残業リーマンの異世界休暇

はちのす

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2章 新生活スタート

27 隠していた感情

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「ただいま…」


つ、疲れた…あのあと結局バールさんはぐっすり寝こけてしまい目を覚ましたのは19時だった。

俺も国史と薬学の課題が残っていたから、起こすのが面倒臭くなったのだ。

錬金術についてはまた後日となり、本当に約束が履行されるのかが不安になってきた。


ログハウスに着いた頃にはお腹はペコペコで、すぐにでも食事にあり付きたい衝動に駆られていた。

腹が減っては戦は出来ぬと言うじゃないか。
今すぐに食べないと、課題の続きに手を付けるのは無理だ。絶対に。



「マーナ、飯行こう…あれ、マーナ?」



そこでふと気付く。
マーナ家にいなくね?


出掛けてるのかなと思ったが、あいつが好んでいきそうな場所は思い当たらない。

…そもそもマーナの行動パターンとか行動範囲って全く知らないな。


(俺に付き合わせてたからか…)


やはり大分申し訳ないことしていたな。

飯ぐらい自分ひとりで行けるようにならなければ…

(でもなあ…)


既に仕事メールの冒頭では「夜分遅くに」と付けるくらいの時間だ。

魔獣がウジャウジャいる様な夜の森に、一人で繰り出すのは無理がある。

しかし、俺の腹は食物を求め唸り声を上げ始めていた。


(せめて、冷蔵庫に食材があれば…)


一人での外出か、飢餓かの究極の選択を迫られ始めたとき、玄関から扉の開く音がした。

(マーナだ!!)

これでやっと飯にありつける!と全力で出迎えに行く。



「遅かったじゃないか!」


「ふふ、待たせちゃった?ごめんね。」


「え」


なんとそこにいたのは、マーナではなく、紙袋を提げたセシルさんだった。

なんで?!


「ど、どうしたんですかセシルさん!」



「さっき研究棟から帰宅途中のカンザキ君を見かけたんだ。まだ制服だったから、もしかしたらご飯食べてないかもと思って…」


そう言いながら紙袋を顔まで持ち上げると、ニコリと微笑みながら


「テイクアウトしたんだよ。一緒にどうかなって!」


まさかその袋の中は…料理!
セシルさんのタイミングの良さに感動した。


「本当ですか?!お腹が空き過ぎて死にそうだったんです…ありがとうございます。」


「ふふ、よかった。」


セシルさんを招き入れ、手早くテーブルのセッティングを行った。


「突然来ちゃってごめんね。迷惑じゃなかった?」


「むしろ大助かりです。じゃあ、食べましょうか。」


「あれ?マーナガルム様は待たなくて大丈夫?」


「待ちたいのは山々ですが、既にお腹が限界で…何処かに出かけているみたいですし、マーナの分は取っておきましょう。」


セシルさんと向かい合わせに着席し、食事を取り始めた。

黙々と食べ進み、取り敢えずお腹の唸りが止まった辺りでセシルさんに声を掛けた。



「そういえばセシルさん、何か用があっていらっしゃったのではないですか?」


「やっぱりお見通しか。
生活に困りごとは無いか確認に来たんだけど…それとは別に、明後日研究室に来てもらいたくてね。」

突然のお願いでごめんね?

と、セシルさんはちょっと情けない顔でお願いしてきた。
そんなこと気にしなくていいのに。


「勿論伺いますよ。セシルさんには何時でも協力します。」

「わあ!ありがとう。今朝言ってた、マーナガルム様のクリーン魔法が効いたって話、実証してみたくって。」



子供の様に目を輝かせたセシルさんは、
やはり研究者といったところか。


話題が一段落ついたのか、セシルさんは突然真面目な顔になり、俺を見据えた。


「それと…カンザキ君。
君の素性について、この国の警備を担当する騎士団に探りを入れたよ。」


ああ、この時が来てしまったか…
ついこの間の話なのに、仕事がお早いですね…



「君が唯一覚えていた名前から行方不明者として届けられていないか探ってみたんだ…

結果から言うと、カンザキという少年を対象にした捜索願は無かったよ。」


ですよね…分かってますとも。


セシルさんは悲痛な表情で告げた。

大方、家族ですらも捜索を依頼をしていないと言う現実は、若い俺には酷だと考えているんだろう。

余計な心労をかけさせてしまっている事への罪悪感が凄いぞ…

だけど、この状況は利用させてもらいますよ。


「そうですか…あの、私はまだここに居てもいいんでしょうか。もしかしたら、両親はもう…「カンザキくん。」…!」


俺の言葉を遮ったセシルさんは、
行き場なく無造作に放り出していた俺の手を握り締めた。

じわりと温かな体温が伝わってくる。

セシルさんは俺の目を見つめ、ゆっくりと言葉を選びながら語り始めた。



「君は聡明だ。それでいて、我慢強く、謙虚だ。数日接しただけだけれど、君の誠実さは理解したつもりだよ。」


「いえ、私はそんな…」


「でもね、辛い時は泣いてもいいんだよ。」


(…っ!)


何時の間にか俺の隣に移動してきたセシルさんは、片膝を立てた姿勢で覗き込んできた。


「記憶を失っているのに、一度だって泣いていないでしょ?」


喉が閉まる感覚がした。目蓋の裏が熱い。


…悲しさや寂しさには、ずっと気付かないフリをしていた。

ログハウスに戻ればマーナがいるし、学校では人目もある。


(悲しみに暮れる暇なんてなかったんだ。)


鮮明に見えていたセシルさんの面影がブレ始めた。

ー ああ、ダメだ。こんな良い年してるのに…泣いてしまう。

頬に一筋冷たい感触がしたことを自覚した途端、堰を切ったように涙が止めどなく流れ出した。



「うっ…ひっぐ…」


「我慢しないで…ホラ、こちらへ。」



手を取られ、ソファに座らされる。

正面から向かい合ったセシルさんは、相変わらず優しく微笑みかけてくる。


(そんな顔で見ないでくれよ…)


気まずくなり顔を逸らそうとしたのだが、温かな体温に阻まれる。


(なんだ…身動きが取れない?)


気が付くと、香りが移ってしまいそうなほど近くにセシルさんがいた。

というよりは、両の腕で抱き竦められている。

今俺の視界はセシルさんの服だけになっていた。


「これで、私を含め誰からも見えないよ。」


ここまで言われてしまうと、我慢するのも限界だ。


セシルさんは、癇癪を起こした子供の様に泣きじゃくった俺の背を撫でながら、抱き締めて続けくれていた。
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