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第二章
【1】聖女さま(小さい)
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(眠い)
カフェ店員として二日目の仕事もなんとか終えて、深夜。
アーノルドと学校まで帰ってきて、無事に女子寮にたどり着いた。
レベッカに手引きしてもらって部屋に戻り、温泉があるおかげで湯は使い放題の風呂を使って、倒れて寝た。
迎えた朝。
とにかく眠い。
「姫様、大丈夫ですか? 早くも疲れが出ていませんか?」
「大丈夫大丈夫。食事をすれば目が覚める」
本当は体がバッキバキな上に、瞼が重くて今にも持ち上がらなくなりそうであったが、エルトゥールはやせ我慢をしつつレベッカに答えて食堂に向かった。
「疲れているというより、眠いんです。でも、レベッカも眠いですよね。意味なく遅くまで起きていないといけなくて……。もう少し何か工夫が必要です。私一人で、夜も出入りできるようにしないと」
「そこは姫様が考えるところではないです。私はお待ちしているのが苦ではありませんし、あんな時間までお仕事をなさっている姫様に比べたら、全然何もしていないようなものです」
(レベッカは、ものすごく性格が良いです。迷惑かけたくないんですが……)
成り行きで世話係のように尽くしてくれているが、自分の問題に巻き込んでしまっているだけに、エルトゥールとしては心苦しい。
男子寮のアーノルドがどこかから出入りできているのならば、自分も女子寮で同じことはできないだろうか。
(わからないことを、一人で考えていても仕方ない、か。まずはアーノルド殿下に聞いてみよう。女子寮のことはわからないかもしれないけど、何か抜け道があるかもしれない)
そこまで考えて、はっと思い出したのはジャスティーンの存在。
なんの抵抗もなさそうに男子寮に現れたジャスティーンならば、或いは。どちらの寮の事情にも通じている可能性がある。
とはいえ、どう聞くかは悩むところだ。
(そもそも、ジャスティーン様が男子寮のアーノルド様の部屋を把握していて、よく来ている様子だったのは……、裸を見ても動揺しないし……。普段から逢引をなさっているのでは)
想像するのはやめようと、自分に言い聞かせる。
婚約者である二人がどこでどんな風に逢引をしていたとしても、世間から後ろ指をさされるような関係ではないのだから、構わないはずだ。
まったく無関係の自分がアーノルドのベッドで朝を迎えた方が、倫理上の大問題のはず。
レベッカと連れ立って食堂の入り口まで来たとき、ふと目の前を小さな女の子が歩いていることに気付いた。
食堂の重いドアが閉まっていて、「うぅぅ……」と呻きながら開けようとしている。
追いついたエルトゥールは、レベッカより先に後ろから手を伸ばして、そのドアを押し開いた。
「どうぞ」
はっと女の子が顔を上げる。
長く、背に流している髪は、黒にも群青にも見える不思議な色合い。光の加減で変わる。
瞳は深緑。宝石のように輝いて、エルトゥールの顔を見ていた。
目が合うと、表情がさっと強張る。何も言わずに背を向けて、食堂の中にさっさと入って行ってしまった。
(十歳くらいか、もっと小さいかな。学校関係者の子ども? それとも、とびきり優秀で飛び級している?)
制服ではなく、白くてふんわりとしたドレスを身に着けていた。幼いながら整った顔立ちはひどく印象的で、成長したらさぞや美人に違いない、と感心してしまう。
「今の方は、リーズロッテ様です。ジャスティーン様の従姉妹で『聖女』の」
「聖女!?」
レベッカが親切に説明をしてくれたが、突然出て来た言葉にびっくりしてエルトゥールは聞き返した。
その反応をどう思ったのか、レベッカは何やら焦った様子で「驚かせてしまって、申し訳ありません」と言った。「私こそごめんね、謝らなくても大丈夫。聞き馴染みのない単語だったから」と言い訳をしながら、視線を感じたエルトゥールは辺りを見回す。
険しい顔つきで睨みつけてきている、リーズロッテの凍てついた瞳に行きついてしまう。冷ややかだが、いまにも泣いてしまいそうな表情にも見えた。
(何かが気に障った? 謝ってきたほうがいい?)
