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第二章【旅路編】
22.大物を釣るのは楽じゃありません
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数刻後――
「次は、あっちに行きましょ!」
「あ、ああ。」
アラン達は、転柱門のある首都ダスに来ていた。
少々疲れた顔のアランの隣には、人魚のチェリーが嬉しそうに顔を輝かせながら、アランの腕にしがみ付く形で隣を歩いていた。
そう、歩いていたのだ。
彼女の下半身は今は鱗に覆われた魚の尻尾ではなく、人間の足が付いていたのだった。
あのあとチェリーから、鱗を譲る代わりに一日デートをしてくれと、せがまれてしまった。
しかも、デートの行き先は人間の街だと言う彼女にアランが困惑していると、チェリーは「ちょっと待ってて」と言い置き海に潜ってしまった。
暫くして戻ってきたチェリーの下半身は、何故か人間の足になっていたという訳だった。
驚くアラン達に、チェリーは「海の薬師に足の生える薬を調合して貰ったの」と悪戯っ子のような笑顔で説明してきた。
驚くアランの背後では、マクレーンが何故か青い顔をしながら遠くを見つめていたのだった。
そんなこんなで、ご丁寧に人間の服まで身に着けて陸に上がってきたチェリーは、驚くアランを引き摺りながら人間の街へ向かい、目に付いた店を片っ端から見て周っていったのだった。
さすがのアランも、チェリーのはしゃぎっぷりに振り回され過ぎて目を回しかけていたので、近くにあったカフェに入って休憩することにしたのだった。
アランは、ウエイターが持ってきた水を一気に飲み干すと、力なく椅子に凭れかかった。
そんなアランをチェリーは何が楽しいのか、にこにこしながら見つめている。
とりあえずマクレーン達は、二人の邪魔をしない様に少し離れたテーブルに着いて様子を見る事にしたのだった。
「アランさん、大丈夫でしょうか?」
「まあ、体力だけが取り柄なので大丈夫でしょう。」
二コルの言葉に、マクレーンはジュースを飲みながら辛辣な答えを返してくる。
相変わらずな塩対応に、二コルの笑顔は引き攣っていた。
「いや、さすがにアランさんでも、これは疲れるんじゃ……。」
「まあ、それが彼女たちのやり方ですから。」
「え?」
マクレーンの言葉に、二コルが呆けた顔をしていると、チェリーとアランが店を出ようとしている姿が視界に入った。
休憩だって言ってたけど、あれじゃアランさん殆ど休めていないんじゃ……。
「行きましょう。」
「あ、は、はい!」
二コルが足元のふらついているアランを心配そうに見ていると、マクレーンが勘定をテーブルに置きながら席を立った。
二コルも、慌てて飲みかけのジュースを飲み干すと、アラン達の後を追うのだった。
あれから一刻程、またアランは店から店へと連れ回されていた。
見るからに疲れた様子のアランに、チェリーはまだまだ元気な様子で話しかけている。
「このままじゃ、アランさん倒れてしまうんじゃないですか?」
さすがに二コルも不味いと思ったのか、焦った様子でマクレーンに訊ねてきた。
「そうですね……。」
と、マクレーンは頷いてきたものの、離れた場所からアラン達を窺うばかりで、一向に助けに入る様子は無かった。
痺れを切らせた二コルが、アランの元へ駆け寄ろうとしたその時、チェリーは突然ぴたりと足を止めてきたのだった。
出て行きかけた二コルは、慌てて足を止め様子を見守る。
マクレーンはその後ろで、黙ったままじっと二人を見ていた。
二人を見守っていると、チェリーがアランに向かって何やら話しかけてきた。
「ねえ、何処かで休憩しましょうか?」
「あ、ああ。」
チェリーの言葉に、疲労困憊なアランは助かったと安堵の息を漏らす。
そんなアランをにっこりと笑顔で見ながら、チェリーは最初に陸に上がった海岸までアランを連れて来た。
