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森の民編

森の民の最期

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「ねえ、ご家族に言わなくて良いの?」

 
 最近のアレッシオとトニーは、式の準備で忙しく、2人の時間がとれないでいた。


「んー。まあ報告だけはしても良いかも知れないな。
一応族長に許可取って、書いとくか」
「うん。近くの村で冒険者に届けてもらいなよ。そしたら、場所なんて分からないから」
「いつ届くかも分からないがな」
「あはは。それはね、仕方ないよ」


 2週間後に控えた結婚式を前に、アレッシオは家族に向けて手紙を書く事にした。

 文面は、体調を気遣う言葉のあと、結婚する、とだけ書かかれた、実にあっさりしたものだった。


「こんだけ?  寂しがるんじゃないかな。会えないし……」


 アレッシオが自分の元に来たせいで、家族と離れ離れになった事に、トニーは負い目を感じていた。 
そんな気持ちを察したのか、アレッシオはトニーの手を取って、ソファーに移動する。


「わっ、何?」
「要らぬ心配をしてる、おバカさんを慰めてやろうと思って」


 膝の上にトニーを乗せ、アレッシオは愛を囁いた。






ーーーー
ーーー


「おっ、アレッシオ。今日は元気そうだな」
「誰のせいだと思ってる。団長達が騒いで、仕事増やすからだろ」
「まあまあ、いーじゃねーか。結婚式は2年ぶりなんだ。盛大に祝わねーとな。で、何があった」
「別に。エネルギーチャージしただけだ」
「ほう? 若いねー」
「団長は、私とあまり変わらないはずだが」
「………」


 アレッシオは、青年団の外回り当番の1人に手紙を預けて仕事を始めた。
 村全体で浮き足立った様に、式の準備は進んで行く。
 夜には、女衆を集めて振る舞う料理を決める予定だ。


 異変は突然起きた。
 

「森がおかしい。何かあったみたいだ」
「冒険者か」
「いや、そんな規模じゃない。お前達、周辺を探って来い! アレッシオはトニーを呼んで、治癒所に行け」
「「「はい!」」」
「分かった。チビ、行くぞ」
「ガウッ」


 住居地区は、いつもと変わらない穏やかな時間が流れていた。


「チビ兄、どうしたの?」
「《空気がおかしい。森の奴等がヤられてる》」
「そんな強い冒険者が来たの?」
「《知らない奴が50人以上居るっ!》」
「えっ。アレッシオに知らせなきゃ」
「《もうコッチに来てるっ》」


 慌てて家の外に出ると、確かに此方へ向かう人影が見える。
 トニーは、ホッと息を撫で下ろした。


「トニーっ、無事だったか」
「うん。チビ兄が森が危ないって」
「ああ。今、団長が指揮を取ってる。私達は治癒所に行こう。恐らく、村の存在がバレている」
「そんなっ」


 治癒所で受け入れ態勢を作り始め、1時間もしないうちに、負傷者が出た。
 青年団の外回り組だ。彼等は、馬に乗り武装した者達に、突然斬りかかられたと言う。


「なんて、ひどい……」
「奴等は鎧を纏ってました。ぐっ、それで、サイとミラーはられちまって。俺達の事を魔族だと思ってるみたいでした」
「魔族?」
「鎧か……。旗は掲げてなかったか?」
「ありましたよ。その、王国の紋章に、金色のラインが入ったヤツが」


 デメテル国の騎士団には、第1~第7騎士団まで色が割り振られている。
 金色は、第1騎士団のものだ。
 アレッシオは愕然とした。貴族所有の騎士団とは訳が違う。王国騎士団の、それも第1騎士団は、国王の許可がないと動かない。
国が森の民を排除しにかかった。アレッシオには、それが理解出来なかった。
 まさかユーリが……いや、そんなはずはない。アイツは芯の通った奴だ。不義理な事は、絶対にしない。


「私が表に出よう。何か誤解がある様だ。
王国騎士団が、意味もなく民を傷つけるなど、あり得ない」
「僕も行くよ、アレッシオ」
「ダメだ。トニーは此処で母上殿と一緒に居ろ」
「アレッシオ……チビ! アレッシオを守るんだぞっ」
「《おうっ、任せろ》」


 間もなく、村は火の海に包まれた。
 アレッシオが得意とする魔法属性は風の為、無闇に使えない。火の手のない場所へ誘導するべく、彼は剣を握った。


ーーキャァー
ーーウァァー


「森の外へ逃げろ! 武装した奴等は敵だ! 見つかったら躊躇わず、自分を守れっ」

「アレッシオにいちゃっ!」


 アレッシオの教え子の1人が、泣きながら走って来た。


「どうしたっ、逃げなさい!」
「うっ。ママが、動かなくなっちゃった……」
「分かった。私が見てくる。だからお前は大人と一緒に逃げるんだ。分かったな」
「うんっ」


 子供の家へ向かうと、既に家の前に騎士達が数名居る。
 手遅れか、と踵を返そうとした時、中から血だらけの剣を持った男が出て来た。


「アイツはーーーーサザンの!」


 処刑されたサザンの息子が居た。
 此処にいるはずがない。息子達は、今裁きを受けている最中のはずだ。


「おやあぁ? これはこれは、公子。まさか本当にいらっしゃるとは」
「何故お前が」
「何故? 何故、何故だと! アレッシオ・カヴァリエーレ! キサマに復讐する為だっ!! エカテリーナ様が僕に機会を与えて下さったんだ!」


