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ジレンマ
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執務室に入るや否や、あの本棚の前に立ち止まった白王から、指を曲げて"こちらへ来い"とハンドサインが飛んでくる。
また犬扱いか、とため息を吐きながら側に寄れば、今日の作戦会議が始まった。
「今時点での情報を整理する」
引き出されたホワイトボードに文字が書き連ねられていく。
当初は、幽霊だの摩訶不思議な現象によるものかと思われた事件の全体像が少しずつ見えてきた。
2年前の6月13日に発見されたご遺体は、確実に当人の死を示していた。
ならば、その後に目撃される良く似た人物は誤認か、はたまた他者である可能性が高い。
そして、昨日協力者から開示された、バリケードテープで囲われていたという当時の現場の状況と、そこで目撃された被害者らしき人物。
黄嶋先輩から齎された、出生に関する重要な視点。
── それらを整理すると、自ずと導かれる次の一手は。
「依頼者にもう一度話を聞く必要があるな」
「同じことを考えていたよ。まだ菖蒲さんから引き出せていない情報が山程ありそうだ」
白王の隣に乗り込み、進捗報告という名目で小洒落た城へと車を走らせた。
**************
「……え?ハジメの出生?」
「そうです。ハジメさんがどこで生まれ、今までの人生をどう生きたのか。婚約者だった貴女にお伺いしたいんです」
「婚約者、とは言っても……」
何かを思案するような仕草をした依頼者は、首を少し振って悲しげな表情を浮かべた。
「私も確かな事は知らないわ……婚約まではしたけど、籍は入れていなかった。公式書類がまだ手元にない状態ってことよ」
当てが外れたか、と落胆しかけた時。
真正面から「でも、私は確信してる」と強気な声が飛んだ。
「あの子には、きっと兄弟がいるわ。それもすごく運命的で、近しい存在の……そう、例えるなら片割れね」
「片割れ、ですか」
「偶にね、あの子が誰かを探すような瞳をするのよ。何かを楽しいと思った時や、悲しいことがあった時……ふとね」
依頼者はそこで言葉を切ると、用意した紅茶に口をつける。
「菖蒲さん、その情報が確かなら、今の目撃情報は恐らく……」
数拍おいて、言葉を咀嚼し終えた白王が切り返す。
「ええ、きっとそう。だから、私はもう一人のあの子に会いたいのよ」
「おいおい……」
(何なんだこの状況は)
至極当然の話をしているかのように澄ました依頼者を見ていると、くらりと目が回るような感覚に襲われた。
「菖蒲さん、愚問かと思いますが……もう一人の五月さんとは面識は?」
「無いわ、存在すら匂わせないのよ。だから、ただの女の勘よ」
「それって、ハジメさんは貴女に知られたくなかったってことじゃないすか」
依頼者は俺の問いを黙殺すると、眼光を強めて俺を射抜く。
「もう一度言うわ。私は、もう一人のあの子に会いたいの。お願い出来るかしら」
************
ここ数日で何度も通りかかった道を、ひたすらに歩く。
変わらぬマンション、住人、公園で遊ぶ人たち、溢れる活気。
それとは対になるようにして渦巻く、人間の欲の薄気味悪さを実感する。
隣を見れば、白王は何かを考え込むようにして、手帳のページを頻りに捲っている。
要するに、推理中といったところか。
「白王、この件は降りたほうがいいんじゃねぇか」
「……いや、彼女の目的が分からないからこそ、こちらで先手を打とう。片割れとやらの善悪を見極めて、彼女に引き渡すか考えよう」
「意図も分からねぇ人探しのために、事件だと焚き付けられて、あの女に踊らされてた事は飲み込めって?」
「……今時点で自死は確定していない。それに、今の発言には明確に私怨が籠りすぎだ黒谷君」
そりゃそうだが、と溢しかけた愚痴を飲み込む。
俺の中で、あの依頼者の女性に対する信頼は、既に紙っぺら一枚にも満たない厚みになっていた。
そもそもの依頼が可笑しかったんだ。死んだ人間を連れて来いだなんて、その時点でもっと深く探りを入れるべきだった。
「私は思うのだが」
「あ?」
「確信が持てない事を探偵に依頼するという思考は、極めて普通のことではないか?事が起きなければ動けない警察とは違うのだから」
鋭い論調で、思い上がっていた思考を突き崩される。
まさに、ぐうの音も出ない反論だった。
そうだ、今の俺は警察組織の人間ではない。探偵の助手なのだ。
(……元々、警察組織へのジレンマもあったはずだ)
いくら強力な行使力を持った組織であっても、事件を未然に防ぎ続ける事は出来ない。
そして、救われるべき当事者のうち何割かは、事が起こるのを予感し、自身の身を守ろうと抗っている。
(探偵へと立場が変わったからこそ、出来る事が変わったと考えるべきなのか)
「……まあ、それもそうだな。俺もいつまで警察気取ってんだって話だよなぁ」
ぐいっと大きく背伸びをして、頭をブルリと震わせる。
なんだか犬っぽい仕草だが、行き詰まった時にやると上手く頭が切り替わるんだ。
「よし、一丁やりますか」
「期待しているよ、ネクタイが曲がった黒谷助手」
にゅっと手が伸び、襟元諸共ネクタイを正される。
