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聖女は、誰が為に在る? 1
しおりを挟む二人と話を進めて、ひとまずコンタクトがどこまで使えるかわからないけど、こっちの世界の聖水みたいなもので洗浄をすることにした。
で、保湿して、ポーチに入っていた抗菌の目薬で目の状態を無理矢理キープ。
どれくらいあたしの目が頑張って耐えてくれるか不安しかないけど、何かの時には内緒でヒーラーさんに回復魔法をかけてもらうことになった。
ただし、口が堅くて信用できるヒーラーというのがいそうでいないとか……不安な話ばかり。
目が辛かろうが、あたしが黙っていたら相手にはわからない。
「っていっても、ジークには鑑定されちゃえば一発なんでしょうけど」
ベッドに寝転がって、盛大にため息をついて。
カルナークがあたしにしたことに関しては、現段階ではお咎めなし。
どうしてかというと、ジークとアレックスになにか考えがあるとかで、万が一にそなえて位置情報がわかる状態にしておきたいとかいう。
(万が一って何?)
不安が不安を包み込んで、ただただ繁殖力高めの生物みたいに胸の奥で膨らんでいくばかり。
体を起こして、本棚であの日読んだ本を開く。
気になって気になって、頭の端っこにあり続けた文章がある。
『聖女は、国の宝で、保護されるべきもので、国を護る者で、そのために召喚されてこの国で最期を迎えるものである』
ここだ。
国の宝だ。だから大事にします。この部分が、あの日のお茶会っぽい時の一番あたしが偉いっていうのにつながるんだろう。
問題は、その後だ。
保護されるべきだと書いておきながら、国を護る者だという。
そのためだけに喚ばれて、それが終わればここで天に召されるまで生きる。
いろんなことを試し続けながら、瘴気と向き合ってきたのはわかる。
その最中に天啓のように一冊の本がどこからか与えられ、それに沿ってみれば浄化が出来た。
100年周期での召喚が必要とはいえ、さすがにその間に王族に一人も女の赤ちゃんが産まれないなんてことはなかろう。
国を引き継ぐための子作りより、その召喚以降は生け贄が必要な時のために子作りをしていたような文も見つけた。
王族の務めでもあるとか書いてある。
(狂ってるな、その召喚を形作った誰かが。対価なくして、願いは叶わないっていうのは、まるっきり理解できないわけじゃないけど)
死ぬために産まれる。
なんて悲しいんだろう。
もしも何人か女の子がいたら、どうやって一人だけを選んできたんだろう。
選ばれた子の心情を思うと、居た堪れない気持ちになる。
最初に召喚をしてから、相当な年数が経っている。
その間にこの国にある魔法だって、彼らが持っているだろうスキルだって進化したり学びがあったはず。
なにもせずにいた人ばかりじゃないはず。
「…………なのに、どうして“必ず聖女を召喚して浄化する”のが当たり前なの?」
召喚システムなしで、瘴気を減らすとか原因に対して対策を……とか、誰一人として考えなかったの?
本を手にしたまま、ベッドに戻って寝転がりながらページをめくる。
そうして、元いた世界もこっちの世界も大差ないことを痛感してしまう。
――――人は楽な方に逃げたがる。
だってその方が楽だから。
多数決だって、その方がまとまるし、行動しやすくなるからやるんだよね。
反対意見のその理由に耳も貸さないで、多い方が正義みたいな世の中はあまり好きじゃない。
中学時代は、そういうのにもかなり振り回されたから尚更嫌だなって感じてしまう。
聖女を喚ぶようになってから、それまで頑張っていた人たちの研究結果みたいなものはなかったことにしたのかな。
一生懸命走って走って、国のために民のためにと瘴気に向き合って。
長くは走り続けられない。
疲れる。それもわからなくはないんだよ。
「でも、それでも」
対価を別の形で。そして、瘴気と共に暮らしてきた大変さを知りもしない人に、あとはよろしく! みたいな任せ方をするのは……なんか違う気がする。
あたしがいた世界にはない魔法だの魔力だのスキルだのは、あったらあったで楽なこともあるんだよね。きっと。
でも、あたしがいた世界の化学だなんだだって、過去を生きてたくさん考えて学んで得た力で文明でしょ。
この世界には、車や飛行機やレンジなんかもない。スマホだって、あったらきっと「これはいい!」って言われるはずの物。
それぞれの世界で抱える問題があって、それに向き合う人たちがいて。
誰かが全部を肩代わりしてくれるから、問題はないでしょうというのは進化とは言わないと思えてならない。
「どっちかっていったら、退化じゃない。そんなの……おかしいよ」
一緒に辛かった人たち同士で、一緒に超えればもっと嬉しくなるって単純に考えるあたしがおかしいの?
たとえ、この後あたしがどうにか浄化できたとして。
その後のあたしは、どんな存在になるの?
国を護ってくれてありがとうと言われるかもしれなくっても、その後を一緒に歩んでくれる誰かはいるの?
保護すべき対象と書いておきながら、国を護ってくれという。
どっちかっていえば、後半の方が重きを置かれているような感じに見えてしまって。
「あたしを護ってくれる人はいるのかな」
涙がぽろり。
寂しさが胸の奥に痛みを与える。
帰りたい。
帰りたい。
こんなに寂しいこの気持ちを護ってくれる誰かはいるの?
あたしの魔力を好きだというカルナーク。
俺に落ちてよと、おはようというかのように言えてしまうジーク。
あたしを聖女のくせに病気になったニセモノだろうと言ってきた、黒髪のナーヴという男の子。
アレックスは、頼めば助けてくれそうなくらい強いみたいだけれど、あたしが護ってほしいと思っているのは命だけの話じゃない。
シファルという茶髪の地味な男の子は、魔力が極端に少ないらしく、知識的なところでは助けてくれるとしても。
だいたい、どうしてもらえばあたしの心が壊れずにすむのかが本人にすらわからない。
頭のてっぺんが、今日もジクジクと嫌な痛み方をする。
頭痛薬はリュックにあったけど、本当に必要な時だけにしか使えない。
きっともう手に入らない物だからだ。
「頭……痛い」
そういいながら、寝転がったまま両手を心臓のあたりに重ねて抑えるようにして。
切なさに、寂しさに、もう折れそうだった。
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