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円満夫婦の後日談
父と母はどうぞ一生やっててください
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そうして激しい繁殖期を終え、穏やかな気持ちで目覚めたクレイヴェルは、ほんの数秒後には顔を青くすることになった。
フォルスの体が熱い。淫欲のためではなく、熱病の類の熱さである。息も荒く、じっとりと湿った額が、嫌な湿度で汗ばんでいた。
全盛期の雄の繁殖期に、フォルスの身体がついていける訳がなかった。
繁殖期では、何日も飲まず食わずで交尾をしていられるように、肉体の栄養の流れが日常とは違う。その状態でなく繁殖期と同じように交われば、疲労と栄養不足でこうなるのは当たり前のことだった。
「父上。……ご夫婦のことはお二人で、とは申しましたが、さすがに、その……どうかと思います」
「……すまん」
医官が熱冷ましの薬と栄養摂取の薬を処方して下がれば、次に顔を見せたのは長子クレインだった。
「すまんじゃなくてですね。先に対策してれば、二人とももう少し症状軽く出来たんですから、来年からはちゃんとしてくださいよ」
「……お前は本当に母に似てしっかりしているな」
あの恫喝以来だというのに、クレインの態度は変わらない。図太く頼もしい長子に、クレイヴェルは苦笑して、眠っているフォルスの額を撫でながら言った。
クレインは呆れた顔をした。
「いや、みんなそう言いますけど、どっちかというと父上の影響じゃないですか?母上に似てたら、自分がもっとちゃんとしてたら~とかになってますよ」
「よく見ている」
自責しがちな兄の性格を分かっているから、クレイヴェルは同意した。
この長子には、もしかしたら自分が何の鬱屈もなく育っていたらこういう風に育っていたのかもしれない、と思わせる時が何度かあった。
過去は変えられぬが故に、真実はわからぬことだ。
だが、そういった空想をしてしまうのも、『クレイン』の名が、クレイヴェルに弟が出来ていれば名付けられた名だったということに、由来しているかもしれなかった。
「まあ母上の右腕なので。もう嫌ですよ、急に政王代理やるの。俺、兄弟でもそんなに序列高い方じゃないのに」
「それを言うなら、序列一位の俺が政治を出来ていないから今さらだな。変えるか、法を」
「こ、公私混同」
「そんなもの最初からだ。元より問題のある慣習だと思っていたしな」
そう思っていながら、兄を自分のものにしたいから乗った。それを見透かしたかのような長子クレインの視線が、次の彼の言葉を予測させた。
「自分はその慣習の恩恵を一番に受けておいて……?」
「それを言われると弱いな」
予測通りのことを言う長子に、クレイヴェルは苦笑した。
この長子と接する時には特に、クレイヴェルは兄のような振る舞いをしてしまう。子が生まれてすぐには親子というものが分からなかったが故に、年少のものへ向ける態度として兄のものを参考にしてしまったからだ。
「……ふ、ふふ」
その父子のやりとりに、微かな笑みが落ちる。
この日最初に目覚めた時に比べれば、いくらか顔色を良くしたフォルスが、眠たげな目で二人を見ていた。
「兄上」
「母上」
クレイヴェルとクレインの声が重なる。
「クレイン、それぐらいにしてやってくれ。今回のことは、年甲斐もなく俺が調子に乗っただけだ」
「だからそうやって甘やかすから駄目なんじゃないですか!?」
早速、自責をしたフォルスに、クレインが吠えた。
フォルスの顔色には疲労が見えたが、そこに苦痛の影はなく、クレイヴェルは一安心して兄と長子のやりとりをそっと眺めることにした。
「それで、どうだった。俺の不在をどう凌いだ、政王代理」
「うまく、やったとは思いますけれど……。あとで確認してください」
ここで三者揃ってのんびりしていられるということが、成功の証なのはクレイヴェルもわかっていた。フォルスもわかっているのだろう。満足そうに頷いた。
「しない。もうお前が継げ」
「はい!?」
フォルスの突然の引退宣言に、クレインが素っ頓狂な声を上げる。クレイヴェルも驚いて兄の言葉の続きを待つ。
「もう政王を降りたい。体力的に無理だ、これは」
