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第三章 いざ、ロピック国へ
存在する意味
しおりを挟む二人にこれでもかと愛でられた次の日。肩で飛び跳ねるタキトゥスと違って腰やら股関節やらが痛い俺は、自分の体に鞭を打って足を進める。
「ネロちゃん!昨日から気になってたんだけど、あれ何!?」
宿から出て真っ先に視界に入ってきた旗を見て目を輝かせるタキトゥス。
国の紋章が刺繍されたそれが国旗だということは、この国に初めて来た俺でも理解できた。しかし、並ぶようにして飾られたシィーラ王国の国旗が何を意味するのかがわからなかった。
「えっとー……?」
助けを求めてエヴァンに視線を送ると、黒目だけをこちらに向けて溜息をついた。
愛想良くしろとは言わないが、せめて面倒そうな顔をしないでほしいものだ。密かに思ったが、口にはしなかった。言葉にしてしまえば、俺の頭に拳が落ちかねないからである。
「シィーラ王国よりもロピック王国の旗の方が小さいのはわかりますか?」
それぞれの旗を指差しながら、タキトゥスではなく俺に問いかける。
あくまでもタキトゥスの質問に答えるのではなく、わからない素振りを見せた俺に対して教えるという形で話を進めるようだ。
オネストもそのことに気付いたのか、エヴァンと同じように息を漏らした。やれやれと呆れているのだろう。
「は、はい」
俺はオネストの頭を撫でながら返事をする。
「シィーラ王国との関係は数百年前から芳しくなく、今でも時折軍を用いた戦が起きています。犬猿の仲というのはまさにこの二国のことを言うのでしょう」
息継ぎをするために閉ざされた口。
二国の旗が己の存在を主張するように大きく靡く。風の力によって揺れているのだが、タイミング良さに自分の意思で動いているのでは……と勘違いしてしまいそうになった。
「大きさが異なる二つの国旗。“シィーラ王国よりも、ロピック王国の方が優れている”ということを意味しているのですよ。街のあちこちに、同じようなものが飾られています。この国の住民たちは毎日これを見て、自分の国が優れていることを心に刻み続けるのです」
「らしいですよ?タキトゥス様」
オネストに触れてない方の手でタキトゥスの頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細め、もっとしてくれと擦り付けてきた。
欲張り。
そう思いながらも希望通りにしてしまうのは、甘えてくるのが可愛いから。人種同士ではないからこそ街中でも堂々とイチャイチャできると思うと、胸の辺りに火が灯ったようにポカポカと温かくなる。
些細なことに幸せを感じることができることがこんなにも嬉しいなんて、少し前の俺は知らなかった。
「目の前でイチャつかないで貰えますか?周りは気にしなくても、関係性を知っている者にとっては不快でしかありません」
感傷に浸っていると、二人を撫でていた俺の手を叩いて退かす。手加減をしてくれたのか痛みはなかった。
「お前、恋人いないだろ」
「俺には陛下がいますので」
「うわー……。仕事人間」
「仕事していない人に言われたくありません」
また言い争いが始まってしまうと慌てる俺をよそに、タキトゥスは反論せずに口を閉ざしている。
「珍しいこともあるんですね」
「俺達はネロの仕事を手伝ってはいるが、職に就いているわけではないからな。本当のことを言われて返す言葉がないのさ」
固まっているタキトゥスを見ながら言えば、オネストは困ったように笑った。
「そういうことですか。では今度からキャンキャン煩いときは仕事のことを言うようにします」
「タキトゥスの心が折れる。程ほどに頼むよ」
「約束はできません」
無表情なタキトゥスに反して、悪戯を思いついた子供のような顔をしているエヴァン。
ロピック王国とシィーラ王国が犬猿の仲なのだろうが、この二人もきっとそうなのだろう。
「皆さん仲良くして下さい」
「今の言葉は聞かなかったことにします」
そう言って俺の荷物を持ち直し、視線を向けることなく歩き出してしまう。
「先が思いやられるなー……」
俺よりも背が高く、体格のいい後ろ姿を眺めながら独り呟く。
髪から覗く尖った耳。パトリオットより短く人族である俺より長いそれは、彼が半妖精である証。
人族と妖精の間に生まれた子……半妖精も長寿だとは思うのだが、エヴァンは幾つなのだろうか。
「突っ立ってないで早く来てもらえますか?観光しに来たわけではないので」
「は、はい!」
年齢は機嫌が良い時に聞こう。いつになるかわからない決意を胸に、小走りでエヴァンの後を追いかけた。
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