そして、近くにあった岩場に腰掛ける。
ようやく休めると、アランもチェリーの隣に腰掛けほっと息を吐いた。
アランはチェリーに街中を連れ回され、正直疲れていた。
いつもよりも疲れ易いな、と頭の片隅で思いながらチェリーの話に耳を傾ける。
すると、急に睡魔が襲ってきた。
「あ、あれ……?」
「あらどうしたの?疲れちゃった?」
「あ、ああ……すまない。」
アランは、そう言うのがやっとだった。
ぐるぐる回る思考のせいで、チェリーの言葉がよく聞き取れない。
まるで子守唄を歌われているように、チェリーの声は酷くゆっくり聞こえてきた。
ゆらゆらとアランの上半身が揺れ出す。
「ねえ……このまま私と海で暮らしましょう?」
囁くようなチェリーの声は、酷く魅力的に甘く甘くアランの鼓膜に響いてくる。
「私、貴方の事が気に入っちゃったの。私の番になって……。」
その時、ばさぁっという音と共にチェリーの頭上に何かが降ってきた。
「え?なに!?」
「はははは、捕まえたぞ!!」
突然の事に慌てるチェリー。
彼女は、漁で使われる捕獲用の網を頭から被せられ、身動きが取れず藻掻いていた。
「ちょ、何よこれ!」
「桃色人魚を捕獲したぞー!」
チェリーが驚愕の声をあげていると、近くの岩場から数人の男達が出てきた。
男たちは網にかかったチェリーを見ながら、にやにやと笑い出した。
「やったな!これで一生食っていけるぜ!!」
「噂通り綺麗な顔してんなぁ。こりゃ鱗取った後でも高く売れるぞ。」
「な、なにを……。」
好き勝手な事を言う男達に、チェリーは青褪めながら呟く。
その呟きを聞いた男の一人が、チェリーに向かってニィっと嫌な笑みを見せつけながら言ってきた。
「何って、お前を売るんだよ!」
「え?」
「お前が桃色人魚なのは知ってるんだ。そこの兄ちゃんと陸から上がるのを見てたからな。」
そう言って、男はアランを見てきた。
「兄ちゃん危なかったなぁ。もう少しで、こいつに海に連れて行かれるところだったんだぜ。」
男はアランの肩を叩きながら、そう言ってきたのだった。
「え?」
男の言葉にキョトンとした顔をするアラン。
状況が読めないと首を傾げるアランに、男達が説明してきた。
「兄ちゃん、人魚の”魅了”にかかりそうになってたんだよ。”魅了”にかかった奴は夢現のまま海の底に連れて行かれちまうんだ。俺達がいなかったら、あんた今頃は海の中で搾り取られてポイだったんだぜ。良かったなぁ連れて行かれなくて。」
と、さも自分たちは命の恩人だと言わんばかりの口調で話す男達。
そして、いまいち状況が掴み切れていないアランを放って置いて、チェリーを連れて行こうとしてきた。
「ちょっと待ってください。」
そんな男達に、マクレーンが声をかけてきた。
いきなり割り込んできたマクレーンに、男たちは訝しそうな視線を向けてくる。
その視線に怯む事無くマクレーンは言葉を続けた。
「それは、僕達が先に見つけていたものです。置いて行ってもらいましょう。」
「ああ?小僧、何言ってんだぁ?」
先程の優しい雰囲気は何処へやら、男たちはマクレーンの言葉を聞くや否や、ガラリと表情を変えて凄んできた。
「俺達がいなきゃ、そこの色男の兄ちゃんは助からなかったんだぞ?わかって言ってんのかぁ?ああ!?」
あくまでも自分たちは命の恩人だと主張する男達に、マクレーンは小さく嘆息した。
命の恩人というより、今はただの破落戸にしか見えないんだけど……。
マクレーンは胸中で本音を吐露しながら、男たちを見遣る。
目の前の男たちは、いつでも臨戦態勢という姿勢でマクレーンを見ていた。
「彼は、そこの人魚と契約をして一緒にいただけです。貴方達には関係ありません。」
「はあ?ふざけるのも大概にしろよ!」
「ふざけてるのは貴方達です。人のものを横取りしようとして恥ずかしくないんですか?」
「テメエ……言わせておけば……。」
男たちは怒りも露わにそう言うと、マクレーンを取り囲んできた。