迷っていたところで、ふっと手に感じていた重みが軽くなる。
「姫、ドアをずっと押さえてどうしました。食事に来たのでは?」
聞き覚えのある声。
すぐそばに立って、エルトゥールに代わってドアをおさえていたのはアーノルド。
目が合うと、にこっと笑う。
「おはようございます。今朝の目覚めはいかがでしたか」
「おはようございます。無難です」
「無難?」
咄嗟に適当な返しが思いつかず、本音で言ってしまったエルトゥール。その目の前で、アーノルドは楽し気に笑い声を響かせた。
「そんなに笑わなくても」
「失礼。そういうときは、『とても良いです』とか『あなたに会えて心が弾んでいます』と言うのではないかと思って」
「言わないですね。そういう、歯の浮くようなセリフは、出てきません」
アーノルドのそばには、眼鏡のマクシミリアンとともにジャスティーンもいる。エルトゥールと目が合うと「おはようございます、姫君」と麗しのハスキーボイスで言いながら片目を瞑ってきた。
今日も大輪の花を背負ったかのような美貌は健在。
(こんなうつくしい婚約者連れの男性に、お世辞でも「会えて嬉しい」みたいなこと、言えません)
学校ではいちいち絡まないで欲しい、と思いながら歩き出す。
それなのに、当然のように食事を選ぶカウンターまでアーノルド一行が一緒で、テーブルでも向かい合って座ることになった。
他国の王族が編入してきたということで、同学年に在籍している以上アーノルドが気を遣うのは当然ということかもしれないが、周囲からの注目度が段違いに上がる。エルトゥールとしては複雑な心境だった。
そんな心中など知らぬように、アーノルドが何気なく話し始めた。
「先程食堂の入口で見かけたリーズロッテ嬢ですが。見た目が子どもでびっくりしたかもしれませんが、年齢はあれで十五歳です。成長が止まっているんです」
「そうなんですか……」
うまい相槌が思いつかずにエルトゥールはそう言うにとどめた。
リーズロッテは、声は届かない程度に離れたところで、ひとりで食事をしている。
「我が国には『聖女伝説』がありますが、リズは生まれたときに『聖女』の素質があると複数の魔導士から断定されました。魔力を持って生まれた子どもなんです」
スープにスプーンを差し入れていたエルトゥールは、手を止めて向き合って座ったアーノルドを見る。
「実際に、現代人としては類を見ないほど強い魔力があるとされています。それ自体は事実のようなのですが、その魔力をうまく扱えないようで、魔法として使うことはできません。そのせいかわかりませんが、何か内側で誤作動を起こしているらしく、七~八歳くらいで外見の成長が止まって、そのままです」
「魔力の誤作動……? 不老不死に特化した魔力なのでしょうか?」
エルトゥールは神妙な面持ちで問い返した。
アーノルドは、一瞬瞳に鋭い光を走らせたが、すぐに「わかりません」とさりげない口調で答えた。
「いかに『聖女』の素質があるとはいえ、魔法が使えないので、この話はそこまでです。年齢も年齢なので、ふつうに学生としてこの学校に入学しました。今後は、魔法学の研究に関わるでしょうが……。家族に家に閉じ込められていて、年齢から考えても、あまり人馴れしていないんです」
アーノルドが言い淀んだことを引き継ぐように、ジャスティーンが笑顔で口を開く。
「意地っ張りで素直じゃない性格で、周りとうまくやっていけるか心配なんですよ。学年は違いますが、普段は私たちと同じく女子寮で過ごします。今後、何かと顔を合わせることもあるかと思いますが、見かけた際には、ぜひ仲良くしてくださいね」
少しキツイ性格ですけど、悪い子じゃないんです、と言い添えて。
カフェ店員として二日目の仕事もなんとか終えて、深夜。
アーノルドと学校まで帰ってきて、無事に女子寮にたどり着いた。
