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本編
4. 皆の旅立ちを祝おう!
しおりを挟むそれぞれが迫る卒業式に思いを寄せ言葉を交わした日から、素早く五日が経った。
その日、穏やかな陽光に包まれて、国立マギステラ高等学院は巣立ちの儀式を無事に終えた。そして、星空が輝き始めた宵闇に、社交界を賑わすことになる愚か者達が主演を務める喜劇の幕が上がる。
「さて……、――今宵、私は皆の旅立ちを祝おう!」
舞踏会場は、豪華な体育館を思い浮かべていただきたい。
最高品質の石材、最高品質の装飾具、石柱に施された細工まで美麗で惚れ惚れする空間。
文化都市を治めるマークシア侯爵家が、その権威を持って築いた大広間は嵐の如き社会へ旅立つ若者達に贈る至高の餞だ。
魔道具により明るく、それでいてしっとりと照らされる卒業生達は、この場に相応しい、それぞれが家を表す花刺繍に彩られた盛装に身を包んでいる。
しかし、最後を惜しむように交わされる談笑を切り裂いて、絞られた緞帳の影から無粋な学院生が舞台に姿を現した。
「だがしかし、私には高等学院を後にする前に、決着させておかなければならないことがあるのだ!」
長い緑髪を後ろで一つに束ね、王国の王子スティーブ・ステファントが一際目立つ盛装姿で声を張り上げた。
その左腕には、青く煌めくウェーブヘアを揺らすカトレア・ネモフィラ子爵令嬢が親しげに寄り添う。
それから、二人に遅れる形で宰相の令孫、騎士団長や魔術師団長の令孫など、十名の王国貴族の子弟が勝ち誇った顔で後方へ並ぶ。
「――ッ、――……」
会場は驚愕から静寂へ、そして、王子と取り巻き達の構成を目にした卒業生達は、ひそひそと囁き始める。
「なにごとだろうな?」
「いつものやつだろ、馬鹿騒ぎぃ……」
「三金まで揃っているからな」
「あの噂、本当だったのねー」
「ねぇ、あの場所は拙くないのかしら?」
小声で交わされる内容までは届かないが、自分を見上げる視線が集まることを良しとして、舞台の縁に立ったスティーブ王子が笑う。
「お前の悪事を暴くときだ、オリヴィア・マークシアよ、直前まで出て来るがよい!」
ダンスフロアより高い舞台上から、右手で見下しやすい目の前を指定した。
だが、一秒二秒、五秒、十秒、いつまで経っても歩み寄る令嬢はいない。むしろ、巻き込まれたくないと離れる卒業生達の動きによって、ぽっかりと円形の舞台が出来上がる。
「出てきませんわねぇ~」
「あらかた予想して隠れているのだろうが、そんなことは無駄だぞ! さっさと出て来い!」
右足を踏み鳴らし、怒りを乗せてさらに声を張り上げた。
だが、卒業生達が顔を見合わせるたびに困惑の会話が広まるばかりだ。指名されたマークシア侯爵家の令嬢オリヴィアが、その姿を彼等に見せることはない。
「あらら、震えて縮こまっているのかしらぁ~?」
楽しそうに見渡していたカトレアも、徐々に顔を赤くしていくスティーブ王子も、必死に視線を動かす取り巻き達も目的とする人物を探し出せない。
「ええい、出て来ぬなら、お前の悪事を白日の下に晒し、こちらから婚約破棄を一方的に宣言してやるわ!」
我慢しきれなくなったところで、スティーブ王子が目的を端的に述べた。
しかし、その言葉に驚嘆した卒業生達が見せた反応は、彼等が思い描いていたものと違うかもしれない。
「うるさいぞ! これから説明するのだから、静かにしていろ!」
どこか馬鹿にするような騒々しさが収まらず、はっきりと怒鳴り声を響かせて黙らせる。
「まず、オリヴィア・マークシアは私の婚約者であることに驕り、そして、カトレアの美貌に嫉妬して、皆が気付かぬところで彼女を虐めていた!」
スティーブ王子の台詞に、打ち合わせ通りなのだろう、宰相令孫のニコラウが進み出て、手にしていた痛ましい見た目の教科書数冊をフロアに放った。
「高等学院に通う者が大切にするべき教科書を、悪女オリヴィアは屑箱に捨てるだけでは飽き足らず、泥水に投げ込み、短刀で切り刻んだのだ!」
「これを見付けたとき、どんなに悲しかったかぁ」
「おお、カトレアのなんと可哀想なことか!」
観客へ訴えるように震えて泣き、肩を抱き寄せては慰める。
「侯爵令嬢だからと許される行為ではないはずだ! 諸君もそうは思わないかっ!!」
台詞に酔い痴れるように腕をゆっくりと回し、何も知らないはずの卒業生達を引き込むように訴え掛ける。
「さらにあの女は、カトレアの制服を切断し、愛用の品々を砕き、先月にはその悪意から本人にまで後ろから危害を加えたのだ!」
「階段を転げ落ちて、殺されるかと思いましたぁ」
再び抱き合うように身体を寄せた二人の横で、魔術師団長令孫のゴライアスが綺麗に四等分された女子学院生の制服を放り投げ、騎士団長令孫のダルムントが泥塗れの白いハイヒールを乗せた、ねっとりと脂塗れの衣装箱を蹴り落とす。
これを見ていた卒業生達の多くは、すでにゴミと化しているとしても、投げ捨てるかのような見せ方に違和感を覚えた。
本当に、あれらは大事にしていた品々なのかと。
後ろで男爵令息達が掲げている診断書らしき紙束だって、遠すぎて本物か疑う声が漏れてくるほどだ。ただの白い紙を振っているのではないかと。
「なんと恐ろしい令嬢なんだ」
「彼女こそ、悪役令嬢に違いない」
白々しい後方支援を受けて、それでもスティーブ王子の演技はさらに熱を帯びていく。
「そうだ! このような犯罪行為が見逃されたまま、私の婚約者のまま王妃になるなど、絶対にあってはいけないことのはずだ!」
舞台に揃う取り巻き達から、許すべきではないと賛同が叫ばれ、全力の拍手が打ち鳴らされる。
しかし、離れた卒業生達からは、目立った反応は返ってこない。
「ここまで言われて、まだ出て来なかったか! 反省した態度を見せ、王国に忠誠を誓うなら許してやろうと思っていたものを、厳罰は免れないと知れ!」
スティーブの計画では、謝罪してくれば自分の代わりに統治に関わる仕事をさせるつもりだった。そして、部下として反抗できないようにすれば、そのあとはお楽しみの時間だと欲望を膨らませていた。
「さらに言えば、あの悪女オリヴィアは私の婚約者として相応しい振る舞いもできなかった! 私の誘いを断ったことも一度ではなく、どこぞの男に現を抜かしていたという目撃情報すらある!」
後ろから、あり得ないと侯爵令嬢を非難する罵倒が上がる。夫となる殿下に尽くすことは当然のことだと。
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