虹色の未来を

わだすう

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31,問答無用

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 一方、そんな事態になっているとは全く知らないある王室護衛が、蓮の自室に向かっていた。夜勤明けのカンパだ。彼も蓮の奇妙な病の話を聞き、ぜひこの目で確かめなければと自前のカメラ片手にやって来た。

「ふ、ふ…」

 ただでさえ美しい蓮が、女性の身体になっているとは。想像しただけで鼻血が垂れ、笑い声が漏れる。すれ違う使用人たちは、その気色悪さに思わず距離をとってしまう。

「…!」

 カンパは蓮の自室前に着き、複数人の気配とわずかに漏れ聞こえる声にハッとしてドアに耳を当てる。聞こえたのはきしむような音と、男性の声。そして、女性の苦しげな喘ぎ声。これが蓮の声だとしたら。何者かに襲われていると確信する。

「レン様に何をしている!!!」
「「?!!」」

 鍵の閉まっているドアノブをその力で壊し、ドアを開け放って怒鳴る。

「うわ…っ?!」
「ヤバい!!逃げ…っ」

 蓮にのしかかっていた男たちは、ぎょっとしてベッドから飛び下りる。まさか鍵を壊して侵入されるとは思わなかった。

「逃さないぞ!!」

 カンパは多少気色悪くとも、正真正銘の王室護衛。逃げようとする一般男性ふたりを捕らえるなど容易い。両手で彼らの胸ぐらと首をつかみ、引き倒そうとすると

「あなたたち!!何をしているんですか?!」

 壊れたドアから、別の王室護衛が怒鳴り込んでくる。聞き覚えのある、女性の声。王室護衛唯一の女性、ライカだ。

「えっ?!あ、ライカ?!」
「レン様っ!…まさか、カンパ。あなたが…?!」

 ライカは裸でベッドに横たわる蓮に息を飲み、カンパをにらみつける。こんな風にドアを壊せるのは力のある王室護衛だけ。彼が使用人ふたりを誘い、蓮を襲ったのかと盛大に勘違いをする。

「ええぇ?!誤解だ!私は、今…っこの人たちが」
「本当は真面目な人だと思っていたのに…!」

 焦って疑いを晴らそうとするカンパに、ライカはブルブル拳を震わせて覇気を高める。彼の蓮に対する良からぬ噂を聞いてはいたが、護衛としての姿勢は真面目で尊敬出来た。だから、同志として信用していたのに。裏切られたショックで余計に怒りがこみ上げる。

「ライカ…っ!待て!聞いて…っ」
「問答無用!最低っ!!」
「おぶごっっ?!!」

 後ずさるカンパのほほへ、滑らかな所作で張り手をくらわす。首が取れるかと思うほどの衝撃で、カンパは身体を回転させながら床にもんどり打つ。

「な、んと無駄のない動き…!すっ…素晴らし、い…っ」

 キラキラと目を輝かせ、気色悪さ全開でライカの張り手をほめたたえると、ガクリと失神した。

「あなたたちも同罪です!!」

 ライカは青ざめている使用人ふたりをギロッとにらみ、怒鳴りつける。

「ひ、ひぃい!!」
「ごめんなさ…っ!」

 殺されるのではと彼らは情けなく悲鳴をあげ、必死に頭を下げる。ライカは怒りに任せて彼らも制裁しようかと拳を握るが、深く息を吐いて思いとどまる。護衛に使用人へのそんな権限はない(護衛同士もないが)。

「ウォータ大臣にあなたたちの処遇は任せます。わかったら、早く出て行ってください…!」
「は、はい…っ!」
「ひぃぃ…!」

 ライカにドアの向こうを指され、ふたりは転がるように部屋を出て行った。

「レン様っ!」

 ライカは気絶しているカンパも部屋から叩き出すと、ベッドにぐったりと横たわる蓮にかけ寄る。

「ぅ…」
「何で、こんなひどい…!申し訳ありません…っ私がもっと早く来ていれば…!」

 手酷く犯された蓮の痛々しい身体を見て、泣きそうに顔を歪め、視界をふさぐアイマスクと縛られたスウェットを外す。
 ライカはシオンから蓮の病状を聞き、世話をしてほしいと頼まれていた。憧れのシオンからの頼みとあっては期待に応えたいと、早急に仕事を済ませてやってきたのだ。彼女も、こんな事態になっているとは思わなかったが。

