モブ王子、悪役令嬢に転生した少女をフォローする

豆もち。

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モブ王子、興味を持つ。

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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「なんだか騒がしいな」


 演習場から戻る途中、カルロは使用人達の慌ただしい様子に眉を顰めた。


「何かあったのか?」
「私が聞いて参ります」


 カルロの護衛騎士 リヒャルトは、そう言ってメイドを呼び止める。


「君、何があったんだ」
「あら、ランゲース卿。それがーーっ! まあ殿下、失礼致しました。カルロ殿下にご挨拶申し上げます」
「ああ。それで」
「はい、詳細は存じ上げませんが。
1時間程前に、侍従長が上級鑑定士様をお呼びになりました。現在、アベルト殿下のお部屋で何かされている様です」
「何っ?! アベルトだと!
アベルトの身に何かあったんじゃないだろうな!」


 カルロの12歳とは思えぬ形相に、メイドは必死で声を漏らさぬ様、耐える。


「彼女は何も知らない様ですね。どうされますか。この後は、レキシー妃様の朝食会がありますが」
「サッとアベルトの様子だけ見るぞ。その後でも、構わないだろう。元はと言えば、悪いのは彼方だ」
「承知しました」


 第2側室レキシーに招待された朝食会の時間が迫る中、カルロにとって大切なのは、アベルトであった。

 ただ、断りもなく遅れる訳にもいかず、競歩の速さで部屋へ向かう。
 忙しく動き回っていた使用人達も、ピタリと動きを止めて、カルロが過ぎ去るのを待った。




ーーコンコン


「カルロだ」
「あれ、兄様? どうぞー」


 アベルトの元気そうな返事に、とりあえず肩を撫で下ろす。


「これは一体」
「おや、カルロ殿下。今朝はレキシー様の所では?」
「ち。今から行く。それより、何故侍従長が居るんだ。手短に説明してくれ」


 中に入れば、王室直轄の魔法使い部隊〈蒼の杖〉のトップと、王妃、侍従長が顔を揃えている。
 だが、カルロが気に食わないのは、侍従長の説教じみた言葉ではない。
 アベルトが座っている場所だ。


「かなり手短に説明しますと、アベルト殿下に付与魔法の適性が見つかりました。
今は、レベルを計測している最中です」
「へえ。それは素晴らしいな。
……だが、何故ハリマン卿の膝に乗る必要があるんだ?」


 カルロの視線の先には、初老の男に膝抱っこされる弟の姿があった。


「ハハ。これは殿下、お久しゅう。
いえいえ、この体勢には意味があるのですよ。そう、カッカされるな」


 ハリマン卿と呼ばれた男、ルーガス・ハリマン侯爵は、42歳という若さで〈蒼の杖〉を纏める魔法使いである。 
 初孫を迎えるには早いが、彼はアベルトに会う度、だらしなく頬を緩め、孫にデレデレな祖父の顔に変貌する。


「まったく。意味なんて無いはずです。
孫が欲しいなら、息子に頼んだらどうですか。
アベルトは私の弟です」
「おやおや、12歳になっても弟離れ出来んとは。嘆かわしいですな。ねえ、アベルト様」
「え、ええっと(相変わらず仲悪いなぁ)」


 尚も応戦しようとするカルロは、王妃に止められ、泣く泣く朝食会へ。


「カルロ。レキシー様をお待たせしてはいけません。昨日の始末は、きっちりつけさせなさい」
「はい、母上。
アベルト、後でね」
「ワハハ。安心されよ、殿下。
アベルト様は、ハリマンが責任を持ってお調べする故。いやあ愉快!」


