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第二章 日常のようで非日常
しばしの別れ
しおりを挟むしばらくして、むくりと起き上がった二人。
ベッドから下りてたかと思えば上位怪狼族の姿になり、玄関付近で並んで腰を下ろした。
何をしているのだろうか?と不思議に思い、ベッドから様子を伺う。
二人は扉の中心部分を見続けており、来客予定などないというのに誰かを迎える準備をしているようだった。
名前を呼ぶと返事はしてくれるが、こちらを向くことはない。
ただ只管待ち続けている。
側まで行き、背中に寄りかかるようにして座ると、二人の尻尾が体を覆った。
掛け布団のようで温かく、自分と同じ匂いが鼻をかすめる。
小さな幸せを噛みしめていると、扉を叩く音がした。
「ネロよ、儂じゃ。夜分に訪ねてすまぬ。急ぎ話があるのだが開けても良いか?」
次いで聞こえてきたのはシンさんの声だった。
勤務外では優しく包み込むそよ風みたいな声色だというのに、今は違う。
鋭い刃のようで、扉を開ければ直ぐにでも切り殺されてしまいそうだ。
「……ど、どうぞ」
浅くなった呼吸に気付きながらもどうにか言葉を発し、出迎えるために二人の前に立った。
「失礼する。……すまんの」
ドアノブを回して扉を開けたシンさんは、俺の顔を見て申し訳なさそうに眉尻を下げた。
それはこの時間に訪問したことに対してなのか、これから話す内容に対してなのか。
皺だらけになってしまった顔に探るような目を向けても、返ってくるのは「すまん」という言葉だけだった。
「お主達、儂が来た理由は分かるな?」
背後にいる二人に向けられた視線。
姿を変えていない状態ではどこからどう見ても上位怪狼族だというのに、気にも留めず言葉を紡ぐ。
ここに来る前から知っていたような口振りに疑問を抱いた。
どうやって情報を仕入れたのだろうか、と。
特殊な機関であれば、解析などの魔法や能力を持つ者は数少ないが存在する。
居場所まで特定しているとなると、解析の他に追跡魔法なども使用しているということだ。
シンさんはそんな能力や魔法は使えない。
動いているのは……国か?
ずっと一緒にいたが、二人が法に触れる事をした記憶はない。
バリーの魔法によって検問を通らず入国はしているが、中立国で入国の審査が比較的緩いこの国では違法行為ではない。
つまり罰せられないということ。
俺が思いつく限り、国が関わっているのはそれぐらいだ。
俺が知らないだけで、国を動かすだけの何かをこの二人はしてしまったのだらうか。
必死に考えてみたが、答えは出なかった。
「ネロ。すまぬがこの者達を借りるぞ」
「……はい」
服の裾を握りしめ、俯きながら返事をする。
「なぁに、心配するな。お前の恋人達を取って食おうとしているわけではない。聞きたいことと、ちーっとばかしお願いがあるだけじゃ」
俺よりも背が低くなってしまったシンさんが、慰めるように頭を撫でてくれた。
「こ、こここ恋人って!そんなんじゃ……」
“恋人”という単語が恥ずかしくて、顔の前で手を振って思わず否定してしまう。
二人がどうなってしまうのかと不安になっていたのが嘘のように、顔を赤らめて口をパクパクと動かす。
無言を貫いていた二人が立ち上がり、眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔で俺を睨んでいた。
二メートルの巨体から微笑まれたことはあっても、見下ろされたことはなかったため、「ひっ!」と小さく悲鳴を上げてしまった。
「そんなんじゃ……だと?」
「へー……。怯えてないで続き言えば?」
「えっと、いや、その……」
しどろもどろになっていると、シンさんが口元を隠して震えていた。
入ってきた時の威圧感は何処かに行ってしまい、笑いを必死に堪えていた。
だが、「ぐっ、ふ」と溜まった息が漏れ出るような音が出ていたので、無駄なあがきだったと言える。
「いやーもう無理じゃ。我慢できん。お主達もそういじめてやるな」
「甘やかしちゃダメなんです」
「ダメ」
「真っ赤になっとる顔見れば、口にせずともわかるじゃろうに」
「嫌だ。言われたい」
「ネロの口から聞きたい」
「なんだか昔のフェリチタ達を見ているようじゃわい」
ワザとらしく溜息をついてから再び扉を開け、外へ出るよう促した。
どうやらここではなく、別の場所で話をするようだ。
狼族サイズになった二人は静かに頷き、オネスト、タキトゥスの順に出ていく。
そして振り返り、壁の縁から顔を出して俺の様子を伺っている。
何もわからない俺よりも、連れていかれる理由がわかっている二人の方が心配そうな顔で、自然と口元が緩み、目尻が下がってしまう。
「心配か」
「そうですね。少し」
「大丈夫じゃ。何もせんよ」
空いている方の手で背中をさすってくれた。
この世界にきて数年経った頃、親が仕事に行っていて寂しい時にやってもらったのを思い出す。
「シンさん」
「ん?」
「俺の恋人達をよろしくお願いしますね」
口角を上げ、寂しさを心の中に押し込めるようにして表情を作る。
肩を抱き寄せて「任せておけ」と言ってくれた。
シンさんが言葉を発したのとほぼ同時に、壁を壊す勢いで中へ入ってこようとする二人。
慌てていたからか順番というものを決めておらず、まるでコントのように仲良く挟まっていた。
「ネロ!なぜ今言うんだ!可愛すぎる」
「シンさん、時間貰えますか?可愛い可愛いうちのネロちゃんを、舐めて噛み付いて食すので」
「良いわけないじゃろ、この馬鹿共が!煩い、騒ぐな、黙らんか!」
近くにいたタキトゥスの頭を体全体で抑え、足を踏ん張るようにして押し出した。
隙間が出来たと同時に素早くオネストが俺の元へ駆け寄ろうと一歩前に出たところで、シンさんは片手で尻尾を掴んで止めていた。
まさに早業。
「そんなに時間はかからん。待っていても構わんが、温かくしておれよ?ではな」
オネストを引きずりながら出て行く。
扉が閉まるまで、駄々をこねる子供のように名前を呼び続けていた。
「近所迷惑だと言うておろうが!魔法で口を塞ぐぞ!?」
「シンさんの声も十分煩いですよ!俺はただ、ネロちゃんにちゅーしたいだけだー!」
「キスがダメならせめて噛ませてくれ!」
「どっちもならん!」
閉まった後も三人の声は聞こえてきて、俺は遠くなるまで玄関で耳を澄まし続けた。
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