒いロングコートに顔半分を覆う大きなサングラス、薄紫色の長髪をなびかせた長身の男。異世界にある国、ウェア王国王室護衛長のシオンが立っていた。

「…んなワケねーし」

 気配消して来やがってと、蓮は仏頂面で口角を上げる彼をにらむ。

「失礼いたしました。改めて、お迎えに参りました。ジョウノレン様」

 シオンは片膝と右拳をつき、頭を深々と下げる。ウェア王国で最大限の敬意の表し方。

「来るの、早くねー…?」

 蓮がウェア王国へ来訪しなければならない、正式な王位継承式が行われるのはまだ1カ月先のはずである。

「色々と準備がありますので、早めのお迎えになりました。それに、私自身が早くあなたにお会いしたかったのです」
「は…っキモ…」

 声が出しづらい。蓮は悪態をつきながら、ゆらゆらと目の前の景色が歪むのを感じる。

「お誉めの言葉ととらせていただきます」

 シオンは口角を上げ、立ち上がる。

「では、参りましょう…レン?」

 異変に気づき、声をかけると同時に蓮の身体はぐらりと前へ倒れ始めていた。

「レン!」

 シオンは驚いてかけ寄り、蓮が倒れる寸前に抱き止めた。








 頭とのどが痛い。身体が熱いようで寒い。蓮は目を覚まし、重いまぶたをやっと開く。

「ご気分はいかがですか」

 脇に座っているシオンがそっと蓮の額に手をやる。

「…アタマ、痛ぇ…」

 その手の冷たさが心地よくて目を閉じ、かすれた声を出す。

「そうですか。まだ熱もあるようですし、水分を取りましょう」
「ん…」

 唇を柔らかいものでふさがれたかと思うと、冷たい水がのどへ流れてくる。口移しで飲まされているとは理解が追いつかず、蓮は何度か水分を求め、のどを潤した。
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