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第20話
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通気口の中で息を潜めているボクたちのすぐ下を、巡回の男たちが愚痴をこぼしながら歩いていく。
「ったくよー、スマホもないし、ネットにも繋がらねえ。来るんじゃなかったぜ」
「ボヤくなボヤくな。その分、給料もいいしよ」
「それにしたって退屈すぎるだろ。……あ~あ、せめて女でもいればな」
「まあ、諦めろ。少し前に女を連れ込んだやつらが女に逃げられて、この場所がバレそうになったんだぞ。女を抱けるのは社長くらいさ」
「今頃、社長はお楽しみか。俺たちは暗闇の中を面白くも無い見回りだってのに。……侵入者とかあるのか?」
「岩蜥蜴がたまにな。まあ、逆に考えろ。通路も封鎖されて侵入者の心配はない。定期的に見回るだけで給料がもらえると思えば────」
話し声と足音が遠ざかるまで、ボクたちは身じろぎせずに待っていた。
「……なんかカチャカチャ言ってたっすね」
「金属製のなにかを持ち歩いてるのかな」
気にはなるなあ。だけど巡回をじっと観察できる時はないだろうし。まあ、機会があったらで。
安全を確認してから通路に戻り、先ほど通りすぎた角灯の無い脇道を調べてみる。
「掘って埋めた跡っすね」
「罠ですよね、これ。もし、あの時この脇道に逃げ込んでいたら……」
「詰めが甘いな。砕いてふるいにかけた土をまんべんなく上からかけて、違和感を隠さないと」
「ミヤコちゃん、そういう問題じゃないっす」
「そうです、どうしてこの脇道が危険だってわかったんですか?」
どうして、か。うーん、そうだな、順に話せば……。
「まず、偽装扉から出てすぐの場所に罠があったこと。以前は無かったんだよね?」
「は、はい。私が連れ込まれた時は無かったです」
まあ、ボクも春都としてその時いたから知ってるけど。今はミヤコとしてさくらに訊いた。
「これで、この隠し通路内に罠が設置されたことがわかった。そして次は……足跡だ」
「足跡?」
「そう、偽装扉がある通路と、この脇道の前は巡回が通りすぎてる。入った足跡が無かった。罠を誤作動させないためだろうけど」
あっ、と声をあげて、さくらが手を叩く。
「普段使いする通路に罠は仕掛けない」
「そうなんですか?」
「美桜さん、講義で聞きましたよね?」
「……?」
聞いたことを完全に忘れてるな、美桜は。よく教育課程を終えたね、心配になってきたよ。
「美桜は自分の家や部屋に罠を仕掛けるのかい? 小鬼でもそれはやらない」
危険度が低いと言われている地下1~2階だけど、たまーに小鬼が鬼湧きする時がある。小鬼の災厄と呼ばれる現象は、駆け出しが多い地下1~2階では大災害とも言える。
小鬼の災厄中の小鬼は巣を作って繁殖する。そして当然、巣を守るために罠を張る。だけど奴らが巣に出入りする通り道には決して罠は張らない。その通り道をいち早く探し出し、巣を叩くのが定石だ。
「なるほど、そういうことですかー」
小鬼と比較されて怒るかと思ったけれど、美桜は納得したとばかりに手を叩く。そして続ける。
「ということは、侵入者の行動を制限してるんすね」
「察しがいいな。その通りだよ」
頭の回転は速いんだけどなあ、この娘。戦闘中の判断も速いのに、どうしてこう、変にポンコツなんだろうね。
「では、照明が無い通路は罠がある、と?」
「全部が全部そうじゃないとは思うけれど、これで侵入者は迂闊に闇に潜伏できなくなった。なにせ通気口にまで罠を仕掛けてたからね。そして照明がある通路は巡回がいる。気を引き締めていくよ、二人とも」
巡回との遭遇率が高くなったことは注意が必要だ。さらに警戒しながら進まないといけないな。
二人もそれを理解していて、真剣な表情で頷いてくれた。
その後周辺を調べ、地図と照らし合わせて進むルートを検討したけれど、大幅に変更せざるを得なかった。目的地までの最短ルートには照明は無く、罠だらけであろうと判断したから。
「……よし、ここはもう大丈夫」
通気口内部の罠を解除する。警報だけでなく手傷を負わせるものもあったけれど、すぐに見つけられた。狭い通気口内では仕掛ける側もうまく仕掛けられないらしい。
巡回とのニアミスを防ぐために通気口を活用する。ボクとさくらは四つん這いでいける通気口も、美桜はずりずりと這いずる形になるので、当人は滅入っているけれど。
「早く普通に歩きたいっす……」
「もう少しの我慢ですよ、美桜さん。……ミヤコちゃん、どうしました?」
「ん……。ちょっと地図を」
進むのを止め、魔法鞄から地図を取り出す。小柄な身体は通気口の中でも腰が下ろせていいね。
角灯で地図を照して場所を確かめていると、さくらが横から覗き込んでくる。
「なにか気になることが?」
「うん。……どうやら地図にないエリアに入ってきたね」
手持ちの地図は過去の崩落事故が起こる前に作られたものだ。正直、未完成と言ってもよく、ここ隠し通路の記載も途中までだ。ルートを変えたこともあり、その未完成部分に入り込んだようだ。
「つまり、ここからは行き当たりばったりってこと?」
「美桜さん、せめて出たとこ勝負くらいで……」
まあ、言葉を変えてもしょうがないんだけどさ。そもそも、この通気口が行き止まりの可能性が……いや、ないか。なんかこの通気口って……。
「臭いな」
「そんなに汗かいてないっす」
「美桜さん、そうじゃなくて……」
この通気口に入った時から微妙に臭うんだよね。進むほど臭いも強くなってきて、さくらも気づいたくらいだ。
しかし、なんなんだろうなあ、この臭い。例えるなら、そう、強すぎる香水?