レベッカに手引きしてもらって部屋に戻り、温泉があるおかげで湯は使い放題の風呂を使って、倒れて寝た。
迎えた朝。
とにかく眠い。
「姫様、大丈夫ですか? 早くも疲れが出ていませんか?」
「大丈夫大丈夫。食事をすれば目が覚める」
本当は体がバッキバキな上に、瞼が重くて今にも持ち上がらなくなりそうであったが、エルトゥールはやせ我慢をしつつレベッカに答えて食堂に向かった。
「疲れているというより、眠いんです。でも、レベッカも眠いですよね。意味なく遅くまで起きていないといけなくて……。もう少し何か工夫が必要です。私一人で、夜も出入りできるようにしないと」
「そこは姫様が考えるところではないです。私はお待ちしているのが苦ではありませんし、あんな時間までお仕事をなさっている姫様に比べたら、全然何もしていないようなものです」
(レベッカは、ものすごく性格が良いです。迷惑かけたくないんですが……)
成り行きで世話係のように尽くしてくれているが、自分の問題に巻き込んでしまっているだけに、エルトゥールとしては心苦しい。
男子寮のアーノルドがどこかから出入りできているのならば、自分も女子寮で同じことはできないだろうか。
(わからないことを、一人で考えていても仕方ない、か。まずはアーノルド殿下に聞いてみよう。女子寮のことはわからないかもしれないけど、何か抜け道があるかもしれない)
そこまで考えて、はっと思い出したのはジャスティーンの存在。
なんの抵抗もなさそうに男子寮に現れたジャスティーンならば、或いは。どちらの寮の事情にも通じている可能性がある。
とはいえ、どう聞くかは悩むところだ。
(そもそも、ジャスティーン様が男子寮のアーノルド様の部屋を把握していて、よく来ている様子だったのは……、裸を見ても動揺しないし……。普段から逢引をなさっているのでは)
想像するのはやめようと、自分に言い聞かせる。
婚約者である二人がどこでどんな風に逢引をしていたとしても、世間から後ろ指をさされるような関係ではないのだから、構わないはずだ。
まったく無関係の自分がアーノルドのベッドで朝を迎えた方が、倫理上の大問題のはず。
レベッカと連れ立って食堂の入り口まで来たとき、ふと目の前を小さな女の子が歩いていることに気付いた。
食堂の重いドアが閉まっていて、「うぅぅ……」と呻きながら開けようとしている。
追いついたエルトゥールは、レベッカより先に後ろから手を伸ばして、そのドアを押し開いた。
「どうぞ」
はっと女の子が顔を上げる。
長く、背に流している髪は、黒にも群青にも見える不思議な色合い。光の加減で変わる。
瞳は深緑。宝石のように輝いて、エルトゥールの顔を見ていた。
目が合うと、表情がさっと強張る。何も言わずに背を向けて、食堂の中にさっさと入って行ってしまった。
(十歳くらいか、もっと小さいかな。学校関係者の子ども? それとも、とびきり優秀で飛び級している?)
制服ではなく、白くてふんわりとしたドレスを身に着けていた。幼いながら整った顔立ちはひどく印象的で、成長したらさぞや美人に違いない、と感心してしまう。
「今の方は、リーズロッテ様です。ジャスティーン様の従姉妹で『聖女』の」
「聖女!?」
レベッカが親切に説明をしてくれたが、突然出て来た言葉にびっくりしてエルトゥールは聞き返した。
その反応をどう思ったのか、レベッカは何やら焦った様子で「驚かせてしまって、申し訳ありません」と言った。「私こそごめんね、謝らなくても大丈夫。聞き馴染みのない単語だったから」と言い訳をしながら、視線を感じたエルトゥールは辺りを見回す。
険しい顔つきで睨みつけてきている、リーズロッテの凍てついた瞳に行きついてしまう。冷ややかだが、いまにも泣いてしまいそうな表情にも見えた。
(何かが気に障った? 謝ってきたほうがいい?)