 激昂した男が、アレッシオに斬りかかろうとして、騎士に止められた。


「待て。王女はカヴァリエーレ卿を無傷で保護しろと、仰せだ」
「保護ぉ?! コイツは我が父の仇だぞ!」
「王女の命に従わぬのなら、貴殿にも他の兄弟と同じ末路が待っている」
「っく」
「王女? どういう事だ。王女がこんな事をしているのか? 罪もない民を殺す事が、国の行いか!」


 怒気を帯びた声で、アレッシオは叫んだ。
 騎士達は一瞬、動きを止めたものの、直ぐに体勢を立て直す。


「否。これは、終の森に隠れ住む魔族討伐の任務です。カヴァリエーレ卿、此処は危険です。我々と共に王女の下へ」
「断る! 魔族など1人も居ない。ただの虐殺だ。直ちに中止せよ。王女にもそう伝えろ」
「しかし」
「魔族のマナを感じたか? 誰1人、そんな村人は居なかっただろう! 速やかに中止し、救護に回れ」


 目的が、村人の殲滅だと分かった以上、治癒所も危ない。無事を願いながら、アレッシオは急ぐ。

 治癒所は壊滅状態だった。床に倒れるトニーの母親を発見し、アレッシオは青褪めた。


「母上殿! 傷がっ」
「ひゅー、ぜぇ、ひゅ、ぜぇ……アレッ…シオかい。トニーが、ひゅ、連れて、いか、れたの。おね、っがい、トニーを、ぐっ……たすけて、おねが、い」
「大丈夫です。必ず助けます。必ずっ」
「あり、がとう……」


 彼女は安心した様に目を閉じた。視界も朧気だった彼女には、怒りに震えたアレッシオの顔が、いつもの穏やかな顔に見えたのだろう。
 これでトニーは大丈夫だ。2の息子の将来を願って、息を引き取った。


「チビ。トニーの匂いを辿ってくれ」
「《血の匂いが充満してて、分からないよ。
ーーーーっ! トニーの血だっ》」


 たくさんの血の匂いに混じって、チビはトニーの匂いを感じ取った。
 アレッシオの袖を噛み、ぐいぐいと引っ張って知らせる。


「見つけたのかっ」
「ガウッ」


 湖に着いたアレッシオは、絶叫した。
 傷だらけのトニーがそこに居た。小さい子供を庇って、動けずにいる。


「っトニー!」
「ガルルルルル」
「アレッシオ? 来ちゃダメだっ!」


 トニーの叫びに、騎士達に守られ、悠々と眺めていた王女が反応する。


「まあ、アレッシオ様? ご無事でしたのねっ」


 アレッシオは直ぐに、トニーの元へ駆け寄り、抱きしめた。


「トニー、良かった。トニーっ」
「来ちゃダメって言ったのに……うゔ、母さんが僕を庇って」
「分かってる。分かってるから……」


 ぎゅっと腕の力を強くし、背中を優しくさすってやる。その姿は、誰が見ても愛し合う2人の姿に見えてーー…

 王女は驚きに目を見開いた。
 アレッシオの名前を知っていたから、治癒所から連れて来た男。
まさか、この男がアレッシオを誑かした者だと言うのか。女ですらない。見窄らしいただのコイツが。

 だから気付かなかった。後ろで拘束していたサザンの息子が、目の前を走って行くのを。


「アレッシオ、この子が、タルトが」
「ああ。タルト、よく聞くんだ。コレを持って、何処か遠くの集落まで逃げなさい。もし危なくなったら、この指輪を見せるか、売って、お金にしなさい」
「トニーとアレッシオは?」
「後から行く。だからチビと先に逃げるんだ」
「うん。絶対だよ?」
「ああ。それから、チビの事は従魔だと説明する事。タルトは今日から、テイマーだ」
「うん」
「チビ、頼んだ」
「《必ず追って来い! オイラ待ってるからなっ》」


 タルトという少女を背に乗せ、チビは走り出す。
 トニーとタルトにしか聞こえなかったはずの言葉が、アレッシオにも聞こえた気がした。


「うおおおあーーっ! アレッシオ・カヴァリエーレ゛ェェ!!!」


 勢いよく飛び出して来たサザンの息子が、剣を大きく振りかぶった。
 咄嗟にアレッシオはトニーを守る様に抱きしめる。


ーーザシュッ


 トニーの顔に血飛沫が舞った。


「アレッシオ様っ!!」


 王女の悲鳴を聞いた騎士によって、サザンの息子は首を刎ねられた。


「アレッシオっ、ねえ、アレッシオっ!」


 自重を支えられなくなったアレッシオが、トニーに覆い被さる。


「アレッシオ! アレッシオってば!」
「……トニー、逃げろ」
「やだっ、アレッシオも一緒にっ」
「トニー、愛して、る。しあわ、せに……できな、く、て…ごめん……な」
「やだ。ヤダヤダヤダ! 僕を1人にしないでっ。幸せにするんでしょっ! 結婚式終わったら、新婚旅行行くって言ったじゃん! 僕を外に連れてってくれるんでしょっ!」


 泣き喚くトニーの頭を撫でる手も、優しい声も、もうなかった。


「目を開けてっ! ねえってば、アレッシオ!」


 王女は騎士に命令した。


「そんなっ……アレッシオ様が。あの悪魔を、あの悪魔を殺しなさいっ。アレッシオ様から引き離すのです!」


 死体に泣き縋るヒヨワな男を殺すなど、造作もない事に思えた。
 しかし、アレッシオ達に近付くと、トニーはアレッシオの剣を振り回し、触らせない様に抵抗する。
その、あまりにも気迫に満ちた男が、騎士の意思を惑わせた。


「やりなさいっ!」
「っ、すまない」


 騎士の1人が、トニーの腹を貫いた。



 

 
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