隣から聞こえた声は、無表情で冷静な探偵らしからぬ、弾むような声色だった。
また犬扱いか、とため息を吐きながら側に寄れば、今日の作戦会議が始まった。
「今時点での情報を整理する」
引き出されたホワイトボードに文字が書き連ねられていく。
当初は、幽霊だの摩訶不思議な現象によるものかと思われた事件の全体像が少しずつ見えてきた。
2年前の6月13日に発見されたご遺体は、確実に当人の死を示していた。
ならば、その後に目撃される良く似た人物は誤認か、はたまた他者である可能性が高い。
そして、昨日協力者から開示された、バリケードテープで囲われていたという当時の現場の状況と、そこで目撃された被害者らしき人物。
黄嶋先輩から齎された、出生に関する重要な視点。
── それらを整理すると、自ずと導かれる次の一手は。
「依頼者にもう一度話を聞く必要があるな」
「同じことを考えていたよ。まだ菖蒲さんから引き出せていない情報が山程ありそうだ」
白王の隣に乗り込み、進捗報告という名目で小洒落た城へと車を走らせた。
**************
「……え?ハジメの出生?」
「そうです。ハジメさんがどこで生まれ、今までの人生をどう生きたのか。婚約者だった貴女にお伺いしたいんです」
「婚約者、とは言っても……」
何かを思案するような仕草をした依頼者は、首を少し振って悲しげな表情を浮かべた。
「私も確かな事は知らないわ……婚約まではしたけど、籍は入れていなかった。公式書類がまだ手元にない状態ってことよ」
当てが外れたか、と落胆しかけた時。
真正面から「でも、私は確信してる」と強気な声が飛んだ。
「あの子には、きっと兄弟がいるわ。それもすごく運命的で、近しい存在の……そう、例えるなら片割れね」
「片割れ、ですか」
「偶にね、あの子が誰かを探すような瞳をするのよ。何かを楽しいと思った時や、悲しいことがあった時……ふとね」
依頼者はそこで言葉を切ると、用意した紅茶に口をつける。
「菖蒲さん、その情報が確かなら、今の目撃情報は恐らく……」
数拍おいて、言葉を咀嚼し終えた白王が切り返す。
「ええ、きっとそう。だから、私はもう一人のあの子に会いたいのよ」
「おいおい……」
(何なんだこの状況は)
至極当然の話をしているかのように澄ました依頼者を見ていると、くらりと目が回るような感覚に襲われた。
「菖蒲さん、愚問かと思いますが……もう一人の五月さんとは面識は?」
「無いわ、存在すら匂わせないのよ。だから、ただの女の勘よ」
「それって、ハジメさんは貴女に知られたくなかったってことじゃないすか」
依頼者は俺の問いを黙殺すると、眼光を強めて俺を射抜く。
「もう一度言うわ。私は、もう一人のあの子に会いたいの。お願い出来るかしら」
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ここ数日で何度も通りかかった道を、ひたすらに歩く。
変わらぬマンション、住人、公園で遊ぶ人たち、溢れる活気。
それとは対になるようにして渦巻く、人間の欲の薄気味悪さを実感する。
隣を見れば、白王は何かを考え込むようにして、手帳のページを頻りに捲っている。
要するに、推理中といったところか。
「白王、この件は降りたほうがいいんじゃねぇか」
「……いや、彼女の目的が分からないからこそ、こちらで先手を打とう。片割れとやらの善悪を見極めて、彼女に引き渡すか考えよう」
「意図も分からねぇ人探しのために、事件だと焚き付けられて、あの女に踊らされてた事は飲み込めって?」
「……今時点で自死は確定していない。それに、今の発言には明確に私怨が籠りすぎだ黒谷君」
そりゃそうだが、と溢しかけた愚痴を飲み込む。
俺の中で、あの依頼者の女性に対する信頼は、既に紙っぺら一枚にも満たない厚みになっていた。
そもそもの依頼が可笑しかったんだ。死んだ人間を連れて来いだなんて、その時点でもっと深く探りを入れるべきだった。
「私は思うのだが」
「あ?」
「確信が持てない事を探偵に依頼するという思考は、極めて普通のことではないか?事が起きなければ動けない警察とは違うのだから」
鋭い論調で、思い上がっていた思考を突き崩される。
まさに、ぐうの音も出ない反論だった。
そうだ、今の俺は警察組織の人間ではない。探偵の助手なのだ。
(……元々、警察組織へのジレンマもあったはずだ)
いくら強力な行使力を持った組織であっても、事件を未然に防ぎ続ける事は出来ない。
そして、救われるべき当事者のうち何割かは、事が起こるのを予感し、自身の身を守ろうと抗っている。
(探偵へと立場が変わったからこそ、出来る事が変わったと考えるべきなのか)
「……まあ、それもそうだな。俺もいつまで警察気取ってんだって話だよなぁ」
ぐいっと大きく背伸びをして、頭をブルリと震わせる。
なんだか犬っぽい仕草だが、行き詰まった時にやると上手く頭が切り替わるんだ。
「よし、一丁やりますか」
「期待しているよ、ネクタイが曲がった黒谷助手」
にゅっと手が伸び、襟元諸共ネクタイを正される。
隣から聞こえた声は、無表情で冷静な探偵らしからぬ、弾むような声色だった。
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