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【1】
壊したくないから
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五人でファミレスに向かい、適当にフライドポテトとドリンクバーで過ごしているうちに、親二人が合流。
事情をかいつまんで説明すると、親父も里香さんも揃って遥たちに頭を下げてお礼を言っていた。そこで三人とは別れて、今度はそのまま四人で食事となった。
「子どもが生活の中にいるのが普通になってるから、親同士でデートしておいでって言われても、もの足りない気持ちもあって」
里香さんがそう言うと、親父も「うん」と返事をしていた。子どもたちと合流して、ほっとした様子。(この二人、本当の両親みたいになっちゃって。恋人時代はどこに置いてきたんだ)俺としては納得いかない気持ちにもなりつつ。
席は大人二人、子ども二人で並んで座っていて、素直が横から話しかけてきてそちらに集中していることが多かった。
「澪さんのスマホのケース、何?」
「これ? F1の推しチームの……、モータースポーツが好きなんだ。地上波ではやってないから配信の契約をしていて」
説明しながら見せた、ロゴ入りの薄い金属のスマホケースは傷だらけ。いまさらながらにこれは女子の持ち物ではないのでは、と気づいた。バッグや小物は借り物ですませていたけど、そういえば初めて会ったときからスマホはずっとこのままだ。
素直さんの様子をうかがうと、特にそのことには触れてこない。ただ、目が合うと、はにかむように微笑まれた。
今日一日、なんとか保護者としてこの子を守れて良かった、と改めて思った。
全員でデザートまで食べてから、親父の運転で女性二人の家へと向かう。帰り道、親二人の間で「気をつけて、何かあったらすぐに連絡して。警察にでも」という会話があった。子どもは黙って口を挟まなかった。思うところはあったけど、なかなか言葉にならなかったせいだ。
もしこの先もあんなことがあるのなら、近くに暮らした方が何かと良いんじゃないか。近くというか、本当は一緒に。その方が、家にいつも誰かがいるような、人目が多い環境を作れる。女性二人よりよほど。
たぶん全員が考えていた。誰もそうと言うことはなかった。まだ。
* * * * *
二人を送り届けてから自宅に帰り、順番に風呂。先に上がって部屋に戻った俺は、素直からメッセージが入っていることに気付いた。
“今日はどうもありがとうございました。澪さん、彼氏さんいたんですね”
慌てて文字入力を連打。
“いや、あれは違う。その方が相手を追い払うのによさそうだったから、咄嗟に口裏合わせただけ。彼氏じゃない、幼なじみ”
“澪さんをクリスマスにとってしまったこと、謝っていたと、伝えておいてください”
「おい、素直さん。違うって言ってんのに。聞けよ」
思わず画面に向かって声に出してから、なんて返そうか悩んでいるうちに、続けてメッセージが表示される。
“澪さんは、綺麗でかっこよくて、お兄さんとお姉さんが同時にできたみたいで嬉しいです。ありがとうございました。また会ってください。澪さんに着物を選んでもらいたいな。おやすみなさい”
読み終えて俯き、スマホに額をぶつけた。
「お兄さんとお姉さん……。これ十中八九、ばれてる……。ばれてるのにはっきり言わないのはなんでだ。お姉さんの方が、一緒に出かけやすいから?」
(俺はいつまでお姉さんを続けるんだろう……)
少し考えてから、ファミレスで四人で肩を寄せ合って自撮りした写真を送っておいた。
“今日はありがとう。また近いうちに。おやすみなさい”
メッセージを入力してスマホの画面をブラックアウトさせ、ベッドに倒れ込む。寝転んだまま、壁に吊るした借り物の着物に目を向けた。
――俺はさ、まず頑張るときは頑張りたいって思ってるから。楽して傷つかないで無関係な顔をしてやり過ごす方法があると誰かに教えられても、嬉しくない。それよりも、俺が努力することでうまくいく関係があって、幸せになるひとがいるなら、やらせてほしい。
頑張らなくていいよ、無理しなくていいよ。君はまだ子ども。大人の都合に振り回されないで。
優しく声をかけてくれるひとの真心はありがたいけれど、「頑張らない」で「無理しなかった」結果は自分で引き受けるしかない。その未来がわかるからこそ。
俺はこの、いつ壊れるとも知れない脆い関係を諦められなくて、少しだけ無理をする。
壊れそうだとしても、簡単に壊してはなるものかと。
「もう少し、お姉さん続けるか……」
俺は今日撮った写真の何枚かを見直してみた。そのまま、いつの間にか寝ていた。
