ピアノの塔

赤坂あさひ(兄)

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第一章 初夏

アイの夢 第一話

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 いつも通りの朝。その塔の、あたたかい朝日が差し込む部屋でハルさんは朝食を作っている。
 部屋に響く軽快な包丁のスタッカート。それを聞きつけたユウが自身の部屋から豪快に飛び出した。そのまま塔の中央のピアノの部屋を駆け抜けて、ハルさんのもとに近寄る。
「ハルさん! 今日の朝ごはんは何?」
「ユウさん、おはようございます。今日もお元気そうですね」
 ハルさんはクスクスと笑いながら言った。
「今日はいつもより少し軽めの朝食にしようと思います。出来上がりまでまだ少々時間がかかりますので、アイさんを起こして、一曲、ピアノを弾いてもらえるでしょうか?」
「うん! もちろん!」

 今度は扉を連打する音が響く。アイの部屋を叩くユウは寝癖さえも直しておらず、服も寝るときのままだ。
 そして、扉の奥から「うるさい、もう起きているわよ」と不機嫌そうな声が聞こえた途端に、ピアノの部屋の椅子に走り出す。
 ピアノの部屋には天窓が一つ、そこから差し込む光はスポットライトのようにピアノを照らす。椅子に座ったユウは一つ大きな深呼吸をした。そしてユウが弾き始めたのはショパンの『革命のエチュード』。
 快活な少年から奏でられる高速なパッセージ。それは朝食を作る女性の手を、髪を梳く少女の手を速めた。
 演奏が終わると、アイが部屋から出てきてあくびをしながらキッチンへと足を運ばせる。ちょうど朝食も出来上がり、ユウもキッチンへと向かう。その顔は満足そうな笑みで溢れていた。

「いただきまーす!」
 三人はいつもの椅子に座り朝食を食べ始める。この日のメニューはパン、ハム、スクランブルエッグ、豆類のサラダ、ヨーグルトにストレートの紅茶。
「やっぱり、ハルさんが作るものはなんでもおいしいね!」
「アイが作ったのは食べ物じゃなかったよね」
 アイの正面でユウがニヤニヤしている。
「ユウったら……またその話してる。私だって成長したわよ。色々できるようになったし」
 おさえた頬を膨らませる。ユウまだニヤニヤしている。
「あの時は風邪を引いて来られなくて申し訳ありませんでした……」
 ユウは慌てて弁解する。
「べ、別にハルさんを責めている訳じゃないんだよ!」
「はぁ、ユウって『でりかしー』がないよね」
「う、うるさいなー!」
――ユウってば、でりかしーの意味分かってないな。私もだけど。
「はいはいごめんなさい。……そういえば、ハルさんってピアノ弾けるの?」
「……前は弾いていました。今はお二人の演奏を聴く方が好きです」
 少し間を置いて言った。続けてユウが相づちを打つ。
「へぇーそうなんだー。知らなかった」
 ユウはハルさんをちらりと見ていった。
――口調が棒読み……うそついてるのかな?
 ユウが嘘をつくと目が泳ぎ 、鼻を掻いて、棒読みで話始めるのだ。
「……そうだね。私もハルさんのこと、もっと知りたいな」
 アイはハルさんを見つめる。しかしハルさんは話してはくれなかった。
「ふふ、いつか、いつかお話ししますので」

 朝食を終え、ハルさんは家事を始める。
 アイとユウはピアノを弾き続ける。
 これが、彼女らの日常。

「あー、弾いてみたいなー。でも、手が届かないからなー」
 ピアノの部屋のソファに寝そべるアイは、リストの『ラ・カンパネラ』の楽譜を天窓にかざして言った。
「それ弾くの、アイの夢だもんね」
 ユウはピアノの椅子に座っている。
「うん、今はドビュッシーを中心に弾いているけど、いつか……」
「じゃあ、アイのドビュッシー、聞かせてよ!」
 椅子を差し出した。アイはそれを見て上体を上げる
「ええ、もちろん」
 立ちあがりピアノの方へ歩みだす。身に纏う水色のワンピースがキラキラと天窓からの光によって輝いていた。
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