巻き込まれ異世界転移者(俺)は、村人Aなので探さないで下さい。

はちのす

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番外編

【番外編】揺蕩う光

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──悪夢を見た。

全身を覆う嫌な汗を拭うために、俺を抱き枕のように抱え込むイアンさんの腕から抜け出した。

「いまさら家族の夢を見るなんて……」

元の世界に残してきた「家族」の夢だ。なにも両親から離れてしまってホームシックになっているわけではない。彼らとは血がつながっていたとしても、希薄で歪な関係性だった。

それにもかかわらず、あの人たちの夢を見ることになったのは、つい先日の心温まる出来事がきっかけだ。

穏やかな寝息を立てるイアンさんを遠目から窺う。

かつての快活な人柄、姿形、話す言葉さえも失ってしまったというイアンさん。そんな彼と再会したアンナさんは、ひと目で自分の息子と見抜き、以前と変わらず世話を焼いている。

その温かな愛を目の当たりにして、割り切ったと思っていたはずの妬みが心の奥底で生まれてしまった。
その場はやり過ごせたが、真綿で首を絞めるように心を浸食していくことになる。
その果てが、先ほどの悪夢というわけだ。

「子供っぽくて、自分が嫌になるなぁ」

もう子供じゃないんだぞ、と自分を奮い立たせるが、どうしても落ち込む気持ちを抑えられない。

「……ユウ、どこか痛い?」
「あ、イアンさん。起こしちゃいましたよね、ごめんなさい」

俺が腕から抜け出たことに気が付いて探しに来てくれたのだろう。
落ち込んだ俺の様子を見て、怪我でもしたのかと手や顔に触れてくる。寝起きだからだろうか。
いつもより慎重に触れる指先は意外にも熱かった。

「ちょっと、悪い夢を見てしまって」
「……昔の記憶?」
 図星を言い当てられて、ドキリと心臓が動いた。
「俺も、たまに見る」

イアンさんは俺を包むように抱きこむ。同じもので苦しんでいる、そう言いたいのだろう。
でも、俺の場合はただの自己嫌悪なんだ。イアンさんの苦境と比較できるようなものではない。

うまく言葉にできず言葉に詰まっていると、突然イアンさんの腕に力が籠められ、ひょいと抱き上げられた。

「ちょっと、えっ、えっ?」 
「綺麗なもの、見せてあげる」

大雑把な目的だけ伝えられると、舌を噛みそうな勢いで扉を潜り抜け走り出す。

「わ、ぁっ! 待って、部屋着のまま行くんですか!?」
「大丈夫。誰にも見られない」

強い口調で言い切られると弱いんだって、もうバレてるんだろうな。

イアンさんも俺も、身を守るための鎧や、髪色を隠すためのスカーフ、そういった「異端者」を守り隠すものを一切合切置き去りにして、しんと静まり返ったフィラを駆け抜けた。

◆◇

「ついた……フィラで、一番の砂浜」
「砂浜……?」

疾風のように駆ける足が止まったのは、潮風の匂いが満ちた場所だった。

耳を澄ませば、優しく押し寄せる波の音が聞こえる。暗くて見えないが、きっと広い砂浜なのだろう。

ふと、イアンさんが動き出し、その場で地面に降ろされた。
少し沈み込むような砂の感覚が新鮮に感じる。

「ここではみんな黒になる」
「……ふふ、たしかに。海も砂も全部黒ですね」
「それと、光もきれい。全部飲み込むみたいに、光だけが見える」
「ひかり…? 星以外には灯りもなにもないんですよ、ここ」
「ちょっと待ってて」

肩に置かれた手で、その場に座るよう促される。
火魔法でも使うのだろうか、そう思って少しの間沈黙を守っていると、変化は唐突に訪れた。

つい数十分前には数多の星が輝いていた空。
吐いた息が飲み込まれてしまいそうなほどの暗闇が白み始め、ピンク色の大輪がゆっくりと花弁を綻ばせた。

その瞬間、遮るものがない広大な砂浜は、ぶわりとピンクの光に包まれる。
太陽と溶け合った水平線は、水面が波打つたびに、呼応するように光を反射している。

──こんなにも美しい朝焼けを見たのは初めてだった。

「……わぁ、きれいな朝焼けですね」
「よかった」

無骨な指先が触れる。
横目で見ると、イアンさんもすぐ隣に腰掛けていた。さきほどよりも少し冷えた熱を感じながら、光を宿した水平線を眺める。
イアンさんと話さないといけないことがたくさんある。だけど、なにから話せばいいのだろうか。

「この村は、好きじゃない?」

イアンさんは少し緊張した面持ちで、言葉を選びながら語りかけてくる。

「いいえ! 大好きです。みんな転移者である俺のことも見守ってくれますし、生きる術も教えてくれる優しい人達がいるんですもん」
「……帰りたくない?」
「あ、えっと……はい。俺は、ここで生きるって決めたので」

人の温かさに触れた経験も、異世界の厳しさも、この村でたくさんの人達と関わって得たものだ。
ろくに恩を返せていないのに、あの冷たい土地へ帰るだなんて考えてもみなかった。
それに、俺にはこの土地でスローライフを送るという大切な目標がある。

「そうか……よかった」

イアンさんが、心底安心したといった表情で俺の肩に額を寄せる。

「ユウの熱に触れていないと、寝られない」
「ええ、熱源扱い? 暑くなっても、ポイっと捨てないでくださいね」
「ああ……未来永劫に」

大袈裟だなあ、と笑った俺を静かに見つめたイアンさんは、祈りを捧げるように両腕で俺の身体を抱えこんだ。
眩い光は再び閉ざされて、五感全てがイアンさんの存在で埋め尽くされる。

賑わいが戻る街を背に、二人の影は外れの村へと溶け込んでいった。




◇◇◇


4月7日の書籍発刊にあたり、いくつかの番外編、IFを更新いたします。
少しの間とお付き合いいただけると嬉しいです。
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