「いや、父上に我慢させたらいいだけじゃないですか!?」
さすがにこれはクレインの言に道理がある。わかっているからクレイヴェルは異を唱えなかった。当たり前だ、世の年の差がある夫婦はそうしている。
「違う。そろそろ俺も夫に甘えたい」
何でそんな可愛いこと言うの兄上。
クレイヴェルはにやけそうになるのを堪えた。子どもの前だったので。
「……うわ……っ」
「そもそも元々政治など向いていない。お前になら任せられると思ってきた頃だったし、潮時だろう」
政治に向いていないは無理がある。
フォルスが政治に向いていないのならば、この国はとっくにクレイヴェルが壊した方がマシになっているからだ。
「……父上、説得して下さいよ……」
「すると思うか、俺が。最愛の妻が甘えたいと可愛らしいことを言っているのに」
「ちょっと父上~~~~!?過去一頼りにならないなこの人!?」
喚いた長子に、すまないと思う気持ちはありつつも、クレイヴェルは最愛の兄の求めを優先した。
兄が政治に向いていたせいでややこしくなったな、とは思いつつ、とはいえ、兄と同じぐらい長子も政治に向いているので。
「あの、せめて………………ゆ……猶予を下さい」
「ならクレイヴェルの来年の繁殖期までだ。逆にその期間に掛かるなら、正式に継いでいた方がマシだと思うが」
「いやもしかしてまた来年も寝込むつもりなんですか!?」
「そうだが」
『そうだが』って。
完全に箍が外れている。そんなに。そんなに俺のことが好きだったのかこの人。クレイヴェルの口元が緩む。もう子どもの前という理由だけでは、抑えきれなかった。
「いつでも相談には乗る。だからなるべく早く継いでくれ」
「……十八の年から政王として務めた母上への親孝行として数えてくれるなら、受けます」
「ふふ、何よりの孝行だろう。それは」
本当に渋々という様子で了承したクレインに、フォルスは親の顔で微笑んだ。本当に子の成長を喜んでいる顔だ。
この顔も、好きなのだ。最愛の妻で兄の、親としての顔。
だからクレイヴェルは、母子のやりとりの決着に継いで、次期政王の父と母として、兄の手に自分の手を重ねた。
「ずいぶん急いたな、兄上」
「お前はモテるからな。だから、お前の生涯繁殖期が終わるまで、どうにか魅力的な雌でなければ、他の雌に攫われないか不安になるんだ。……古女房としてはな」
「はは。兄上より魅力的な雌などこの世にいるわけがないだろう」
兄からの深い思慕に、心の奥底がじわりと暖まる。
愛してる。口にはせずに、指先で絡ませて伝えれば、その一方で長子は渋い顔をした。
「も~~~~この両親は、す~~~ぐイチャつく~~~~!!」
「はは、夫婦円満で安心だろうが」
「そこは!確かに!安心なんで!どうぞ一生やっててください!!!!」
うっすらと頬を赤らめて、クレインはお大事に、と母親に言葉を残して退室した。
そうして二人、残される。
ついついクレイヴェルは笑った。フォルスも笑った。
「はは、一生やってて、ときたか」
「……ふふ、そうだな。一生やっているか。かわいい我が子にも許してもらえたことだし」
兄弟で夫婦の二人は互いの顔を見合わせて、自然とその唇をどちらともなく合わせた。
労る温度で、喜びを、幸福を分け合う優しさで。
「ん…、ヴェル、俺の、ヴェル………」
兄の乞うような声色で、クレイヴェルは簡単に幸福に溺れた。
次第にそのキスは深まる。互いの愛を独占して、高め合うものに。
下唇をいたずらにフォルスの唇が食む。そうしてクレイヴェルも仕返しに上唇を食んで吸って、リップ音を立てて離れる。
「……兄上、俺の、兄上。……俺の、フォルス」
離れがたくて、何度も口付けを繰り返した。兄の体調がまだ思わしくないのをわかっているから、情欲に直結してしまう舌での交合は控えて。
兄の唇に夢中になっている間に、クレイヴェルは視線を感じて目を開いた。両親の口付けを、金髪の双子が凝視していた。
「…………こら、ノックぐらいしろ」
成年まであと少しという双子が、このところ性的知識に興味旺盛なのを知っていたから、クレイヴェルは苦笑だけで済ませた。
「わは、すいません。参考になりました、さすがです父上。真面目な母上をメロメロにしただけある」
「うんうん。僕たちもがんばろうね」
「なー」