迷っていたところで、ふっと手に感じていた重みが軽くなる。
「姫、ドアをずっと押さえてどうしました。食事に来たのでは?」
聞き覚えのある声。
すぐそばに立って、エルトゥールに代わってドアをおさえていたのはアーノルド。
目が合うと、にこっと笑う。
「おはようございます。今朝の目覚めはいかがでしたか」
「おはようございます。無難です」
「無難?」
咄嗟に適当な返しが思いつかず、本音で言ってしまったエルトゥール。その目の前で、アーノルドは楽し気に笑い声を響かせた。
「そんなに笑わなくても」
「失礼。そういうときは、『とても良いです』とか『あなたに会えて心が弾んでいます』と言うのではないかと思って」
「言わないですね。そういう、歯の浮くようなセリフは、出てきません」
アーノルドのそばには、眼鏡のマクシミリアンとともにジャスティーンもいる。エルトゥールと目が合うと「おはようございます、姫君」と麗しのハスキーボイスで言いながら片目を瞑ってきた。
今日も大輪の花を背負ったかのような美貌は健在。
(こんなうつくしい婚約者連れの男性に、お世辞でも「会えて嬉しい」みたいなこと、言えません)
学校ではいちいち絡まないで欲しい、と思いながら歩き出す。
それなのに、当然のように食事を選ぶカウンターまでアーノルド一行が一緒で、テーブルでも向かい合って座ることになった。
他国の王族が編入してきたということで、同学年に在籍している以上アーノルドが気を遣うのは当然ということかもしれないが、周囲からの注目度が段違いに上がる。エルトゥールとしては複雑な心境だった。
そんな心中など知らぬように、アーノルドが何気なく話し始めた。
「先程食堂の入口で見かけたリーズロッテ嬢ですが。見た目が子どもでびっくりしたかもしれませんが、年齢はあれで十五歳です。成長が止まっているんです」
「そうなんですか……」
うまい相槌が思いつかずにエルトゥールはそう言うにとどめた。
リーズロッテは、声は届かない程度に離れたところで、ひとりで食事をしている。
「我が国には『聖女伝説』がありますが、リズは生まれたときに『聖女』の素質があると複数の魔導士から断定されました。魔力を持って生まれた子どもなんです」
スープにスプーンを差し入れていたエルトゥールは、手を止めて向き合って座ったアーノルドを見る。
「実際に、現代人としては類を見ないほど強い魔力があるとされています。それ自体は事実のようなのですが、その魔力をうまく扱えないようで、魔法として使うことはできません。そのせいかわかりませんが、何か内側で誤作動を起こしているらしく、七~八歳くらいで外見の成長が止まって、そのままです」
「魔力の誤作動……? 不老不死に特化した魔力なのでしょうか?」
エルトゥールは神妙な面持ちで問い返した。
アーノルドは、一瞬瞳に鋭い光を走らせたが、すぐに「わかりません」とさりげない口調で答えた。
「いかに『聖女』の素質があるとはいえ、魔法が使えないので、この話はそこまでです。年齢も年齢なので、ふつうに学生としてこの学校に入学しました。今後は、魔法学の研究に関わるでしょうが……。家族に家に閉じ込められていて、年齢から考えても、あまり人馴れしていないんです」
アーノルドが言い淀んだことを引き継ぐように、ジャスティーンが笑顔で口を開く。
「意地っ張りで素直じゃない性格で、周りとうまくやっていけるか心配なんですよ。学年は違いますが、普段は私たちと同じく女子寮で過ごします。今後、何かと顔を合わせることもあるかと思いますが、見かけた際には、ぜひ仲良くしてくださいね」
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