ほら、香水って大量につけると逆に臭いよね。そんないい匂いが変に混じりあって臭くなってるような、そんな感じ。
「しかし臭いな……ううっ」
「確かに臭いですけど、そんなに?」
「剣道の防具よりマシっすよ」
美桜、その例えはダメだ。
しかし本当に、ずっと嗅いでいると頭が痛くなってくる。エルフは鼻が良すぎるのか? それともエルフの苦手な臭いなのか?
どっちでもいいや。早くここから出たい。
だから……きっと気持ちが急いていたんだと思う。照明の光が射し込む出口が見えた時、自分としては不注意なくらい簡単に顔を覗かせてしまった。
「あ」
「!?」
武装した男と目が合ってしまった。ちょうど男の頭の上に通気口が開いていたんだ。
男はズボンを下ろして……つまり、小用の真っ最中だった。
なるほど、ここはトイレだったのか。通気口内のあの臭いは、アンモニア臭と芳香剤の混ざったものだったようだ。多分ダンジョンのトイレと違って堆肥を大量に持ち込めないから、自然由来の芳香剤のようなもので臭いを誤魔化そうとしていたんだろう。
いやまあ、それはそれとして。
我に返るのはボクの方が早かった。まあ、いきなりトイレの通気口から小さな女の子が顔を出すなんていう、冗談みたいな出来事に遭遇した男の精神的混乱は相当なものだろうし。
ボクは頭から通気口を飛び出す。そのまま茫然としている男の頭をガッチリとホールド、一瞬だけど男の頭の上で逆立ちするような形になる。そしてそのまま……身体を思いっきりひねった。
ゴキリッ。
嫌な音と嫌な手応え。
そのまま男の背後に着地して、倒れてくる男の体を全力で支える。ここで音を立てるわけにはいかない……って、重てええええっ。
なにかおかしいと思っていたけれど、今、理解した。装備が変わってるんだ。
さくらを逃がした時は、巡回たちは革の装備だった。だけどこの男は胸甲とバイザーつきの兜になってる。だからその分重い!
どうりで巡回たちがカチャカチャ音をさせてたわけだよ。
「ミヤコちゃん、なにがあっ……ひっ!?」
さくらが通気口から顔を出して、すぐ引っ込めた。
……ああ、男はトイレの最中だったもんね。あれが丸見えだ。さくらには刺激が強いだろうな。
さて、まずはトイレの外を確認。右……左……よし、近くに人はいない。
戻って、床に横たえた男のズボンを直し直し。これでよし。
「さくら、いいよ」
声をかけて、また廊下の様子を窺う。背後で足音が二つした。
「ミヤコちゃん……殺した?」
「……他に手段がなかったからね」
「ミヤコちゃん?」
「ごめん、ちょっと待って」
微妙に手が震えている。
春都の時、初心者狩りをしていた奴らを仲間と倒したことはある。仕方ないとわかっているけれど、やはり人間を殺すのは嫌なものだね。
できれば殺したくなかったけれど、相手に声を出す暇を与えずに制圧する力はボクにはない。ボクも少し雑だったけれど、この男は運が悪かった。そういうことにしておいてほしい。
「……ふう。とりあえず、死体は通気口に隠そう。美桜、頼めるか?」
「任せてっす」
巨大で重い戦鎚を軽々と持ち上げるだけあって、美桜は男の死体も簡単に持ち上げた。
「……」
「美桜?」
「鎧を脱がせていいかな。あたしより横幅があるから、このままだと通気口につっかえるっす」
なるほど、美桜も苦労してたもんな。
鎧を脱がすのを美桜に任せ、ボクは廊下の監視に戻った。
「ったくよー、スマホもないし、ネットにも繋がらねえ。来るんじゃなかったぜ」
「ボヤくなボヤくな。その分、給料もいいしよ」
「それにしたって退屈すぎるだろ。……あ~あ、せめて女でもいればな」
「まあ、諦めろ。少し前に女を連れ込んだやつらが女に逃げられて、この場所がバレそうになったんだぞ。女を抱けるのは社長くらいさ」
「今頃、社長はお楽しみか。俺たちは暗闇の中を面白くも無い見回りだってのに。……侵入者とかあるのか?」
「岩蜥蜴がたまにな。まあ、逆に考えろ。通路も封鎖されて侵入者の心配はない。定期的に見回るだけで給料がもらえると思えば────」
話し声と足音が遠ざかるまで、ボクたちは身じろぎせずに待っていた。
「……なんかカチャカチャ言ってたっすね」
「金属製のなにかを持ち歩いてるのかな」
気にはなるなあ。だけど巡回をじっと観察できる時はないだろうし。まあ、機会があったらで。
安全を確認してから通路に戻り、先ほど通りすぎた角灯の無い脇道を調べてみる。