「誰に何をしようとしているのかまでは聞かないが、ちゃんと順序は踏めよ」
聞かなくともわかっているので聞かなかった。
身体の特徴を男のものに分化させてから、この双子から長子クレインに向ける視線が雄のものになったのを、クレイヴェルはわかっていた。それを向けられる当の本人はわかっていないようだったが。
「でも父上って順序踏みました?」
「権力で手籠めにするのって手順踏んでるんですか?」
「それを言われると弱いな」
ほぼ同時にほとんど同じ内容で聞いた双子に、クレイヴェルは苦笑した。
あの頃は、兄から愛が返ってくるかもしれないなどと、少しも考えていなかった。だから、体だけでも、立場だけでもと、なりふり構わず求めた。
そうして肉体と立場と責任で繋がって。
子を成し、少しでも兄の誇れる夫でいようと、職務に奔走して。
そうして、愛を返されて。
唯一であることを求められて。
すべての幸福を、兄が与えてくれた。そして、兄の愛で欲で幸福に、自分が、なれた。
どうしてこんなに。
憎まれても仕方なかったのに。
クレイヴェルがそう思っていれば、フォルスは苦笑した。クレイヴェルが、そして子どもたちが愛している、優しい笑みで。
「自覚がないのか?……俺はちゃんと口説かれたつもりだったが」
そうして微笑んだフォルスが、クレイヴェルの頬にキスをした。その様子を双子が囃し立てて、クレイヴェルはただただ幸せな、夫で父の顔で笑った。
それより半年ほど後のことである。
成人を迎えた双子と、とうとう恋愛関係でバタバタすることになった長子クレインが、覚悟した顔でフォルスに相談があります、と申し出てきたのは。
「母上。すいません、政王継ぐの、無理です」
「どうした」
「……二人とも、つがいにすると、言ってしまったので」
クレインは誰とははっきり言わなかったが、フォルスには、というか、この内容であれば王宮内の誰もがわかることだった。
あの双子が、父同様に末子でありながら兄弟で最も高い序列に着き、兄を番として求めている。その行方がどうなるか、それはこの半年間、王宮内の話題の的となっていた。
「それは、子どもの時の口約束ばかりでなく、改めて約束した、ということでいいか」
「はい……」
とうとう口説き落としたのか。
クレイヴェルのやり方と比べれば、半年掛けているのだから、しかと手順は踏んだと言える。
「そうだな、二人のつがいを持つならば……しばし政王の公務は難しいか。可愛い子どもたちのためだ、もう少しがんばるか」
「ほんとに、ほんとにすいません……」
「一応、念押ししておくが。嫌々了承したわけではないんだな?あの子たちが、序列の差を利用してお前を無理矢理手籠めにした訳でもなく」
そこだけは確認したくて、フォルスは踏み込んで尋ねた。
成人同士のことであるから、実の子とは言え、それほど干渉するつもりはない。だが、気持ちが伴わなければ、三者共に望まぬ結末になる可能性が高いと見越しての質問である。
だが、クレインは妙な顔をした。
「……母上って自分が手籠めにされた自覚あったんですか?」
「俺の話はいいから」
「自覚あったんだぁ……」
「こら、よしなさい」
最初こそまさに手籠めにされた、と言われて差し支えのない状況というのは理解していたので、フォルスははっきりと否定は出来なかった。
「俺は……そうですね。……ちゃんと、好きです。これが恋や愛かどうかはわからない、ですけど。あの子たちが望むなら、叶えてやりたい、と思います」
「……ふむ。なら大丈夫か」
「大丈夫なんですかねこれ……」
自分も、始まりはそうだった。
王でなければ自分には価値がないのだと、呪われていた自分を必要としてくれた、かわいいかわいい弟。
自分も愛されていいのだと、愛される価値があるのだと、甘えて乞うて愛してくれた、さみしがりの弟。
この弟が望むなら、何にだってなってやろうと思った。雌でも、妻でも、母でも、なんでも。
そうして全てになって、恋をした。
だから、フォルスに言えることは一つだった。
「可愛い弟に愛されて、幸せだろう?」
「そりゃ、まぁ……」
クレインは頷きかけて、途中で渋い顔になった。
また母親の惚気に巻き込まれていると気づいたからだ。
「……母上の中の父上って、可愛い弟なんですか?あれで?」
「かわいいだろう」