「マ、マクレーンさん……。」
鬼のような形相で睨み付けてくる男達に、二コルは震えながら呟く。
そんな男達に、マクレーンは涼しい顔で言ってきた。
「最近、こういうのが流行っているんですかねぇ……。」
東といい北といい……、そう呟きながらハァと溜息を吐く。
「おい小僧、そんなことより自分の心配しな!!」
マクレーンが呆れたように溜息を吐いていると、男の一人がそう言いながら殴りかかってきた。
「やめろ!」
制止の声と共に、振り上げられた男の腕が途中で止まった。
見ると、復活したアランが男とマクレーンの間に入って、男の腕を掴んでいたのだった。
「なんだテメエ!邪魔するな!!」
「この子の言った事は本当だ!俺は、そこの人魚から鱗を譲ってもらう約束をして一緒にいたんだ。」
「はっ、そんなもん嘘に決まってんだろうが。」
「なに?」
「知らねーのか?人魚はな、そう言って気に入った男を誑かしては海に連れてっちまうんだぜ!さっきもあんた、人魚に術を掛けられそうになってたじゃねーか!」
「う……。」
男の指摘にアランは言い返せずに口籠る。
「そんな事は想定内です。貴方達が来なくても僕達が止めていましたから。」
そんなアラン達に、マクレーンが言ってきた。
「それに、貴方達は密売人ですね。本来、人魚の捕獲は禁止されている筈です。鱗が欲しいなら人魚と交渉するのがルールですから。」
人魚もサザンウォートの古くからの住人として、魔女が保護している。
その為、人魚の婚前交渉や鱗の取引などは、命に危険が無ければ双方での交渉に一任されていた。
簡単に言えば、同意の上ならOKというわけだ。
その事を指摘すると、男たちは判り易いくらいに狼狽えてきた。
「どうしますか、このまま人魚を置いて行かなければ教会に報告しますけど?」
マクレーンはそう言うと、通信用の魔石を見せてきた。
通信用の魔石は、風の魔法と雷の魔法を併せ持ち、声を遠くの場所に伝達することができる魔法具だ。
これがあれば、どんなに離れていても一瞬で声を相手に届けることができる。
もちろん、これも姉達から渡された便利アイテムの一つだった。
魔石を見た男たちは、忌々しそうにマクレーンを見ていたが、分が悪いと悟ると退散していった。
「ふぅ……。」
男達が去っていった場所を眺めながら、マクレーンは安堵の息を吐く。
そして、網から出られず藻掻いているチェリーの元へ近づいていった。
「助かったわ。早くこの網を取って頂戴!」
チェリーはマクレーンに気づくと、嬉しそうに頼んできた。
その姿をじっと見つめるマクレーン。
「何してるのよ、早く助けてよ!」
「その前に、鱗を渡して貰いましょうか。」
「え?」
マクレーンの言葉にチェリーは驚いた顔をする。
言われた意味がいまいち理解できないのか聞き返してきた。
「ちょ、ちょっと助けないつもり?」
「もう約束は十分果たしましたよ?アランさんも、これ以上は倒れてしまいます。」
「で、でも……」
「交渉を反故にするなら僕たちはこれで……」
「ちょ、ちょっと!渡すわよ!渡せばいいんでしょう!!」
「わかればいいんです。さ、鱗を渡してください。」
「ううう、い、今は無理なのよ!元に戻らないと鱗は取れないわ。」
手を差し出してくるマクレーンに、チェリーはそう言いながら足を指さしてきた。
薬で変化させた人間の足は、つるんとしており鱗など見当たらなかった。
確かに、とマクレーンは納得すると手を引っ込める。
「元に戻る方法は?」
「…………。」
「言わないと、戻るまでこのままですよ?」
元に戻る方法を教える事を渋るチェリーに、マクレーンは非常にも淡々とした声でそう言ってきた。
「……水よ……。」
「え?」
「だから、海の水よ!海に浸かれば元に戻るわよ!!」
「そうですか……。」
悔しそうに言ってくるチェリーに、マクレーンは頷くと水筒に海水を汲んで戻ってきた。
そしてそのままチェリーの足に海水をかける。