「掘って埋めた跡っすね」
「罠ですよね、これ。もし、あの時この脇道に逃げ込んでいたら……」
「詰めが甘いな。砕いてふるいにかけた土をまんべんなく上からかけて、違和感を隠さないと」
「ミヤコちゃん、そういう問題じゃないっす」
「そうです、どうしてこの脇道が危険だってわかったんですか?」
どうして、か。うーん、そうだな、順に話せば……。
「まず、偽装扉から出てすぐの場所に罠があったこと。以前は無かったんだよね?」
「は、はい。私が連れ込まれた時は無かったです」
まあ、ボクも春都としてその時いたから知ってるけど。今はミヤコとしてさくらに訊いた。
「これで、この隠し通路内に罠が設置されたことがわかった。そして次は……足跡だ」
「足跡?」
「そう、偽装扉がある通路と、この脇道の前は巡回が通りすぎてる。入った足跡が無かった。罠を誤作動させないためだろうけど」
あっ、と声をあげて、さくらが手を叩く。
「普段使いする通路に罠は仕掛けない」
「そうなんですか?」
「美桜さん、講義で聞きましたよね?」
「……?」
聞いたことを完全に忘れてるな、美桜は。よく教育課程を終えたね、心配になってきたよ。
「美桜は自分の家や部屋に罠を仕掛けるのかい? 小鬼でもそれはやらない」
危険度が低いと言われている地下1~2階だけど、たまーに小鬼が鬼湧きする時がある。小鬼の災厄と呼ばれる現象は、駆け出しが多い地下1~2階では大災害とも言える。
小鬼の災厄中の小鬼は巣を作って繁殖する。そして当然、巣を守るために罠を張る。だけど奴らが巣に出入りする通り道には決して罠は張らない。その通り道をいち早く探し出し、巣を叩くのが定石だ。
「なるほど、そういうことですかー」
小鬼と比較されて怒るかと思ったけれど、美桜は納得したとばかりに手を叩く。そして続ける。
「ということは、侵入者の行動を制限してるんすね」
「察しがいいな。その通りだよ」
頭の回転は速いんだけどなあ、この娘。戦闘中の判断も速いのに、どうしてこう、変にポンコツなんだろうね。
「では、照明が無い通路は罠がある、と?」
「全部が全部そうじゃないとは思うけれど、これで侵入者は迂闊に闇に潜伏できなくなった。なにせ通気口にまで罠を仕掛けてたからね。そして照明がある通路は巡回がいる。気を引き締めていくよ、二人とも」
巡回との遭遇率が高くなったことは注意が必要だ。さらに警戒しながら進まないといけないな。
二人もそれを理解していて、真剣な表情で頷いてくれた。
その後周辺を調べ、地図と照らし合わせて進むルートを検討したけれど、大幅に変更せざるを得なかった。目的地までの最短ルートには照明は無く、罠だらけであろうと判断したから。
「……よし、ここはもう大丈夫」
通気口内部の罠を解除する。警報だけでなく手傷を負わせるものもあったけれど、すぐに見つけられた。狭い通気口内では仕掛ける側もうまく仕掛けられないらしい。
巡回とのニアミスを防ぐために通気口を活用する。ボクとさくらは四つん這いでいける通気口も、美桜はずりずりと這いずる形になるので、当人は滅入っているけれど。
「早く普通に歩きたいっす……」
「もう少しの我慢ですよ、美桜さん。……ミヤコちゃん、どうしました?」
「ん……。ちょっと地図を」
進むのを止め、魔法鞄から地図を取り出す。小柄な身体は通気口の中でも腰が下ろせていいね。
角灯で地図を照して場所を確かめていると、さくらが横から覗き込んでくる。
「なにか気になることが?」
「うん。……どうやら地図にないエリアに入ってきたね」
手持ちの地図は過去の崩落事故が起こる前に作られたものだ。正直、未完成と言ってもよく、ここ隠し通路の記載も途中までだ。ルートを変えたこともあり、その未完成部分に入り込んだようだ。
「つまり、ここからは行き当たりばったりってこと?」
「美桜さん、せめて出たとこ勝負くらいで……」
まあ、言葉を変えてもしょうがないんだけどさ。そもそも、この通気口が行き止まりの可能性が……いや、ないか。なんかこの通気口って……。
「臭いな」
「そんなに汗かいてないっす」
「美桜さん、そうじゃなくて……」
この通気口に入った時から微妙に臭うんだよね。進むほど臭いも強くなってきて、さくらも気づいたくらいだ。
しかし、なんなんだろうなあ、この臭い。例えるなら、そう、強すぎる香水?