「いや~……それはちょっと同意しかねますね……」
「かわいいぞ。まあクレイヴェルのかわいい所は俺だけのものだが……」
堂々と惚気を言い、独占欲をも見せたフォルスに、クレインは今日一番の渋い顔をした。
フォルスの体が熱い。淫欲のためではなく、熱病の類の熱さである。息も荒く、じっとりと湿った額が、嫌な湿度で汗ばんでいた。
全盛期の雄の繁殖期に、フォルスの身体がついていける訳がなかった。
繁殖期では、何日も飲まず食わずで交尾をしていられるように、肉体の栄養の流れが日常とは違う。その状態でなく繁殖期と同じように交われば、疲労と栄養不足でこうなるのは当たり前のことだった。
「父上。……ご夫婦のことはお二人で、とは申しましたが、さすがに、その……どうかと思います」
「……すまん」
医官が熱冷ましの薬と栄養摂取の薬を処方して下がれば、次に顔を見せたのは長子クレインだった。
「すまんじゃなくてですね。先に対策してれば、二人とももう少し症状軽く出来たんですから、来年からはちゃんとしてくださいよ」
「……お前は本当に母に似てしっかりしているな」
あの恫喝以来だというのに、クレインの態度は変わらない。図太く頼もしい長子に、クレイヴェルは苦笑して、眠っているフォルスの額を撫でながら言った。
クレインは呆れた顔をした。
「いや、みんなそう言いますけど、どっちかというと父上の影響じゃないですか?母上に似てたら、自分がもっとちゃんとしてたら~とかになってますよ」
「よく見ている」
自責しがちな兄の性格を分かっているから、クレイヴェルは同意した。
この長子には、もしかしたら自分が何の鬱屈もなく育っていたらこういう風に育っていたのかもしれない、と思わせる時が何度かあった。
過去は変えられぬが故に、真実はわからぬことだ。
だが、そういった空想をしてしまうのも、『クレイン』の名が、クレイヴェルに弟が出来ていれば名付けられた名だったということに、由来しているかもしれなかった。
「まあ母上の右腕なので。もう嫌ですよ、急に政王代理やるの。俺、兄弟でもそんなに序列高い方じゃないのに」
「それを言うなら、序列一位の俺が政治を出来ていないから今さらだな。変えるか、法を」
「こ、公私混同」
「そんなもの最初からだ。元より問題のある慣習だと思っていたしな」
そう思っていながら、兄を自分のものにしたいから乗った。それを見透かしたかのような長子クレインの視線が、次の彼の言葉を予測させた。
「自分はその慣習の恩恵を一番に受けておいて……?」
「それを言われると弱いな」
予測通りのことを言う長子に、クレイヴェルは苦笑した。
この長子と接する時には特に、クレイヴェルは兄のような振る舞いをしてしまう。子が生まれてすぐには親子というものが分からなかったが故に、年少のものへ向ける態度として兄のものを参考にしてしまったからだ。
「……ふ、ふふ」
その父子のやりとりに、微かな笑みが落ちる。
この日最初に目覚めた時に比べれば、いくらか顔色を良くしたフォルスが、眠たげな目で二人を見ていた。
「兄上」
「母上」
クレイヴェルとクレインの声が重なる。
「クレイン、それぐらいにしてやってくれ。今回のことは、年甲斐もなく俺が調子に乗っただけだ」
「だからそうやって甘やかすから駄目なんじゃないですか!?」
早速、自責をしたフォルスに、クレインが吠えた。
フォルスの顔色には疲労が見えたが、そこに苦痛の影はなく、クレイヴェルは一安心して兄と長子のやりとりをそっと眺めることにした。
「それで、どうだった。俺の不在をどう凌いだ、政王代理」
「うまく、やったとは思いますけれど……。あとで確認してください」
ここで三者揃ってのんびりしていられるということが、成功の証なのはクレイヴェルもわかっていた。フォルスもわかっているのだろう。満足そうに頷いた。
「しない。もうお前が継げ」
「はい!?」
フォルスの突然の引退宣言に、クレインが素っ頓狂な声を上げる。クレイヴェルも驚いて兄の言葉の続きを待つ。
「もう政王を降りたい。体力的に無理だ、これは」
「いや、父上に我慢させたらいいだけじゃないですか!?」
さすがにこれはクレインの言に道理がある。わかっているからクレイヴェルは異を唱えなかった。当たり前だ、世の年の差がある夫婦はそうしている。
