光を纏う日――婚約破棄からの再出発

こうたろ

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7話「幸せの崩壊VII」

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 父は指輪を掌に乗せ、窓の外へ視線を向けた。バルコニーを越えた向こうには広い庭が広がり、その一角には晩冬から春に咲く木蓮の木がひっそりと佇んでいる。常緑樹の葉が月明かりを浴びて淡く輝いていた。

「もったいないお考えですわ」

 思わず口を挟んだミレーナに、ロベルトは苦笑いを浮かべる。

「大事にするほどの価値があったと思うか?」
「……いいえ」

 素直に認めるしかなかった。捨てることも惜しむこともできない。今はただ空虚なモノ。

「ならばさっさと手放せ。そうしなければ一生それに縛られるぞ」
「……でも」

 父の言葉の裏には明らかな温情があった。冷酷に見える態度はいつものことだが、その芯には必ず柔らかな支柱があるのだと知っている。
 幼い頃からそうだった。

「……捨てます」
「よろしい」

 父はケースごと指輪をミレーナに返した。掌の中に戻ってきた指輪は相変わらず冷たく重い。けれど不思議と憎悪は感じなかった。これは単なる一つの記念品――たとえば壊れた玩具と同じなのだと、少しずつ自分に言い聞かせることができるようになったからだ。

「それで……明日からどうするつもりだ?」

 突然の問いかけに迷う。明日など考えられなかった。今日という日が悪夢すぎて、明後日どころか三秒先さえも見えない。

「わかりません……何も……考えられなくて……」
「考えたくないなら考えるな。眠れそうなら寝ろ。腹が減っていれば食事を取れ」

 ロベルトは珍しく直接的ではない励ましをくれる。おそらくミレーナの精神状態を見て取ってのことだろう。そう簡単に立ち直れるわけがないと熟知しているのだ。

「ただし」

 厳しい視線がこちらに突き刺さる。

「逃避を選んでも良いが後退は許さん。後悔に浸る時間を費やすくらいなら、何かを学べ。読め。鍛えろ。何でもいい」

 父の口から出る言葉は辛辣だが、その根底に確かな愛情が滲んでいることが分かる。母を亡くして以降、寡黙ながらもこの男は家族を守るために全力を注いできた。

「はい……」

 小さく頷くと、ロベルトは無言で背を向けた。扉を閉める間際に一度だけ振り返り、

「お前の気持ちに気づいてやれず、悪かった」

 それだけを残して退出した。言い終わるや否や扉が閉まり、廊下の向こうへ足音が遠ざかっていく。
 残されたミレーナは呆然と立ち尽くした。父の言葉が心の奥底で温もりを帯びて拡がっていく。自責に溺れていた胸の痛みが少しだけ緩むのを感じた。

 窓辺へ歩み寄り、バルコニーに出る。夜風が頬を撫で、涙の跡を涼やかに拭った。見下ろすと木蓮の古木が微かに揺れている。冬枯れの葉を抱えた枝に蕾が膨らみ始めているのがわかった。早春の寒さをものともせず、新芽は確実に伸びている。
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