すると、人間の足はぴたりとくっ付き、みるみる内に鱗に覆われ、つま先も半透明の美しい尾ひれに変わっていった。
ぴちぴちと動く尾ひれに目をやると、チェリーは観念したように鱗を引き千切りマクレーンに渡す。
鱗を受け取ったマクレーンは、ナイフで丁寧に網を切りチェリーを開放してやったのだった。
「これで、交渉は成立ですね。」
「ふん!」
その場に座ったまま、チェリーは不服そうにそっぽを向く。
しかし、ちらりとアランを見ると甘えた声を上げてきた。
「アラン~助けて~これじゃ動けないの~!」
そう言いながら両手を広げて抱っこをせがんでくる。
先程、拐かされそうになったアランは不安そうな視線をマクレーンに向ける。
対するマクレーンは、肩を竦めたきり何も言ってこなかった。
その反応に、アランは仕方がない様子でチェリーを横抱きにすると、海へ戻そうとした。
のだが……
「やっぱり諦められない!一緒になりましょう!!」
「ええ!?」
チェリーはアランに力いっぱい抱き付くと、そう言ってきたのだった。
慌てたアランは、マクレーンに助けを求めてきた。
「取り敢えず鱗は手に入ったので、この先は二人の問題ですから。」
しかし、マクレーンは涼しい顔でそう言ってきただけであった。
しかもご丁寧に「じゃ、僕達はこれで」と、見合いの付添人の如く、後は若い二人に任せましょう♪という態で、くるりと踵を返すと去って行こうとしたのだった。
「ちょ、待てって!マクレーン!!」
アランは真っ青な顔で、マクレーンを呼び止める。
しかしアランの制止も虚しく、心配そうに振り返る二コルを連れて、マクレーンは行ってしまったのであった。
あっさりと置いて行かれ、ショックで固まるアラン。
そんなアランに、チェリーは嬉しそうにしながら首に抱き付いてきた。
「うふふっ、い~っぱい子供作りましょうね、ダーリン♪」
「いやいやいや!マクレーン置いてかないでくれ~!お~い、おお~い!!」
にこにこと首に擦りついてくるチェリーを抱えたまま、アランの虚しい叫び声が海に木霊していったのであった。
「次は、あっちに行きましょ!」
「あ、ああ。」
アラン達は、転柱門のある首都ダスに来ていた。
少々疲れた顔のアランの隣には、人魚のチェリーが嬉しそうに顔を輝かせながら、アランの腕にしがみ付く形で隣を歩いていた。
そう、歩いていたのだ。
彼女の下半身は今は鱗に覆われた魚の尻尾ではなく、人間の足が付いていたのだった。
あのあとチェリーから、鱗を譲る代わりに一日デートをしてくれと、せがまれてしまった。
しかも、デートの行き先は人間の街だと言う彼女にアランが困惑していると、チェリーは「ちょっと待ってて」と言い置き海に潜ってしまった。
暫くして戻ってきたチェリーの下半身は、何故か人間の足になっていたという訳だった。
驚くアラン達に、チェリーは「海の薬師に足の生える薬を調合して貰ったの」と悪戯っ子のような笑顔で説明してきた。
驚くアランの背後では、マクレーンが何故か青い顔をしながら遠くを見つめていたのだった。
そんなこんなで、ご丁寧に人間の服まで身に着けて陸に上がってきたチェリーは、驚くアランを引き摺りながら人間の街へ向かい、目に付いた店を片っ端から見て周っていったのだった。
さすがのアランも、チェリーのはしゃぎっぷりに振り回され過ぎて目を回しかけていたので、近くにあったカフェに入って休憩することにしたのだった。
アランは、ウエイターが持ってきた水を一気に飲み干すと、力なく椅子に凭れかかった。
そんなアランをチェリーは何が楽しいのか、にこにこしながら見つめている。
とりあえずマクレーン達は、二人の邪魔をしない様に少し離れたテーブルに着いて様子を見る事にしたのだった。
「アランさん、大丈夫でしょうか?」
「まあ、体力だけが取り柄なので大丈夫でしょう。」
二コルの言葉に、マクレーンはジュースを飲みながら辛辣な答えを返してくる。