「違う。そろそろ俺も夫に甘えたい」
何でそんな可愛いこと言うの兄上。
クレイヴェルはにやけそうになるのを堪えた。子どもの前だったので。
「……うわ……っ」
「そもそも元々政治など向いていない。お前になら任せられると思ってきた頃だったし、潮時だろう」
政治に向いていないは無理がある。
フォルスが政治に向いていないのならば、この国はとっくにクレイヴェルが壊した方がマシになっているからだ。
「……父上、説得して下さいよ……」
「すると思うか、俺が。最愛の妻が甘えたいと可愛らしいことを言っているのに」
「ちょっと父上~~~~!?過去一頼りにならないなこの人!?」
喚いた長子に、すまないと思う気持ちはありつつも、クレイヴェルは最愛の兄の求めを優先した。
兄が政治に向いていたせいでややこしくなったな、とは思いつつ、とはいえ、兄と同じぐらい長子も政治に向いているので。
「あの、せめて………………ゆ……猶予を下さい」
「ならクレイヴェルの来年の繁殖期までだ。逆にその期間に掛かるなら、正式に継いでいた方がマシだと思うが」
「いやもしかしてまた来年も寝込むつもりなんですか!?」
「そうだが」
『そうだが』って。
完全に箍が外れている。そんなに。そんなに俺のことが好きだったのかこの人。クレイヴェルの口元が緩む。もう子どもの前という理由だけでは、抑えきれなかった。
「いつでも相談には乗る。だからなるべく早く継いでくれ」
「……十八の年から政王として務めた母上への親孝行として数えてくれるなら、受けます」
「ふふ、何よりの孝行だろう。それは」
本当に渋々という様子で了承したクレインに、フォルスは親の顔で微笑んだ。本当に子の成長を喜んでいる顔だ。
この顔も、好きなのだ。最愛の妻で兄の、親としての顔。
だからクレイヴェルは、母子のやりとりの決着に継いで、次期政王の父と母として、兄の手に自分の手を重ねた。
「ずいぶん急いたな、兄上」
「お前はモテるからな。だから、お前の生涯繁殖期が終わるまで、どうにか魅力的な雌でなければ、他の雌に攫われないか不安になるんだ。……古女房としてはな」
「はは。兄上より魅力的な雌などこの世にいるわけがないだろう」
兄からの深い思慕に、心の奥底がじわりと暖まる。
愛してる。口にはせずに、指先で絡ませて伝えれば、その一方で長子は渋い顔をした。
「も~~~~この両親は、す~~~ぐイチャつく~~~~!!」
「はは、夫婦円満で安心だろうが」
「そこは!確かに!安心なんで!どうぞ一生やっててください!!!!」
うっすらと頬を赤らめて、クレインはお大事に、と母親に言葉を残して退室した。
そうして二人、残される。
ついついクレイヴェルは笑った。フォルスも笑った。
「はは、一生やってて、ときたか」
「……ふふ、そうだな。一生やっているか。かわいい我が子にも許してもらえたことだし」
兄弟で夫婦の二人は互いの顔を見合わせて、自然とその唇をどちらともなく合わせた。
労る温度で、喜びを、幸福を分け合う優しさで。
「ん…、ヴェル、俺の、ヴェル………」
兄の乞うような声色で、クレイヴェルは簡単に幸福に溺れた。
次第にそのキスは深まる。互いの愛を独占して、高め合うものに。
下唇をいたずらにフォルスの唇が食む。そうしてクレイヴェルも仕返しに上唇を食んで吸って、リップ音を立てて離れる。
「……兄上、俺の、兄上。……俺の、フォルス」
離れがたくて、何度も口付けを繰り返した。兄の体調がまだ思わしくないのをわかっているから、情欲に直結してしまう舌での交合は控えて。
兄の唇に夢中になっている間に、クレイヴェルは視線を感じて目を開いた。両親の口付けを、金髪の双子が凝視していた。
「…………こら、ノックぐらいしろ」
成年まであと少しという双子が、このところ性的知識に興味旺盛なのを知っていたから、クレイヴェルは苦笑だけで済ませた。
「わは、すいません。参考になりました、さすがです父上。真面目な母上をメロメロにしただけある」
「うんうん。僕たちもがんばろうね」
「なー」
「誰に何をしようとしているのかまでは聞かないが、ちゃんと順序は踏めよ」
聞かなくともわかっているので聞かなかった。
身体の特徴を男のものに分化させてから、この双子から長子クレインに向ける視線が雄のものになったのを、クレイヴェルはわかっていた。それを向けられる当の本人はわかっていないようだったが。