翌朝、枕元にプレゼントが三つ。
サンタさんが来た形跡を見つけるのは、これより少し後の話。
事情をかいつまんで説明すると、親父も里香さんも揃って遥たちに頭を下げてお礼を言っていた。そこで三人とは別れて、今度はそのまま四人で食事となった。
「子どもが生活の中にいるのが普通になってるから、親同士でデートしておいでって言われても、もの足りない気持ちもあって」
里香さんがそう言うと、親父も「うん」と返事をしていた。子どもたちと合流して、ほっとした様子。(この二人、本当の両親みたいになっちゃって。恋人時代はどこに置いてきたんだ)俺としては納得いかない気持ちにもなりつつ。
席は大人二人、子ども二人で並んで座っていて、素直が横から話しかけてきてそちらに集中していることが多かった。
「澪さんのスマホのケース、何?」
「これ? F1の推しチームの……、モータースポーツが好きなんだ。地上波ではやってないから配信の契約をしていて」
説明しながら見せた、ロゴ入りの薄い金属のスマホケースは傷だらけ。いまさらながらにこれは女子の持ち物ではないのでは、と気づいた。バッグや小物は借り物ですませていたけど、そういえば初めて会ったときからスマホはずっとこのままだ。
素直さんの様子をうかがうと、特にそのことには触れてこない。ただ、目が合うと、はにかむように微笑まれた。
今日一日、なんとか保護者としてこの子を守れて良かった、と改めて思った。
全員でデザートまで食べてから、親父の運転で女性二人の家へと向かう。帰り道、親二人の間で「気をつけて、何かあったらすぐに連絡して。警察にでも」という会話があった。子どもは黙って口を挟まなかった。思うところはあったけど、なかなか言葉にならなかったせいだ。
もしこの先もあんなことがあるのなら、近くに暮らした方が何かと良いんじゃないか。近くというか、本当は一緒に。その方が、家にいつも誰かがいるような、人目が多い環境を作れる。女性二人よりよほど。
たぶん全員が考えていた。誰もそうと言うことはなかった。まだ。
* * * * *
二人を送り届けてから自宅に帰り、順番に風呂。先に上がって部屋に戻った俺は、素直からメッセージが入っていることに気付いた。
“今日はどうもありがとうございました。澪さん、彼氏さんいたんですね”
慌てて文字入力を連打。
“いや、あれは違う。その方が相手を追い払うのによさそうだったから、咄嗟に口裏合わせただけ。彼氏じゃない、幼なじみ”
“澪さんをクリスマスにとってしまったこと、謝っていたと、伝えておいてください”
「おい、素直さん。違うって言ってんのに。聞けよ」
思わず画面に向かって声に出してから、なんて返そうか悩んでいるうちに、続けてメッセージが表示される。
“澪さんは、綺麗でかっこよくて、お兄さんとお姉さんが同時にできたみたいで嬉しいです。ありがとうございました。また会ってください。澪さんに着物を選んでもらいたいな。おやすみなさい”
読み終えて俯き、スマホに額をぶつけた。
「お兄さんとお姉さん……。これ十中八九、ばれてる……。ばれてるのにはっきり言わないのはなんでだ。お姉さんの方が、一緒に出かけやすいから?」
(俺はいつまでお姉さんを続けるんだろう……)
少し考えてから、ファミレスで四人で肩を寄せ合って自撮りした写真を送っておいた。
“今日はありがとう。また近いうちに。おやすみなさい”
メッセージを入力してスマホの画面をブラックアウトさせ、ベッドに倒れ込む。寝転んだまま、壁に吊るした借り物の着物に目を向けた。
――俺はさ、まず頑張るときは頑張りたいって思ってるから。楽して傷つかないで無関係な顔をしてやり過ごす方法があると誰かに教えられても、嬉しくない。それよりも、俺が努力することでうまくいく関係があって、幸せになるひとがいるなら、やらせてほしい。
頑張らなくていいよ、無理しなくていいよ。君はまだ子ども。大人の都合に振り回されないで。
優しく声をかけてくれるひとの真心はありがたいけれど、「頑張らない」で「無理しなかった」結果は自分で引き受けるしかない。その未来がわかるからこそ。
俺はこの、いつ壊れるとも知れない脆い関係を諦められなくて、少しだけ無理をする。
壊れそうだとしても、簡単に壊してはなるものかと。
「もう少し、お姉さん続けるか……」
俺は今日撮った写真の何枚かを見直してみた。そのまま、いつの間にか寝ていた。
翌朝、枕元にプレゼントが三つ。
サンタさんが来た形跡を見つけるのは、これより少し後の話。
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