所詮、狗。

はちのす

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演者と舞台

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「……手癖が悪い男ね。下品で嫌いだわ」

「いやいや、貴方ほどでは」

「態々そんな話をしにきたの?すぐにでも帰ってくださる?気分が悪いわ」

菖蒲咲子は、お淑やかに座っていた姿勢を崩して、高圧的に足を組んだ。
包み隠そうともしない、敵意が刺さるように浴びせられる。

「いや、引き下がれない理由があってね。未成年に手を出した挙句、その対象を精神的に追い詰めて自死を選ばせるなんて……どんな芸当なのかと興味が湧いたんだよ」

「早く帰って!」

俺の言葉が聞くに耐えないと耳を塞ぎ、大声を張り上げる。
ついでに手元にあったクッションまで投げられた。

「おぉ、怖」

「黒谷君、流石に言い過ぎだ。菖蒲さんは婚約者である五月さんとの行く末を案じて様々な取り計らいをしていたんだろう。愛する者なら当然の感情だろう」

俺の話を遮るように、白王から助け船が出される。

「そうよ、あの子はまだ社会を知らないの。だから心配して当然でしょう」

「へぇ、そうですかご立派ですね。高校すら出てない少年を騙すように襲って、関係を持った人間の言うこととは思えない」

「……っ、もうやめて!!」

キラリとラメが光る瞼の際から、涙が溢れ出す。

「黒谷君、君は帰ってくれ。依頼者を泣かせてどうする……さあ、菖蒲さん。これで涙を拭って」

弱々しく泣く菖蒲咲子の頬に、繊細な刺繍がされたハンカチを当てる様は、どこかの少女漫画の王子のようだ。

添えられた白王の手に触れると、堰を切ったように泣き出した。

「そんなんだから甘いって言われるんだよ……ま、お邪魔みたいだし俺は帰ります」

長い廊下を早足で歩ききり、そのままの勢いで外に出る。

エレベーターには乗らず、非常階段まで移動するとイヤホンを装着した。
その場にいた人達に軽く挨拶をすると、そのまま階段に座り込む。

『先程は申し訳ない。彼は人の心が理解出来ないようで……此処に連れてくるべきではなかった』

『っ、ぐす……本当に酷い男。何であんなのが白王さんの助手なのかしら』

(よし、順調に聞き取れるな)

白王のポケットに入れっぱなしのスマートフォンから、通話を飛ばしている。

手法としては良く使われる"飴と鞭"。
取り調べに手慣れた俺は鞭役、そして白王は飴役だ。

この手法は極限状態であればある程、自白と自省を引き出しやすい。
あれが俺を排除する為の嘘泣きであったとしても、怒涛の叱責を受ければ多少のダメージにはなっていただろう。

白王の迫真の演技が功を奏して、と言うのだろうか。
菖蒲咲子は段々と口を開いていった。

『白王さん、私は本当にあの子を愛していたの』

『それは痛いほど伝わっていますよ。貴方の心からの愛を一身に受けていた事は、彼も分かっていたはずです』

『あぁ……』

『その愛が、少し羨ましいと思ってしまう程です』

『そう、かしら』

(……示し合わせた内容と違うな)

理解は示せ、と言ったが感情移入しろとまでは伝えていない。

『私なら、大切な人を危険に晒すような事はしない。共にあり続ける事だけを願うのに』

『白王さん……』

(あの探偵、もしや場の空気に飲まれてんのか)

歯の浮くような台詞に、イヤホンを外したくなる。
だが、それをすると何かあった時にフォローできない。

(で、でも外してぇ~!!)

『菖蒲さん、本当の事を話してください。貴方の心が軽くなるように』

『本当も何も、嘘なんてついていないわ』

『隠している事も?』

『……隠す、と言うほどのことでもないわ。ハジメのご両親とは合わなくて、あの日から一切連絡が取れないの』

『……正式な婚姻が遅れていたのもその為ですか』

『なんでもお見通しね、そうよ。ご両親は私を遠ざけたがっていたの。相続の権利がないから遺品を見せてくれもしなかった』

『そうですか……でも、菖蒲さんとハジメさんが同棲する事は許可していた?』

『あの子の家はそのままにしておいたのよ。ご両親を立ててね』

(書面上は菖蒲咲子と一緒に住んでいない事になってんのかもしれないな……"あの子の家"ってのは、ツグミが今住んでいるあの部屋のことだろうか)

あの状態のツグミを放任する両親にも腹が立つが、もう後戻りは出来ない。

そんな事を思っていると、イヤホンがガサガサと、布が擦れるような音を拾う。

『こうしてお話し出来て良かったわ。ハジメの事は本当に悲しいけれど、白王さんのお陰でちょっとだけ気が晴れた』

『……最後に少しだけ酷な事をお伝えします。私達はご遺族と接触しましたが、もう今後一切関わってくれるなと仰っています』

『…そうですか。そんな事を…』

また静寂が訪れる。

『そして、ハジメさんからご遺族に書面も届いていました。プレッシャーで非常に追い詰められていた、と』

『……そう、なの?』

『ハジメさんのことは忘れて、フランスにでも旅に出てください、菖蒲さん。貴方と彼は永遠に再会することはないし、もう幻想は追わない方がいい』

(……アイツ、真面目一辺倒だと思っていたが結構言うな)

『昨日までなら絶対に嫌と返していたけれど……貴方が言うなら。ねえ白王さん、あの子を忘れられる方法を教えてくれるかしら』



── ドサッ



人が倒れるような音が響き通信が切れる。
その音が何かを理解する前に、俺は階段を飛び降りていた。
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