 ハリマンは、邪魔者は居なくなったとばかりに喜ぶ。
だが、カルロがタダで出て行くはずもなく、ちゃっかり釘を刺しにかかった。


「……アベルト、ハリマン卿はご老人だから、膝の上は負担がかかるんだ。やめて差し上げなさい」
「え、そうなの!?」


 兄の助言に、慌てて退こうとするアベルト。
ハリマンはギュッとお腹に手を回し、ホールドした。


「ちがっ、違いますぞ、アベルト様。ハリマンは、まだ42にございます。足腰も殿下より丈夫ですぞ!」
「でも、いつも『お爺ちゃまって呼んで』って、ハリマン言ってるよ?」
「それは願望です。お爺ちゃまと呼ばれたい。それはもう呼ばれたい!
ですが、私は高い高いが出来るタイプの、若い爺です。ですからね? 安心して、ハリマンのお膝にお座り下さい」


 かなり支離滅裂な言い訳をする彼を、カルロは鼻で笑い、追い討ちをかける。


「今のは、卿の強がりさ。察してあげる事も大切だよ、アベルト」
「あ、う、えっと、いったん椅子に座りますっ」
「ああっ! アベルト様っ!
おのれ、殿下め。年寄り虐めだっ。ゔぅっ」


「私、息子の育て方を間違ったのかしら」
「カルロ殿下は、王妃殿下にそっくりにお育ちです」
「まあ、トーマス。それは良い意味だと受け取って構わないなかしら?」
「ええ勿論」


 国の中枢を担う人物達の何とも平和な言い合いを見て、職人達はほっこりしている。


「なあ、サイーク。俺達、いつ帰れると思う」
「さあ。しかし、アベルト殿下の才能には驚いた。王族の方でなければ、何としても口説き落とすのに」
「だよなあ」







──────────
──────



 第2側室レキシーに与えられた離宮は、王やアベルトが住まう賑やかな本宮と違い、洗練された華やかさがある。
 しかし、それがカルロには冷たく思えた。


「まあ、カルロ様いらっしゃい」
「ご招待感謝致します。レキシー妃殿下」


 レキシーは、にこやかに笑い、着席を促す。
 食堂には、既にカルロを除く全員が揃っていた。


「おはようございます、兄上。少し遅かったですね。もしかして、寝坊でもしたんですか?」
「やだ、お兄様ったら。カルロお兄様に失礼よ」
「そうよ、バロン。寝坊したのは、貴方でしょう。弟が失礼しました」


 嫌な顔でニヤニヤと笑う第3王子を、第1王女、第2王女が非難する。
 だが、彼女達やレキシーの表情からは、愉快そうな笑みが張り付いて離れない。


「(やれやれ。母親に似て、いい性格をしている)」


 カルロは、特に何も反応を見せず、静かに着席した。
 そして、お世辞にも楽しいとは言えない朝食会が始まった。


「カルロ様、お口に合うかしら」
「ええ、とても美味しいです」
「それは良かったわ。
ーーそうそう。昨日はごめんなさいね。この宮の使用人が失礼を働いた様で」
「いえ、レキシー妃殿下のせいではありません。どうもから、愚かな入れ知恵をされた様なので」


 カルロが呼び出された原因は、まさにこれだ。
 昨日、アベルトが止めに入った一件は、この離宮のメイドが関わっている。
 カルロやアベルトをよく思わないバロンが、アベルトを標的にメイドを送り込んだのだ。
無論、不審に思ったカルロによって、企ては阻止された。
 とは言え、アベルトを害そうとした訳ではない。目ぼしい物証もなく、レキシーもバロンも、メイドを庇うとなると、これ以上の追求は不可能だった。
 この朝食会は「余計な事をするな」と言う、レキシーの牽制以外の何ものでも無い。


「へ、へえ? それは、困った子がいたものね」
「本当に」


 暗に、バロンとレキシー2人を皮肉った返しに、レキシーは顔を歪め、皿のトマトをグサリと刺した。


「(まっ、バロンにあんな知恵は無いだろう。唆したのは、大臣か、はたまた王女か。愚かな事を)」





 その後、会話は消え、カトラリーの音だけが響いた。


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