相変わらずな塩対応に、二コルの笑顔は引き攣っていた。
「いや、さすがにアランさんでも、これは疲れるんじゃ……。」
「まあ、それが彼女たちのやり方ですから。」
「え?」
マクレーンの言葉に、二コルが呆けた顔をしていると、チェリーとアランが店を出ようとしている姿が視界に入った。
休憩だって言ってたけど、あれじゃアランさん殆ど休めていないんじゃ……。
「行きましょう。」
「あ、は、はい!」
二コルが足元のふらついているアランを心配そうに見ていると、マクレーンが勘定をテーブルに置きながら席を立った。
二コルも、慌てて飲みかけのジュースを飲み干すと、アラン達の後を追うのだった。
あれから一刻程、またアランは店から店へと連れ回されていた。
見るからに疲れた様子のアランに、チェリーはまだまだ元気な様子で話しかけている。
「このままじゃ、アランさん倒れてしまうんじゃないですか?」
さすがに二コルも不味いと思ったのか、焦った様子でマクレーンに訊ねてきた。
「そうですね……。」
と、マクレーンは頷いてきたものの、離れた場所からアラン達を窺うばかりで、一向に助けに入る様子は無かった。
痺れを切らせた二コルが、アランの元へ駆け寄ろうとしたその時、チェリーは突然ぴたりと足を止めてきたのだった。
出て行きかけた二コルは、慌てて足を止め様子を見守る。
マクレーンはその後ろで、黙ったままじっと二人を見ていた。
二人を見守っていると、チェリーがアランに向かって何やら話しかけてきた。
「ねえ、何処かで休憩しましょうか?」
「あ、ああ。」
チェリーの言葉に、疲労困憊なアランは助かったと安堵の息を漏らす。
そんなアランをにっこりと笑顔で見ながら、チェリーは最初に陸に上がった海岸までアランを連れて来た。
そして、近くにあった岩場に腰掛ける。
ようやく休めると、アランもチェリーの隣に腰掛けほっと息を吐いた。
アランはチェリーに街中を連れ回され、正直疲れていた。
いつもよりも疲れ易いな、と頭の片隅で思いながらチェリーの話に耳を傾ける。
すると、急に睡魔が襲ってきた。
「あ、あれ……?」
「あらどうしたの?疲れちゃった?」
「あ、ああ……すまない。」
アランは、そう言うのがやっとだった。
ぐるぐる回る思考のせいで、チェリーの言葉がよく聞き取れない。
まるで子守唄を歌われているように、チェリーの声は酷くゆっくり聞こえてきた。
ゆらゆらとアランの上半身が揺れ出す。
「ねえ……このまま私と海で暮らしましょう?」
囁くようなチェリーの声は、酷く魅力的に甘く甘くアランの鼓膜に響いてくる。
「私、貴方の事が気に入っちゃったの。私の番になって……。」
その時、ばさぁっという音と共にチェリーの頭上に何かが降ってきた。
「え?なに!?」
「はははは、捕まえたぞ!!」
突然の事に慌てるチェリー。
彼女は、漁で使われる捕獲用の網を頭から被せられ、身動きが取れず藻掻いていた。
「ちょ、何よこれ!」
「桃色人魚を捕獲したぞー!」
チェリーが驚愕の声をあげていると、近くの岩場から数人の男達が出てきた。
男たちは網にかかったチェリーを見ながら、にやにやと笑い出した。
「やったな!これで一生食っていけるぜ!!」
「噂通り綺麗な顔してんなぁ。こりゃ鱗取った後でも高く売れるぞ。」
「な、なにを……。」
好き勝手な事を言う男達に、チェリーは青褪めながら呟く。
その呟きを聞いた男の一人が、チェリーに向かってニィっと嫌な笑みを見せつけながら言ってきた。
「何って、お前を売るんだよ!」
「え?」
「お前が桃色人魚なのは知ってるんだ。そこの兄ちゃんと陸から上がるのを見てたからな。」
そう言って、男はアランを見てきた。
「兄ちゃん危なかったなぁ。もう少しで、こいつに海に連れて行かれるところだったんだぜ。」
男はアランの肩を叩きながら、そう言ってきたのだった。
「え?」
男の言葉にキョトンとした顔をするアラン。
状況が読めないと首を傾げるアランに、男達が説明してきた。
