黄金色の君へ

わだすう

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31,八つ当たり

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「このドS…っ死ね…っ」

 蓮はベッドにぐったりと伏せ、かすれた声でシオンをなじる。病み上がりでの激しいセックスはさすがに辛かった。

「申し訳ありません。つい、加減を忘れてしまいまして」
「つい、かよ」
「あなたがあまりに美しいからですよ」

 と、シオンはにこりと微笑む。

「キモい」

 歯の浮くようなセリフを息をするように吐けることが、蓮には理解し難い。

「では、夕食にいたしませんか。用意して参ります」

 シオンは悪態にも動じず、サングラスを手に取る。

「あ?メシは王子と食うし」
「王子とはしばらくお会い出来ません」
「…何で」

 王子と、会えない。予想だにしていなかったことで、一瞬意味がわからなかった。

「継承式まで後1カ月もありませんから。ご準備でお忙しいのです」
「…」
「以前も申し上げましたが、本来なら王子とあなたは食事を共にすることもない一線を引いた関係でいるべきでした。そう何度も王子とお会い出来ないことの方が通常なのですよ」
「ああ、わかってる…」

 そう言っても表情はうつろで、納得はしていないだろうとシオンは思う。

「レン、私も明日まで非番ですから、今夜はずっとお側におります」
「…ああ」

 蓮は聞いているのかいないのか、ぼんやりとうなずいた。







 1時間後。

「レン!来たぞー!!」

 騒々しいノックと声が5階廊下に響き渡る。先ほど勤務を終えたクラウドが、黒コートを脱いだタンクトップ姿で蓮の自室前に来ていた。

「お静かに願います」
「何でお前がいるんだよ?!」

 ドアを開けたのはシオンで、クラウドはにらみつける。

「お静かに。レン様はお休みになられています」
「は?!こんな早い時間にか?」

 まだ夕飯時といった時間。蓮はシオンの用意した食事にほとんど手をつけず、眠ってしまっていた。

「体調をくずしてらっしゃいましたし、お疲れになったのでしょう」
「ほー、誰ですかネー?疲れさせたのは」
「あなたもそのおつもりでいらしたのでは?」
「俺はレンと約束して…っ」
「…るせーな…」

 ベッドに伏せていた蓮が、ふたりの言い合いをさえぎるように寝返りを打つ。

「レン!」

 クラウドは蓮の声にパッと笑顔になり

「申し訳ありません。起こしてしまいましたね」

 シオンは振り返り、ベッドへ近寄る。

「おい、レン!約束しただろ?俺の部屋来いよ」

 クラウドも部屋に入り、ベッド上の蓮をのぞきこむ。

「レン様はお疲れになっているのですよ」
「俺の部屋でも休めるだろが!あとは俺に任せてお前はもう帰れよ」
「私はレン様のご命令でお側にいるので、出来ません」
「はぁ?!嘘つけ!」

 またヒートアップする言い合いに、蓮はぎゅっと毛布を握る。

「うるせーっつってんだろ!!」

 かすれ声で怒鳴った。

「っ!レン…」

 蓮がふたりに対して怒りをあらわにするのは初めてで、クラウドは驚く。

「申し訳ありません、レン様」

 シオンはさっと片膝をついて頭を下げる。

「ごめんな、レン。俺はただ…っ」

 クラウドは焦って言い訳をしようとする。

「…っ!」

 しかし、シオンから鋭い殺気を向けられ、口をつぐんだ。

「もう大丈夫です。お休みになってください」

 シオンは優しく言い、蓮に毛布をかけ直した。

 完全な八つ当たりだ。

 蓮はきゅっと唇を噛む。クラウドの泣きそうな顔も、シオンのつらそうな顔も見たくないのに。王子に会えないというだけで、半身をもがれたかのように苦しくてたまらない。早く王子と会いたい。話をしたい。笑顔を見たい。そう願いながら、目を閉じた。








 翌朝。小会議場には5カ月前の選考試験によって新たに王室護衛となった者たちが全員集まり、並べられた長机に着席していた。1カ月後に迫った王位継承式の説明会を行うためだ。
 合格者は30名だったが、研修期間中に任務の厳しさに根を上げて逃げ出した者や不適切と判断された者が数名おり、最終的に25名が正式に王室護衛となった。大幅な増員とはならなかったが、ようやく在任の護衛たちの激務は解消されていた。
 任命式が先月行われ、正装の黒コートと青布も着なれてきたところ。

「遅くなって申し訳ありません」

 開始予定時間より15分ほど遅れ、護衛長シオンが小会議場に入ってくると、新人護衛たちは一斉に立ち上がる。その後ろには蓮があからさまに嫌そうな表情でついて来ていた。遅れたのは蓮がここに来るのをごねたため。新人護衛たちに蓮を紹介する予定なので、シオンは時間をかけてでも強引に連れてきたのだ。

