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6話「幸せの崩壊VI」
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机の上には、置き忘れた書類がそのままになっている。父からの業務報告書だ。子爵家の領地経営について、昨年から私が担当している案件の一部。婚約と並行して取り組んできた仕事だが、最近ではグレンの気まぐれな要求を満たす方が優先になって、どうしても放置しがちだった。
――私がもっとしっかりしていれば……
――あの人に褒められたくて、仕事そっちのけで媚を売っていたから……
――そもそも子爵家という身分で、侯爵家の婚約者になろうとすること自体が無謀だったのではないか……
思考はどんどんネガティブな螺旋を描き始める。かつて憧れていた「完璧な令嬢」という幻想が、ガラガラと崩れ去っていく。
「そうだ……婚約指輪」
指輪の箱を探し出すために、引き出しを開けた。小さなビロード張りのケース。蓋を開けば、銀細工にダイヤモンドが嵌め込まれた繊細なリングが光を弾くはずだった。
だが実際に目にした瞬間、指輪はあまりにも小さく色褪せて見えた。あれほど輝いて見えた宝石も、今ではただのガラス玉のように陳腐に映る。
そっと摘み上げると、冷たい金属の感触が皮膚に食い込んだ。かつてこの指輪を嵌めて鏡の前で微笑んだ日。グレンが優しく頭を撫でてくれた夜。そういった甘美な記憶が急速に色を失い、代わりに嘲笑や失望の囁き声が耳朶に蘇ってくる。
「こんなもの……」
捨ててしまおうか――そんな衝動に駆られた時だった。
「ミレーナ」
低く乾いた声が背後から投げかけられ、心臓が飛び跳ねる。驚いて振り向けば、鷹のように鋭い瞳を持つ人物が入口に立っていた。父ロベルト・ヴァイスクローネである。
「お父様……」
名を呼ぶ声がか細く震える。父は仕事の後だったのか、まだ上着のボタンを外していない。しかしその眼光だけは研ぎ澄まされていた。
「何をしている」
簡潔な問いかけに、咄嗟に指輪を背後に隠す。父の眉間の皺が深くなる。長年の習慣で、ロベルトには嘘も誤魔化しも通用しないことが染みついていた。
「……申し訳ありません」
「謝罪は要らん。事実を述べよ」
有無を言わさぬ口調。ミレーナは諦めて事の顛末を話し始めた。婚約解消のこと。公衆の面前で辱められたこと。そして、自分がいかに愚かであったかということまで――。
話すうちに感情が昂り、言葉はしばしば途切れがちになった。その都度父は黙って聴き続けた。その沈黙が却って辛く感じられた。
「だから……私には資格が……」
喋り終えた頃には涙が止めどなく零れ落ちていた。恥じらいよりも先に、情けなさが込み上げてくる。子供のようにしゃくり上げる自分の姿に嫌気が差す。
ロベルトは腕を組み、深くため息をついた。その仕草だけで叱責されるかと思ったが、
「……お前がそう思うなら、そうかもしれんな」
淡々とした答えだった。
「だが」
言葉を区切り、父はゆっくりと部屋に歩み入る。書類を適当に置き、掌を差し出した。
「見せてみろ」
一瞬何を言われたのか理解できなかったが、察した彼女は隠していた指輪のケースを差し出した。ロベルトはそれを無造作に開けると、中身を取り出して光に翳す。
「これが『資格』とやらの証左なのか?」
「そ……それは……」
問い返されて答えに窮する。確かにグレンにとっては、この指輪がステータスシンボル以上の意味を持たなかったのかもしれない。
「ならば捨てるがよい」
――私がもっとしっかりしていれば……
――あの人に褒められたくて、仕事そっちのけで媚を売っていたから……
――そもそも子爵家という身分で、侯爵家の婚約者になろうとすること自体が無謀だったのではないか……
思考はどんどんネガティブな螺旋を描き始める。かつて憧れていた「完璧な令嬢」という幻想が、ガラガラと崩れ去っていく。
「そうだ……婚約指輪」
指輪の箱を探し出すために、引き出しを開けた。小さなビロード張りのケース。蓋を開けば、銀細工にダイヤモンドが嵌め込まれた繊細なリングが光を弾くはずだった。
だが実際に目にした瞬間、指輪はあまりにも小さく色褪せて見えた。あれほど輝いて見えた宝石も、今ではただのガラス玉のように陳腐に映る。
そっと摘み上げると、冷たい金属の感触が皮膚に食い込んだ。かつてこの指輪を嵌めて鏡の前で微笑んだ日。グレンが優しく頭を撫でてくれた夜。そういった甘美な記憶が急速に色を失い、代わりに嘲笑や失望の囁き声が耳朶に蘇ってくる。
「こんなもの……」
捨ててしまおうか――そんな衝動に駆られた時だった。
「ミレーナ」
低く乾いた声が背後から投げかけられ、心臓が飛び跳ねる。驚いて振り向けば、鷹のように鋭い瞳を持つ人物が入口に立っていた。父ロベルト・ヴァイスクローネである。
「お父様……」
名を呼ぶ声がか細く震える。父は仕事の後だったのか、まだ上着のボタンを外していない。しかしその眼光だけは研ぎ澄まされていた。
「何をしている」
簡潔な問いかけに、咄嗟に指輪を背後に隠す。父の眉間の皺が深くなる。長年の習慣で、ロベルトには嘘も誤魔化しも通用しないことが染みついていた。
「……申し訳ありません」
「謝罪は要らん。事実を述べよ」
有無を言わさぬ口調。ミレーナは諦めて事の顛末を話し始めた。婚約解消のこと。公衆の面前で辱められたこと。そして、自分がいかに愚かであったかということまで――。
話すうちに感情が昂り、言葉はしばしば途切れがちになった。その都度父は黙って聴き続けた。その沈黙が却って辛く感じられた。
「だから……私には資格が……」
喋り終えた頃には涙が止めどなく零れ落ちていた。恥じらいよりも先に、情けなさが込み上げてくる。子供のようにしゃくり上げる自分の姿に嫌気が差す。
ロベルトは腕を組み、深くため息をついた。その仕草だけで叱責されるかと思ったが、
「……お前がそう思うなら、そうかもしれんな」
淡々とした答えだった。
「だが」
言葉を区切り、父はゆっくりと部屋に歩み入る。書類を適当に置き、掌を差し出した。
「見せてみろ」
一瞬何を言われたのか理解できなかったが、察した彼女は隠していた指輪のケースを差し出した。ロベルトはそれを無造作に開けると、中身を取り出して光に翳す。
「これが『資格』とやらの証左なのか?」
「そ……それは……」
問い返されて答えに窮する。確かにグレンにとっては、この指輪がステータスシンボル以上の意味を持たなかったのかもしれない。
「ならば捨てるがよい」
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