壊れそうで壊れない

有沢真尋

文字の大きさ
2 / 10
【1】

顔合わせ(2)

しおりを挟む
「せっかくの休みなんだし、まだ昼間だよ。これから二人で映画とか行けば?」

 店の前での別れ際、俺は精一杯女性らしく声を高めに作ってそう言う。時間はまだ十四時前。秋の青空は高く澄み渡っていて、北国らしい肌寒さはあるものの、デート日和。帰宅してしまうのはもったいなさすぎる。
 父は俺の提案に「うん」と頷いたが、肯定ではなく否定の響きがあった。その目がちらっと素直に向けられたのを見て、(ああ、そっか。それはそうだ)と俺はすぐに納得した。
 高校生の俺はともかく、小学生の素直を一人で街中に放り出すわけにはいかない、という配慮だろう。そうかといって、俺だけ帰して素直は二人のデートに付き合わせるのも気が引ける、という。

(ところで、それだと恋人同士の時間はいつ作るつもりなんだろう、この二人。付き合っている、とは?)

 結婚も同棲も予定にない、というのはひとまずおくとしても。
 記憶にある限り、休日だってさほど自由に出歩いていたように思わない。仕事の後に極端に遅くなったこともなかったはず。それでいったいどんな交際をしているのか、と首を傾げそうになった。

 腑に落ちていない様子の俺をどう思ったのか、里香さんは「今日はすごく楽しかったです」と丁寧な口調で言って微笑みかけてきた。化粧っけはないが、肌が綺麗で父より十歳は若そうに見える。目元のきりっとした、美人。「こちらこそ」と答えると、さらに笑みを深める。

「澪さん、綺麗にしてきてくれて、ありがとうございます。お着物似合いますね」

 俺は、優しげで女性的に見えるように意識して、にこりと微笑んでみた。
 そのとき、それまで顔を背けていてまったく会話に口を挟むこともなかった素直が、突然鋭い視線を向けてきた。

「澪さんって、どこの高校?」

(俺? なんでいきなり?)

 いぶかしむときの癖で、眉がひくっと跳ね上がってしまう。その勢いで答えてはならぬと咳払いをし、声を作りつつ答えた。

一高いちこう

 瞬きをしたら見落としてしまうほどのほんの一瞬、素直は目を輝かせた。

「頭いいんだ」
「どうかな。入学したときはそれなりだったかも」

 近隣では一番の進学校と言われている高校なので、変に謙遜するよりはと、嫌味にならない程度にさりげなく言う。
 ふーん、と、素直は気の無い返事をして、話す前と同様に明後日の方を向いてしまった。つれない態度は人馴れしない猫のよう。

(さっきから、何をそんなに見ているんだ?)

 ちらっと視線の先を見てみるも、交通量の多い道路を車が流れているだけの光景が広がるばかり。めぼしいものは何もない。確認してから向き直ると、いつの間にか素直がこちらを見ていた。
 視線がぶつかる。
 正面から見ると、母親の里香さんによく似ていた。父親に似なくて良かったな、なんて考えがかすめた。もちろんそのまま伝えることはない。
 素直はかたちの良い唇を開いて、きっぱりとした口調で言った。

「澪さんの連絡先、おしえてください」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...