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第三章 いざ、ロピック国へ

旅立ち

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「着いたら必ずお手紙書いてね?絶対よ?」


 用意された馬車に乗り込もうとする俺の手を掴み、泣きながら訴えてくるフェリチタ。急ぎの依頼で外へ出たことはあるが、二ヶ月も国を離れるのは初めてのことだった。

 危ないことはしないように。
 怪我をしたらすぐに病院へ。
 風邪をひかないように夜は暖かくして寝ること。

 日本では結婚もできない年齢ではあるが、この国では成人男性として見られる年だというのに、この過保護さは如何なものか。呆れはするが、嫌ではなかった。


「そ、そろそろ出発したいんだけど……」


 強く握っている手を見ながら言う。
 そこまで思ってくれているというのは嬉しいのだが、出発予定時刻はとうの昔に過ぎている。御者が手綱を握ったまま暇を持て余していた。


「ご、ごめんなさい。私ったら長々と……。早く帰ってくるのよ!でないと迎えに行っちゃうんだから!」


 ハンカチで涙を拭いながら叫ぶ。


「父さん。全力で止めて」
「わかった。縛り付けておく」
「いや、そこまでしなくていいよ……」


 シュトルツの縛る発言に驚きながらも、本当にやりかねないので、はっきりと否定した。
 既に馬車へ乗り込んでいたオネストとタキトゥスが顔を覗かせ、こちらの様子を伺っている。このままではロピック王国に着くのが遅れてしまう。


「じゃあ……行ってきます」


 二人の手を取り、軽く握ってから言う。


「行ってこい」
「行ってらっしゃい」


 今生の別れではないというのに、二人は目を潤ませている。俺は振り返ることなく馬車に乗り込んだ。


「お待たせして申し訳ありません。よろしくお願いします」
「かしこまりました。出発します」


 御者が手綱を動かすと、ゆっくりと動き出した。

 あの日、二人から聞かされたのは上位食屍鬼族ハイグールであるサイルの死と、国宝にかけられた魔法を解くためにロピック王国に行かなければならないということ。
 俺のためにサイルを殺していたこともそうだが、国王であるパトリオットと話をしたというのが衝撃的だった。ただの指名手配犯だと思っていたが、まさか国宝を盗んでいたとは……。
 俺はとんでもないことに首を突っ込んでしまったのではないか。そして、自分の軽率な行動によって二人を巻き込んでしまったという事実に、心が押しつぶされそうだった。


「ネロ」
「ネロちゃん」


 城門の前で手を振り続ける二人を見ながら自分の軽率な行動を後悔していると、二人が膝の上に飛び乗った。後ろ足でバランスを取り、胸元に前足を置いて俺を見上げていた。
 自然と緩む頬。上がる口角。小さく息を漏らし、掌で頭から背中にかけて撫でる。


「問題ない。すぐに見つかる」
「そうそう!ネロちゃんはえっとー……なんだっけ。ラッキー体質?とかいうやつなんだろ?なんとかなるって!寧ろ付き合わせちゃってごめんなー?」


 目線を反らすことなく、強い口調で言った。自信に満ち溢れた声なのに、タキトゥスの発した“体質”があまりにもたどたどしくしく、全てが台無しになっていた。


「はははっ。そうですね。ラッキー体質なら大丈夫か」


 タキトゥスの真似をしてそう言えば、撫でていた手に噛み付かれた。


「ぶぁかにふんなー」


 甘噛みに近いので痛みはなく、ただ温かい粘膜に包まれているような感覚。


「全く。お前はそんなこともちゃんと言えないのか」
「オネスト様も言ってみてくださいよ」
「ラッキー体しちゅ……ぁ」


 しまった、という顔をするオネスト。聞き逃すほど俺もタキトゥスも耳は衰えていなかった。


「ぶっ!あはははははは」
「ぎゃははははっ!お前も言えてねーじゃん!つーか俺の方がまだマシじゃん!」


 しばらくの間、馬車内には俺達の笑い声が響き渡っていた。
 

「……こんなはずでは」


 そう小さく呟いてから、顔を隠して丸くなった。


「オネスト、ラッキー?」
「……体しちゅ」

「ぶははははははは」
「……もうやめてくれ」


 同じやりとりが数分ほど続く。
 滑舌がいいはずなのに、なぜか体質だけは上手く言えないオネスト。今までにないほど落ち込んでいた。


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