「でも父上って順序踏みました?」
「権力で手籠めにするのって手順踏んでるんですか?」
「それを言われると弱いな」
ほぼ同時にほとんど同じ内容で聞いた双子に、クレイヴェルは苦笑した。
あの頃は、兄から愛が返ってくるかもしれないなどと、少しも考えていなかった。だから、体だけでも、立場だけでもと、なりふり構わず求めた。
そうして肉体と立場と責任で繋がって。
子を成し、少しでも兄の誇れる夫でいようと、職務に奔走して。
そうして、愛を返されて。
唯一であることを求められて。
すべての幸福を、兄が与えてくれた。そして、兄の愛で欲で幸福に、自分が、なれた。
どうしてこんなに。
憎まれても仕方なかったのに。
クレイヴェルがそう思っていれば、フォルスは苦笑した。クレイヴェルが、そして子どもたちが愛している、優しい笑みで。
「自覚がないのか?……俺はちゃんと口説かれたつもりだったが」
そうして微笑んだフォルスが、クレイヴェルの頬にキスをした。その様子を双子が囃し立てて、クレイヴェルはただただ幸せな、夫で父の顔で笑った。
それより半年ほど後のことである。
成人を迎えた双子と、とうとう恋愛関係でバタバタすることになった長子クレインが、覚悟した顔でフォルスに相談があります、と申し出てきたのは。
「母上。すいません、政王継ぐの、無理です」
「どうした」
「……二人とも、つがいにすると、言ってしまったので」
クレインは誰とははっきり言わなかったが、フォルスには、というか、この内容であれば王宮内の誰もがわかることだった。
あの双子が、父同様に末子でありながら兄弟で最も高い序列に着き、兄を番として求めている。その行方がどうなるか、それはこの半年間、王宮内の話題の的となっていた。
「それは、子どもの時の口約束ばかりでなく、改めて約束した、ということでいいか」
「はい……」
とうとう口説き落としたのか。
クレイヴェルのやり方と比べれば、半年掛けているのだから、しかと手順は踏んだと言える。
「そうだな、二人のつがいを持つならば……しばし政王の公務は難しいか。可愛い子どもたちのためだ、もう少しがんばるか」
「ほんとに、ほんとにすいません……」
「一応、念押ししておくが。嫌々了承したわけではないんだな?あの子たちが、序列の差を利用してお前を無理矢理手籠めにした訳でもなく」
そこだけは確認したくて、フォルスは踏み込んで尋ねた。
成人同士のことであるから、実の子とは言え、それほど干渉するつもりはない。だが、気持ちが伴わなければ、三者共に望まぬ結末になる可能性が高いと見越しての質問である。
だが、クレインは妙な顔をした。
「……母上って自分が手籠めにされた自覚あったんですか?」
「俺の話はいいから」
「自覚あったんだぁ……」
「こら、よしなさい」
最初こそまさに手籠めにされた、と言われて差し支えのない状況というのは理解していたので、フォルスははっきりと否定は出来なかった。
「俺は……そうですね。……ちゃんと、好きです。これが恋や愛かどうかはわからない、ですけど。あの子たちが望むなら、叶えてやりたい、と思います」
「……ふむ。なら大丈夫か」
「大丈夫なんですかねこれ……」
自分も、始まりはそうだった。
王でなければ自分には価値がないのだと、呪われていた自分を必要としてくれた、かわいいかわいい弟。
自分も愛されていいのだと、愛される価値があるのだと、甘えて乞うて愛してくれた、さみしがりの弟。
この弟が望むなら、何にだってなってやろうと思った。雌でも、妻でも、母でも、なんでも。
そうして全てになって、恋をした。
だから、フォルスに言えることは一つだった。
「可愛い弟に愛されて、幸せだろう?」
「そりゃ、まぁ……」
クレインは頷きかけて、途中で渋い顔になった。
また母親の惚気に巻き込まれていると気づいたからだ。
「……母上の中の父上って、可愛い弟なんですか?あれで?」
「かわいいだろう」
「いや~……それはちょっと同意しかねますね……」
「かわいいぞ。まあクレイヴェルのかわいい所は俺だけのものだが……」
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