「兄ちゃん、人魚の”魅了”にかかりそうになってたんだよ。”魅了”にかかった奴は夢現のまま海の底に連れて行かれちまうんだ。俺達がいなかったら、あんた今頃は海の中で搾り取られてポイだったんだぜ。良かったなぁ連れて行かれなくて。」
と、さも自分たちは命の恩人だと言わんばかりの口調で話す男達。
そして、いまいち状況が掴み切れていないアランを放って置いて、チェリーを連れて行こうとしてきた。
「ちょっと待ってください。」
そんな男達に、マクレーンが声をかけてきた。
いきなり割り込んできたマクレーンに、男たちは訝しそうな視線を向けてくる。
その視線に怯む事無くマクレーンは言葉を続けた。
「それは、僕達が先に見つけていたものです。置いて行ってもらいましょう。」
「ああ?小僧、何言ってんだぁ?」
先程の優しい雰囲気は何処へやら、男たちはマクレーンの言葉を聞くや否や、ガラリと表情を変えて凄んできた。
「俺達がいなきゃ、そこの色男の兄ちゃんは助からなかったんだぞ?わかって言ってんのかぁ?ああ!?」
あくまでも自分たちは命の恩人だと主張する男達に、マクレーンは小さく嘆息した。
命の恩人というより、今はただの破落戸にしか見えないんだけど……。
マクレーンは胸中で本音を吐露しながら、男たちを見遣る。
目の前の男たちは、いつでも臨戦態勢という姿勢でマクレーンを見ていた。
「彼は、そこの人魚と契約をして一緒にいただけです。貴方達には関係ありません。」
「はあ?ふざけるのも大概にしろよ!」
「ふざけてるのは貴方達です。人のものを横取りしようとして恥ずかしくないんですか?」
「テメエ……言わせておけば……。」
男たちは怒りも露わにそう言うと、マクレーンを取り囲んできた。
「マ、マクレーンさん……。」
鬼のような形相で睨み付けてくる男達に、二コルは震えながら呟く。
そんな男達に、マクレーンは涼しい顔で言ってきた。
「最近、こういうのが流行っているんですかねぇ……。」
東といい北といい……、そう呟きながらハァと溜息を吐く。
「おい小僧、そんなことより自分の心配しな!!」
マクレーンが呆れたように溜息を吐いていると、男の一人がそう言いながら殴りかかってきた。
「やめろ!」
制止の声と共に、振り上げられた男の腕が途中で止まった。
見ると、復活したアランが男とマクレーンの間に入って、男の腕を掴んでいたのだった。
「なんだテメエ!邪魔するな!!」
「この子の言った事は本当だ!俺は、そこの人魚から鱗を譲ってもらう約束をして一緒にいたんだ。」
「はっ、そんなもん嘘に決まってんだろうが。」
「なに?」
「知らねーのか?人魚はな、そう言って気に入った男を誑かしては海に連れてっちまうんだぜ!さっきもあんた、人魚に術を掛けられそうになってたじゃねーか!」
「う……。」
男の指摘にアランは言い返せずに口籠る。
「そんな事は想定内です。貴方達が来なくても僕達が止めていましたから。」
そんなアラン達に、マクレーンが言ってきた。
「それに、貴方達は密売人ですね。本来、人魚の捕獲は禁止されている筈です。鱗が欲しいなら人魚と交渉するのがルールですから。」
人魚もサザンウォートの古くからの住人として、魔女が保護している。
その為、人魚の婚前交渉や鱗の取引などは、命に危険が無ければ双方での交渉に一任されていた。
簡単に言えば、同意の上ならOKというわけだ。
その事を指摘すると、男たちは判り易いくらいに狼狽えてきた。
「どうしますか、このまま人魚を置いて行かなければ教会に報告しますけど?」
マクレーンはそう言うと、通信用の魔石を見せてきた。
通信用の魔石は、風の魔法と雷の魔法を併せ持ち、声を遠くの場所に伝達することができる魔法具だ。
これがあれば、どんなに離れていても一瞬で声を相手に届けることができる。
もちろん、これも姉達から渡された便利アイテムの一つだった。
魔石を見た男たちは、忌々しそうにマクレーンを見ていたが、分が悪いと悟ると退散していった。