ほら、香水って大量につけると逆に臭いよね。そんないい匂いが変に混じりあって臭くなってるような、そんな感じ。
「しかし臭いな……ううっ」
「確かに臭いですけど、そんなに?」
「剣道の防具よりマシっすよ」
美桜、その例えはダメだ。
しかし本当に、ずっと嗅いでいると頭が痛くなってくる。エルフは鼻が良すぎるのか? それともエルフの苦手な臭いなのか?
どっちでもいいや。早くここから出たい。
だから……きっと気持ちが急いていたんだと思う。照明の光が射し込む出口が見えた時、自分としては不注意なくらい簡単に顔を覗かせてしまった。
「あ」
「!?」
武装した男と目が合ってしまった。ちょうど男の頭の上に通気口が開いていたんだ。
男はズボンを下ろして……つまり、小用の真っ最中だった。
なるほど、ここはトイレだったのか。通気口内のあの臭いは、アンモニア臭と芳香剤の混ざったものだったようだ。多分ダンジョンのトイレと違って堆肥を大量に持ち込めないから、自然由来の芳香剤のようなもので臭いを誤魔化そうとしていたんだろう。
いやまあ、それはそれとして。
我に返るのはボクの方が早かった。まあ、いきなりトイレの通気口から小さな女の子が顔を出すなんていう、冗談みたいな出来事に遭遇した男の精神的混乱は相当なものだろうし。
ボクは頭から通気口を飛び出す。そのまま茫然としている男の頭をガッチリとホールド、一瞬だけど男の頭の上で逆立ちするような形になる。そしてそのまま……身体を思いっきりひねった。
ゴキリッ。
嫌な音と嫌な手応え。
そのまま男の背後に着地して、倒れてくる男の体を全力で支える。ここで音を立てるわけにはいかない……って、重てええええっ。
なにかおかしいと思っていたけれど、今、理解した。装備が変わってるんだ。
さくらを逃がした時は、巡回たちは革の装備だった。だけどこの男は胸甲とバイザーつきの兜になってる。だからその分重い!
どうりで巡回たちがカチャカチャ音をさせてたわけだよ。
「ミヤコちゃん、なにがあっ……ひっ!?」
さくらが通気口から顔を出して、すぐ引っ込めた。
……ああ、男はトイレの最中だったもんね。あれが丸見えだ。さくらには刺激が強いだろうな。
さて、まずはトイレの外を確認。右……左……よし、近くに人はいない。
戻って、床に横たえた男のズボンを直し直し。これでよし。
「さくら、いいよ」
声をかけて、また廊下の様子を窺う。背後で足音が二つした。
「ミヤコちゃん……殺した?」
「……他に手段がなかったからね」
「ミヤコちゃん?」
「ごめん、ちょっと待って」
微妙に手が震えている。
春都の時、初心者狩りをしていた奴らを仲間と倒したことはある。仕方ないとわかっているけれど、やはり人間を殺すのは嫌なものだね。
できれば殺したくなかったけれど、相手に声を出す暇を与えずに制圧する力はボクにはない。ボクも少し雑だったけれど、この男は運が悪かった。そういうことにしておいてほしい。
「……ふう。とりあえず、死体は通気口に隠そう。美桜、頼めるか?」
「任せてっす」
巨大で重い戦鎚を軽々と持ち上げるだけあって、美桜は男の死体も簡単に持ち上げた。
「……」
「美桜?」
「鎧を脱がせていいかな。あたしより横幅があるから、このままだと通気口につっかえるっす」
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