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第一章 出会い
血だらけの狼
しおりを挟む服を置いた岩の近くにいたのは二匹の狼。
双眼が隠れてしまいそうなほど口や鼻の皮膚を収縮させ、牙をむき出しにしている。
サファイアのような双眼。
剥き出しの鋭い牙。
強靭な肉体。
後ろ足に光る金色の装飾。
文献で読んだことがあるだけで、実際にお目にかかれることは無いに等しい希少な存在。
神獣と呼ばれ、狼族の頂点に君臨すると言われているフェンリル。
通常漆黒である筈の毛並は白銀で、異色というのはその種族の中でも上位ということを意味する。
目の前にいるのはただのフェンリルではなく、フェンリルの上位種……上位フェンリルということだ。
確実にこちらへ向けられている敵意。
恐怖を感じてもおかしくない状況だというのに、俺は震え上がることなく、別の場所に目がいっていた。
「怪我、してるのか?」
二匹のハイフェンリルはどこもかしこも血だらけで、威嚇してはいるが胸が激しく上下していて、浅い呼吸を繰り返しているのが見て取れる。
返事など無くても怪我をしているのは明らかで、しかも重症レベル。
すぐに手当てをしなければきっと死んでしまう。
この世界には生活魔法というものがあって、その中に応急手当というものがある。
生活魔法とは魔力を持つ人族であれば誰でも使えるもので、応急手当は一時的に傷を塞ぐもの。
怪我を完全に直す白魔法の治療とは違い、時間が経過すると傷が開いてしまう。
本当に応急処置でその場しのぎの魔法。
「手当てしてやるからそこを動くなよ」
手負いとはいえ、平凡な魔法しか使えない俺が勝てる筈のない相手。
反撃されることを恐れず、助けたい一心で一歩ずつ歩み寄る。
川辺に近づくにつれ浅くなる川。
滝の近くでは隠れていた下半身も、ハイフェンリルの側に着く頃には丸見えだった。
恥ずかしいだとか、そんな事を気にしている時間はない。
あと一歩近づけば魔法の効果範囲になるという距離まで来た。
並ぶ二匹に両手を伸ばす。
しかし相手は神獣で、更にその上位種。
知識がある分警戒心が強く、簡単には触れさせてくれない。
そして、
「ぐっ、あっ!!!」
反撃することも忘れない。
差し出した手を避けるだけで無く口を大きく開け、鋭い牙で腕に噛み付いた。
牙は皮膚を引き裂き、筋肉をも貫く。
口の中にある指先は二匹の舌に触れていて、神経までも貫かれたのか指一本動かすことができない。
「……っ、く…。危害は加えない。大丈夫だから」
肘から下を食いちぎられてもおかしくない状況で、俺は痛みに耐えながらも必死に言葉を紡いだ。
すると噛み付いていた力が弱まった。
やっと警戒を解いてもらえたのかと安堵したのも束の間。
二匹は大きな音を立てて背中合わせに倒れた。
牙が腕に突き刺さっていた俺は、二匹につられて体が傾き、川辺に頭から腰までが出ているような形で倒れこんだ。
緩んだ口から手を抜き出そうと試みるが、僅かに幅が足りない。
仕方なく、この状態のまま応急手当を発動する。
薄緑色の光が二匹を包み込み、数十秒ほどして消えた。
上位種にこの魔法が効かないという話は聞いたことはない。
一時的にでも傷が塞がっていることを祈るばかりだ。
「バリー!バリー!戻ってこい!」
「一回呼べば聞こえてるって……どうしたんだよ!」
今出る最大声量で叫ぶとバリーが木の間から慌てて顔を出す。
俺と倒れた二匹を見た途端、驚愕のあまり背負っていたピッグドッグを豪快に地面に落とし駆け寄ってくる。
「お前の母ちゃんには後で謝るから、瞬間移動でこの二匹も一緒に俺の家まで運んでくれるか?怪我してるみたいでさ」
「わかった。大丈夫。母ちゃんが緊急事態の時は使っていいって言ったから、怒られねーよ!」
そう言って近くの岩にかけてあった俺の服を掴み取り、転移後に裸が見えないように背中と尻の部分にかけてくれた。
「瞬間移動!」
地面に小さい魔法陣が浮かび上がる。
徐々に範囲設定を広げているのか、最初は小さかった魔法陣が俺達を包み込むまでに大きくなり、そして眩い光が体を覆ったと同時に体が僅かに浮く感覚がした。
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