 シオンが前にくると、彼らは緊張して姿勢を正す。すでにシオンは彼らの中でもカリスマ的な存在になっているらしい。

「お集まりいただきありがとうございます。お座りください」

 穏やかな口調での指示に、彼らはほっとして椅子に座った。

「本日は王位継承式の説明会を行いますが、その前にご紹介したい方がいます。レン様、こちらへどうぞ」

 扉の前につっ立ったままの蓮に声をかけるが、仏頂面で動こうとしない。

「レン様」
「…」

 もう一度強めの口調で促しても反応は同じで、シオンはふっと息を吐く。

「あちらにいらっしゃる方がジョウノレン様です。ご存じの通り、王子の身代わり護衛を務めておられます。継承式の際にも…」

 仕方なく、シオンはそのままで蓮の紹介を始める。蓮は自分のことを話され、注目をされているにも関わらず、顔を上げもしない。新人護衛たちは蓮の姿を試験の時に見ており、説明も受けていたが、改めて間近で見るとあまりに王子と同じで驚きを隠せない者が多い。

「ぐ…っレン様ぁ…っ」

 前方に座るカンパはギリギリと歯を食い縛って蓮に飛びつきたいのを堪えていた。両隣の同志は引いていた。

「ひとりひとりを紹介する時間はありませんので、各自、機会があった時にお願いいたします。おふたりだけ、ここでご紹介させてください」

 シオンは変わらない態度の蓮に向かって話す。

「ライカとノーム、立ってください」
「はい!」
「はい」

 立ち上がったのは選考試験で注目されていたふたりだった。

「ライカと申します。よろしくお願いします!」

 きびきび頭を下げ、水色のポニーテールを揺らすのは王室護衛唯一の女性となったライカ。蓮も彼女の腕前に注目していた。

「彼女は弟さんが金眼の保有者だそうです」

 『金眼』という言葉に蓮は顔を上げる。

「ノームと言います。私は母が」

 と、はにかむのはグレーの髪色で物静かな雰囲気の、実技試験で在任護衛を唯一負かした実力者。

「おふたりには王子付きの護衛を務めていただく予定です」

 金眼保有者の血縁で、戦闘の力量も忠誠心も申し分なく、王子付きの護衛にふさわしいだろう。

 こいつらはティルのそばにいれるのか。蓮はうらやましく思うが、すぐに興味は失せてまた顔を伏せた。そんな蓮の憂いを含んだかわいらしい顔立ちに、新人護衛たちはほうっと見惚れる。

「ぐうぅ~っレン様ぁあっっ」

 カンパは血がにじまんばかりにますます歯を食い縛り、周りの同志はさらに引く。
 ライカはひとり不信感を持って蓮をにらみ、ノームは少し顔を伏せてくすりと笑んだ。





 数分後。蓮はシオンの制止も聞かず、小会議場を出ていた。これから、王子の身代わりという重大な役目を果たさなくてはならないのはわかっている。ただ、王子と会えないことが蓮のやる気を削いでいた。

「レン様」

 背後から声をかけられて振り向くと、新人護衛ノームがいた。説明会を抜け出してきたらしい。

「あの、先輩方から、レン様は我々護衛と気軽にお手合わせをしてくださるとお聞きしまして…ぜひ、お願いしたいなと思いまして…」

 と、はにかむ。

「…ああ」

 身体を動かした方が気が紛れるかもしれない。蓮はうなずいた。





 ふたりは闘技場にやって来た。

「では、お願いします」

 軽く準備運動をしてから、ノームは頭を下げ、蓮も構える。

「行きますよ」

 ノームは床を蹴り、一瞬で蓮の目の前に迫る。

「っ!!」

 速い!蓮は予想以上のノームのスピードに驚き、かろうじて後ろへ飛び退く。

「逃げないでくださいよっ」
「ぅぐっ!」

 すぐに追いつかれ、突き出された拳を両腕でガードするが力負けして弾かれる。

「が…っ!!」

 続けて脇腹に蹴りをくらい、ガードも出来ずに飛ばされ床に手をついてこらえる。

「つ、ぅ…っ」
「休んでいる暇はないですよ!」

 脇腹の痛みに手と膝をつき、動けないでいる蓮にノームは容赦なく向かってくる。

「ぐうっ!!」

 顔めがけて振り上げられた足を避けようとするがかわしきれず、口内が切れて血が飛び散る。ぐらりと眼前が揺れ、蓮は仰向けに倒れこんだ。

「あれ、もうおしまいですか?」
「う…!」

 ノームは笑みを浮かべながら、うめく蓮に近づく。

 油断していたわけではない。彼の雰囲気と、相手の力量を見極める判断力を欠いていたため、金眼保有者の血縁であるノームの方が格上であることに気づけなかったのだ。それ以上に、ノーム自身に手加減をする気がなかった。

 馬乗りされ、そのままめった打ちにされる。蓮はそう覚悟したが。

「っ?!」

 ノームは馬乗りになると、蓮の両手首を取って床に縫い付けた。

「私、知っているんですよ。あなたのもうひとつの役目を」
「…?」
「実力ある王室護衛は身代わり護衛…あなたと性交できるという特権です」
「!」

 蓮にとっては忌まわしい役目。びくっと身体が震える。

「シオンさんの口からは聞けませんでしたが、私の伯父…母の兄が昔、王室護衛をやっていまして。そう聞いていたのです。まぁ、『王の身代わり』という時点で少し考えればわかる役目ですけどね」
「ぃ、や…っ」
「おっと。どのくらい慣れているのか、私にも試させてくださいよ」

 青ざめて離れようともがく蓮の腕をつかみ直し、ノームはにやりと笑った。
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