所詮、狗。

はちのす

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信頼

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「白王っ!!」

音を立ててドアを開け放つと、最悪の予測は当たり、菖蒲咲子が白王をソファへと押し倒していた。

白王もまさかここまでされるとは思っていなかったようで、顔を青くしたまま動けなくなっている。

馬乗りになっている女の腕を捻って退かすと、呆然としている白王を引っ張って起こした。

「おい!ボーッとしないで戻ってこい白王!」

「……また貴方?何で帰って……もしかして聞いていたの?」

「俺の荷物、ソファの脇に置きっぱなしだったんだよ。オートロックじゃなくて助かったわ」

本当に置き忘れていた荷物を取り上げると、ヒラリと見せつける。

「アンタ、今何しようとしてたか分かってるよな」

「……同意の下よ」

「らしいですよ、そう見えました?」

遅れてドアから入ってきた人影に問い掛ける。

扉から入ってきた人物を見て、状況が飲み込めていない菖蒲咲子の表情が、いよいよ凍りついた。

「ん~、倫理的にはアウトかな。ね、青野」

「間に合って良かったです、本当に」

そう言って口々に白王を慰め出したのは、記憶に新しい先輩後輩の二人。
今日はしっかりとスーツを着込んでこの場に乗り込んできていた。

……今この瞬間ほど、警察組織に勤めていた過去に感謝したことはない。

白王と合意の上、万が一に備えて信頼出来る二人に非常階段で待機して貰っていたのだ。
先程合流した時に軽く挨拶をしたのも、2人と状況の共有をする為だった。

「どうして刑事が……!」

「あれ、二人とも彼女と面識が?」

「言ったでしょ、この辺りの管轄は俺だって」

「黒谷先輩が課を抜けた数ヶ月後に通報を受けて、近くにいた俺達が初動をしたんですよ。一応菖蒲さんからも聞き取りはしたので、その時に」

成る程、と頷いていると、啜り泣く音が聞こえてきた。

「わ、わたし……動揺してしまって!」

言い逃れは出来ないと踏んだのか、あんなにも傲慢に振る舞っていた彼女の泣き落としが始まった。
驚いて3人で顔を見合わせると、大きく息を吐いて各々現場の処理を開始した。

「動揺してるのはこっちだからね、ちょっとだけ車でお話し聞いてもいいかな?」

「黒谷先輩、ご協力ありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ……じゃあ俺達はこれで。仕事増やしてすいません、何か奢りますから」

「おかた~い公務員だからそう言うのダメ、気持ちだけ貰っとく」

そんなやりとりをしながら2人分の荷物を背負い、忌まわしい部屋を脱した。

先程から一言も発しない白王の手を、解けないようにしっかりと握る。

車まで戻ると、少し見上げる程の長身を助手席に詰め込み発進させた。
運転の仕方は、何度も見たから何となく覚えている。

「………」

助手席の白王は何か思い詰めた表情を浮かべていた。
そんな何のBGMもない車内でも、止まることなく時を刻んでいく。

見慣れた家屋を発見するまで、しばらくの間は静寂に甘んじる事にした。


*************


「ほら、風呂でも入るか」

「……あぁ」

少し持ち直したのか、玄関先でスーツを脱ぐ頃には大分顔色が戻ってきていた。

だが、やはりいつもの覇気がない。

風呂場に続く階段に掛けた足を止めると、反転して白王と向き合った。
少しだけ、いつもの目線よりも高くなって、白王の顔が見やすい。

「白王」

「なにか……は?」

そのままその頭をくしゃりと撫でると、額を合わせる。

「お疲れ、よく頑張ったな」

びくりと震えた身体を無視して、そのまま身体を寄せた。
ぎゅう、と力を入れて抱きつくと、息を呑む音が聞こえる。

「お疲れ様のハグ。今後一生やらないから今だけ我慢しろや」

「……ぷっ、はは。今だけなのか、それは何だか惜しいな」

ゆるりと背中に回された手の感触がむず痒い。

「押し倒された時は少々焦ったが、君が駆けつけてくれると確信していた」

「少々どころじゃなかっただろ、真っ青な顔しやがって……だから考え直せって言ったのに」

愚痴ついでに頭を撫でくり回す。

「明日の朝メシは豪勢にしてやるから楽しみにしてろ」

「ふふ、これじゃどちらが飼い主か、分からなくなるな」

「げぇ、その設定まだ続いてたのかよ」

「こちらは君を繋ぎ止めるのに必死なんだ、それくらいは許してくれ」

至近距離で笑いかけられ、居心地が悪くなる。

「……この流れで聞くが、俺が居るとなんかいい事でもあんのか?借金こそないが、資産もねぇからな。期待すんなよ」

「どうせ忘れているのに話せとは酷だな……そもそも、私の事を同年代か年上だと勘違いしているだろう?」

「え?」


……え?

鈍器で殴られたかのような衝撃が俺を襲う。


「この遺伝子のせいで随分と大人びて見えるかもしれないが、私は君より6歳は年下だ」

「え、な、え?」

「これでも社会人になって歴が浅いんだよ、犬のお巡りさん」

生真面目な白王には珍しい、初めて見たはずの戯けた笑みに、奥底にしまい込んでいた記憶が燻り始める。

『犬のお巡りさん』

……なんか、物凄く聞き覚えがある気がしてきた。

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