「ふぅ……。」
男達が去っていった場所を眺めながら、マクレーンは安堵の息を吐く。
そして、網から出られず藻掻いているチェリーの元へ近づいていった。
「助かったわ。早くこの網を取って頂戴!」
チェリーはマクレーンに気づくと、嬉しそうに頼んできた。
その姿をじっと見つめるマクレーン。
「何してるのよ、早く助けてよ!」
「その前に、鱗を渡して貰いましょうか。」
「え?」
マクレーンの言葉にチェリーは驚いた顔をする。
言われた意味がいまいち理解できないのか聞き返してきた。
「ちょ、ちょっと助けないつもり?」
「もう約束は十分果たしましたよ?アランさんも、これ以上は倒れてしまいます。」
「で、でも……」
「交渉を反故にするなら僕たちはこれで……」
「ちょ、ちょっと!渡すわよ!渡せばいいんでしょう!!」
「わかればいいんです。さ、鱗を渡してください。」
「ううう、い、今は無理なのよ!元に戻らないと鱗は取れないわ。」
手を差し出してくるマクレーンに、チェリーはそう言いながら足を指さしてきた。
薬で変化させた人間の足は、つるんとしており鱗など見当たらなかった。
確かに、とマクレーンは納得すると手を引っ込める。
「元に戻る方法は?」
「…………。」
「言わないと、戻るまでこのままですよ?」
元に戻る方法を教える事を渋るチェリーに、マクレーンは非常にも淡々とした声でそう言ってきた。
「……水よ……。」
「え?」
「だから、海の水よ!海に浸かれば元に戻るわよ!!」
「そうですか……。」
悔しそうに言ってくるチェリーに、マクレーンは頷くと水筒に海水を汲んで戻ってきた。
そしてそのままチェリーの足に海水をかける。
すると、人間の足はぴたりとくっ付き、みるみる内に鱗に覆われ、つま先も半透明の美しい尾ひれに変わっていった。
ぴちぴちと動く尾ひれに目をやると、チェリーは観念したように鱗を引き千切りマクレーンに渡す。
鱗を受け取ったマクレーンは、ナイフで丁寧に網を切りチェリーを開放してやったのだった。
「これで、交渉は成立ですね。」
「ふん!」
その場に座ったまま、チェリーは不服そうにそっぽを向く。
しかし、ちらりとアランを見ると甘えた声を上げてきた。
「アラン~助けて~これじゃ動けないの~!」
そう言いながら両手を広げて抱っこをせがんでくる。
先程、拐かされそうになったアランは不安そうな視線をマクレーンに向ける。
対するマクレーンは、肩を竦めたきり何も言ってこなかった。
その反応に、アランは仕方がない様子でチェリーを横抱きにすると、海へ戻そうとした。
のだが……
「やっぱり諦められない!一緒になりましょう!!」
「ええ!?」
チェリーはアランに力いっぱい抱き付くと、そう言ってきたのだった。
慌てたアランは、マクレーンに助けを求めてきた。
「取り敢えず鱗は手に入ったので、この先は二人の問題ですから。」
しかし、マクレーンは涼しい顔でそう言ってきただけであった。
しかもご丁寧に「じゃ、僕達はこれで」と、見合いの付添人の如く、後は若い二人に任せましょう♪という態で、くるりと踵を返すと去って行こうとしたのだった。
「ちょ、待てって!マクレーン!!」
アランは真っ青な顔で、マクレーンを呼び止める。
しかしアランの制止も虚しく、心配そうに振り返る二コルを連れて、マクレーンは行ってしまったのであった。
あっさりと置いて行かれ、ショックで固まるアラン。
そんなアランに、チェリーは嬉しそうにしながら首に抱き付いてきた。
「うふふっ、い~っぱい子供作りましょうね、ダーリン♪」
「いやいやいや!マクレーン置いてかないでくれ~!お~い、おお~い!!」
にこにこと首に擦りついてくるチェリーを抱えたまま、アランの虚しい叫び声が海に木霊していったのであった。
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