婚約破棄が成立しない悪役令嬢~地理歴史は大事よ~

鷲原ほの

文字の大きさ
4 / 10
本編

4. 勘違い女を捕まえろ

しおりを挟む
 
 しかし、そこに王子の期待したような拍手喝采の盛り上がりはない。語り始めから最後まで、何を言っているんだという白けた表情ばかりが並んでいた。
 後ろで必死に拍手している取り巻き以外、周囲の反応は愚かな発言を見下しているようにすら感じるはずだ、普通の感性なら。

「ハッハー、驚きすぎて反応すらできないか!」

 何事も前向きに受け取れる王子の笑い声が虚しく響いた。
 お前の信じられない発言、受け入れがたい事実誤認に驚いているんだよと、居合わせた者達の心が揃った気がする。
 その一つは、腰巾着のように付き従っている男子学院生五人、その全員にメアリーと秘すべき関係にあるという噂話が出回っていたことだ。彼女が王子の婚約相手として相応しいか否かは、男爵令嬢という身分を抜きにして考えても大半が相応しくないと答えるだろう。
 真実の愛だと思い込んでいる王子は、さぞ滑稽に映っていることだろう。
 そして、彼等のさらなる勘違いが、警備に就く騎士へ向けて王子が命令を下したことから明らかになっていく。

「おい、そこの騎士に命ずる! 未来の王妃を長きに渡り害していた、そこの阿呆な非道女を捕まえよ!」

 紺碧の大広間へ繋がる両開きを挟んで、命令を向けられた騎士二人がどうするんだと視線を交わす。

「何をしている! さっさと動かないか、のろま共がっ!!」

 訳の分からない主張を繰り返す王子の罵声に、騎士二人は困った顔をエリザベートに向けた。

「ハァ……、お二方、こちらに来てください」
「「はっ!」」

 自らの少し前を示したエリザベートの呼び掛けに応じて、騎士二人が動き出す。

「勘違いを正している最中に暴れられても困りますから、その場で彼等の動きを監視していてくださいな」
「「はっ! お任せください!」」

 歩き出したところを見て、ようやく命令を理解したかと愚鈍な騎士を見下していた王子の顔が、あり得ない展開に歪んだ。
 自分の命令を無視する形で、睨むように正対してきたのだから。

「お前達は何を考えている! 俺様は、その勘違い女を捕まえろと言ったのだっ!!」

 お前らまで阿呆なのかと喚く王子に向かって、極めて冷静にエリザベートが事実を伝える。

「彼等は我がリルフレア侯爵家に忠誠を誓った騎士ですから、私の言葉を優先するのは至極当然のことですよ」

 国立リルフレア魔法学院に常駐する騎士が、隣接する宮殿を警備している騎士が、リルフレア侯爵家に関係があるのは分かりやすいはずだ。見物に回った学院生は胸元の紋章を知っているから、誰もそのことを疑問に思っていないというのに。

「ふん! 侯爵家如きが、我が王家に逆らうとは良い度胸だなっ! ――い、今すぐ後悔させてやろうかっ!!」

 握った右拳を振り上げ、進み出ようとした王子が、騎士二人が腰の剣に手を添える動きを見せたことで慌てて振り下ろした。
 その眼力に負けて、ずりずりと後退りしていく。

「ぶ、無礼だぞ!」

 騎士程度が王族を睨むなどあり得ないと、突き出した人差し指をぷるぷると震わせながらまた喚いた。

「ヤレヤレですね。……まずは一つ、あなた方が酷く勘違いしていることを訂正しておかないといけないのでしょうね」

 遠ざかった距離を縮めるように、騎士二人を従えるように真ん中へエリザベートが歩み出た。
 誰に対して蔑む言葉を投げ続けているのか、それを正さないことには話が進まない。

「あなた方に質問してみたいのですけどね、我がリルフレア侯爵家はリグレット王国の貴族なのでしょうか? ロンドベルト王家から爵位を賜っているのでしょうか? 色々と足りない皆様でも、それくらいはお分かりになるのでは?」

 アルフォンス王子とメアリー、後ろの男子学院生達も何を言い出したのだとお互いに顔を見合わせた。
 お分かりにならなかった集団にいて、一人だけ何かに気付いたかのように青ざめたのは彼の国の宰相令息か。
 そして、当然のようにエリザベートの問い掛けの答えを知っている周囲の学院生達は、そんなことは常識だろと、本当に分かっていなかったのかと囁き合う。

「ハッ、何を言い出すかと思えば、侯爵家は我がロンドベルト王家の家来に決まって――」
「あらあら、本当にこんなことすらお分かりになっていないなんて」

 高貴なる自分の言葉を遮ったこと、嘲笑を含むようなエリザベートの口調に、アルフォンスの顔が茹で上がっていく。

「き、きさ――」
「あなたの言い分は、相手が王国貴族の家系である場合にのみ通用する関係性ですよ」

 燃え上がりそうな王子に対して、エリザベートの瞳は凍えるほどに冷えていく。

「回りくどいぞ! お前は何が言いたいっ!!」

 不愉快に貯まる唾を吐き飛ばして、王子が怒りに顔を赤く染めた。
 その横で、抱き寄せる左腕に力が込められていくメアリーが迷惑そうな顔をしている。そんなことを気にしているどころではない会話がなされているというのに。

「我がリルフレア侯爵家は、あなた方のリグレット王国も構成国の一つに名を連ねている、バルトガイン帝国の爵位として初代様より侯爵位を賜り続いている家系です。あなた方が勘違いしている王国貴族ではなく、帝国貴族としての侯爵家なのですよ」
「「「……は? はあぁぁぁ?」」」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

貴方のことなんて愛していませんよ?~ハーレム要員だと思われていた私は、ただのビジネスライクな婚約者でした~

キョウキョウ
恋愛
妹、幼馴染、同級生など数多くの令嬢たちと愛し合っているランベルト王子は、私の婚約者だった。 ある日、ランベルト王子から婚約者の立場をとある令嬢に譲ってくれとお願いされた。 その令嬢とは、新しく増えた愛人のことである。 婚約破棄の手続きを進めて、私はランベルト王子の婚約者ではなくなった。 婚約者じゃなくなったので、これからは他人として振る舞います。 だから今後も、私のことを愛人の1人として扱ったり、頼ったりするのは止めて下さい。

冤罪で婚約破棄したくせに……今さらもう遅いです。

水垣するめ
恋愛
主人公サラ・ゴーマン公爵令嬢は第一王子のマイケル・フェネルと婚約していた。 しかしある日突然、サラはマイケルから婚約破棄される。 マイケルの隣には男爵家のララがくっついていて、「サラに脅された!」とマイケルに訴えていた。 当然冤罪だった。 以前ララに対して「あまり婚約しているマイケルに近づくのはやめたほうがいい」と忠告したのを、ララは「脅された!」と改変していた。 証拠は無い。 しかしマイケルはララの言葉を信じた。 マイケルは学園でサラを罪人として晒しあげる。 そしてサラの言い分を聞かずに一方的に婚約破棄を宣言した。 もちろん、ララの言い分は全て嘘だったため、後に冤罪が発覚することになりマイケルは周囲から非難される……。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

10日後に婚約破棄される公爵令嬢

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。 「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」 これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。

婚約破棄した王子が見初めた男爵令嬢に王妃教育をさせる様です

Mr.後困る
恋愛
婚約破棄したハワード王子は新しく見初めたメイ男爵令嬢に 王妃教育を施す様に自らの母に頼むのだが・・・

処理中です...