「ライカ…?」

 蓮はまぶしげに目を細め、ライカを見つめる。彼女に、あの男たちから助けられたのかと思う。

「はい、もう大丈夫です。私があなたをお守りします」

 ライカは優しく笑み、毛布で蓮の身体を包んだ。






 部屋のバスルームから、湯気が漏れる。温かいシャワーが蓮の柔らかな肌の汚れを落とし、男たちに吐き出された体液も太ももを伝い、排水口に流れていく。

「つ…っ」

 蹂躙された陰部がピリッと痛み、蓮は顔をしかめる。女の身体はなんてもろいのか。まだ身体中がダルく、股関節も痛くて足がガクガク震える。

「すみません!痛かったですか?!」
「ん…ヘーキ」

 そんな蓮の身体を支え、洗髪を手伝うライカがぱっと手を離して謝る。洗い流せない、身体のあちこちに残る赤みや青アザ。ライカはなるべく優しくシャワーを当て、泡を流す。

「本当に、ひどい…。怖かったですよね…。カンパにはまた改めて厳しい処分をお願いしますから」
「あ?」

 何故カンパの名が出るのか。蓮はライカを見上げる。

「え?」

 ライカも何かおかしかったかと疑問符が出る。

「あ…っ思い出したくもないですよね!失礼しました…っ」

 乱暴された男の名など聞きたくもないだろう。軽率だったと思い、ライカは慌てて謝る。

「…ん、別に」

 カンパが関係していたのかと思うが、彼らがどうなろうともうどうでもいい。蓮はシャワーの温かさとライカの優しい手に目を閉じた。





「ああ…っもう、肌を痛めますよ!」

 ライカはいつもの調子でガシガシ身体を拭く蓮から、タオルを取りあげる。

「なぁ」
「はい」

 丁寧に髪を拭いてくれるライカに身を任せながら、蓮は口を開く。

「中出しされたら、ソッコー妊娠すんのか?」
「な…っ?!に、なか…っ?!」

 ふいのストレートな質問に、ライカは思わずボッと赤くなってどもる。

「あー…お前、処女だからわかんねーか」
「しょ…っ?何でそう決めつけるんですか?!」
「違うのか」
「私のことはどうでもいいでしょう!」

 と、真っ赤な顔で怒る。完全アウトなセクハラ発言。蓮でなければ殴っているところだ。

「…」

 そういえば、シオンは外へ出していた。いつもは中へ出すのに。構わないと言いつつ、やはり女として扱っていたのかと蓮は複雑な気持ちになる。

「レン様…」

 ライカは黙ってうつむく蓮を見て、そっとため息をつく。悪態をついていても、きっと不安で仕方ないのだ。

「多分、その心配はないと思います。女性の身体になったばかりで、生理すらないのでしょう?」

 ライカもこんな病の知識はなく、生殖能力があるのかもわからない。けれど、少しでも安心させたくて話す。

「大丈夫ですよ。着替えて休みましょう、レン様」

 タオルを肩にかけ、促した。






「熱が上がってますね」

 ベッドに寝る蓮の脇から抜いた体温計を確かめ、ライカは毛布をかけ直す。シオンに聞いた体温より、だいぶ上がっている。無理がたたったのだろう。

「お薬を飲みましょう。食べられるものはありますか?」

 と、シオンから預かった解熱剤と一緒に用意していた、パンや果物を見せる。

「あ…?いらねー…」

 食欲など全くない。蓮は弱々しく首を振る。

「ですが、何か食べてからでないと飲めませんよ。少しでいいですから」
「るせーよ…しつけーな」
「もう…。レン様、その言葉遣いやめませんか?」
「あ?」
「あなたは今、女の子なんです。お顔も声もかわいらしいのに、もったいないですよ」
「…」

 何を言っているのかと思うが、何故か少し照れくさい。

「お身体のことでわからないことがあれば、話してくださいね。お力になりますから」
「へっ…処女のクセに」
「~っっ!!レン様!だから何で決めつけるんですか?!」

 再びのセクハラに、ライカはカッとして怒鳴る。

「ん…アリガト、な…ライカ…」

 蓮はふっと笑い、恥ずかしそうに礼を言う。そのかわいらしさにライカは心をつかまれ、一瞬で怒りを忘れていた。シオンの期待に応えたくて世話を引き受けたけれど、それだけではない感情がこみ上げる。生意気だけどかわいい、まるで妹を守っているような、愛おしい気持ち。

「はい」

 蓮の艷やかな黒髪をなで、額にそっとキスをした。











 ライカは温かいスープやお粥を乗せたカートを押し、蓮の自室に向かっていた。1時間ほど前、蓮をなんとか説得してわずかなパンを食べさせ、解熱剤を服用させた。だが、そんな食事量では衰弱するばかりだろう。ほどなくして蓮が眠ったのを確認し、食堂へ行って用意してきたのだ。もちろん調理師に作ってもらったので、味の心配はない。

「あ…!」

 蓮の自室前に着くと、廊下の反対側からやって来る者たちに気づく。かつての護衛の先輩クラウドと現護衛長のアラシだ。

「よう、ライカ」

 と、クラウドは軽く片手をあげ

「レン様のお世話をしてくれたそうだな。シオンさんに聞いたよ。ありがとう、ライカ」

 アラシはにこやかに礼を言う。

「…はい」

 ライカはやや警戒して、彼らと向き合う。

「レンの体調はどうだ?熱が出たんだろ?」
「発熱以外の症状はあるのか?」
「え…?」

 聞いてくる彼らに、ライカは顔をしかめる。蓮の病状を知らないのか。

「レン様のご病気のこと、お聞きになっていないのですか?」
「病気?」
「熱が出て、体調が悪いってシオンから聞いたぞ」

 アラシとクラウドはライカの質問の意味がわからない様子。きっとシオンが蓮を守るため、それ以上の病状を人に広めないようにしているのだ。ライカはグッと拳を握る。

「ともかく、後は私に任せて休んでくれ」

 本来、蓮の世話はアラシの役目。アラシは当然のように交代しようと、ライカの持ってきたカートに手を伸ばすが

「お断りします」
「えっ?」

 きっぱり拒否され、あっけにとられる。
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