王子様カフェにようこそ!〜秘密の姫君は腹黒王子に溺愛されています〜

有沢真尋

文字の大きさ
25 / 41
第二章

【11】おつかれさまでした

しおりを挟む
「お前ら、おせーよ」

 あらかた食事を終えた頃に、男装のジャスティーンと、眼鏡を外したマクシミリアンが現れた。
 開口一番つっかかったのは、人外美形の素顔を晒したジェラさん。
 マクシミリアンはぎょっとしたのが態度にも表れていたが、ジャスティーンはさほど動揺することもなく薄ら笑いを浮かべて言った。

「誰? 顔の造形に気合入り過ぎて、見るだけで目が痛いんだけど。こっち見ないでくれる?」
「おいふざけんなよ。目ぇ潰すぞこら。って言いたいところだが、さすがにお前のその顔には手を出しにくいな」
「ありがと。よく言われる」

 ジェラさんに気迫でひけをとることなく堂々と渡り合い、にっこりと微笑むジャスティーン。
 傍で聞いていたエルトゥールは「さすがです……!」と、気持ちの上では感涙にむせびなきたいシーンであった。だが、いざジャスティーンに視線を向けられると、避けるように帽子を目深にかぶり直して顔を逸らした。

(ジャスティーン様はなんとなく勘付いている気がするけど……、マクシミリアンさんは私のこと知らないんだよね)

 シェラザードでエルトゥールが働いていること。アーノルドと個人的に親しいこと。
 婚約者であるジャスティーンは黙認してくれているようだが、王子のお目付け役であるマクシミリアンが同じ判断をするとは限らない。
 今この場で気付かれるわけにはいかない、と無関係なふりをして横を向く。

「まあ、なんだ。リズの護衛は今後俺に任せろ。学校からここまでの送り迎えも、なんだったら学校での生活も。全部」
「リズ、この顔面凶器は何? 変なこと言っているけど、リズはどう考えているの?」

 ふんぞり返っているジェラさんに臆することなく、ジャスティーンはリーズロッテに問いかけた。

「このひとはですね……。こうして人型だと明らかにものすごく邪悪なんですけど、もとをただせば猫なので。それと、わたしには従順なんです。何か、わたしの内側に眠る力に逆らえないそうで」

 食事中、ジェラさんがそんなことを言っていたのは、エルトゥールも耳にしていた。

(聖女に逆らえない、邪悪な何か。ジェラさん、やっぱりそれは「聖獣」というには無理があると思う。絶対暗黒系の何かだよ……)

 エルトゥールとしても思うところはあったが、なまじ魔法の領域に関して少しだけ感じるものがあるだけに、絶対的な彼我の差はいかんともしがたく。
 もし「聖女」であるリーズロッテが、その邪悪さを抑制できるというのならば、お願いした方が良いのでは、というのは感覚的に理解できていた。
 それはリーズロッテ本人も心得ているのであろう。
 護衛を買って出たジェラさんを拒絶することなく側に置くことで、監視するつもりなのかもしれない。

「リズがそう言うなら、その辺は俺も手が出せないことだし、任せる。ただ一応忠告はしておく。それ、男みたいだから。貞操は気を付けろよ」
「な……っ!! 当たり前じゃない、何言ってるのよ、ジャスティーンの馬鹿!!」

 怒鳴り返したリーズロッテに対し、ジャスティーンは明るい笑い声を響かせて「気を抜くなよ」と言った。
 その流れの中で、エルトゥールの帽子の上にさりげなく軽く手を置いて触れてから、離れて行く。
 触れられたことに夢見心地になりつつ、エルトゥールは胸をおさえた。動悸がする。

(私もジャスティーン様みたいに、かっこいい女性になりたいです……)

 少し離れた場所から、ジャスティーンとマクシミリアンの会話が聞こえてきた。

「あそこで潰れてるの、ドロシー先生に見えます」
「そうだね。あの茶色のふわふわ頭はそうだ。完全に潰れて、寝てる?」

 聞き覚えのある名前が出て来たので、エルトゥールは思わず振り返った。
 立ち話をしている二人の視線の先には、テーブルに突っ伏している女性客がいる。
 そこに仕事を終えて奥から出て来たアーノルドが加わり、「あれなぁ」と困惑した口調で言った。

「男にふられてヤケ酒しているお一人様の女性客がいるとは聞いていたけど、先生か。結局潰れてるし……。もうすぐ閉店だ、放っておくわけにもいかない。マックス、連れ帰ってくれ」
「連れ帰ると簡単に言っても、どこまでですか。教職員寮?」
「そうだろうな。ジャスティーンが女子寮を抜け出てきたことを教師に知られるリスクを思えば、ここはマックスの方が適任だ。俺はまだこの後少し、用事がある」
「まあ、それなら。まずは声をかけてみます」

 話がついたところで、マクシミリアンは酔客へと近づいて行く。
 その背に、ジャスティーンが楽し気な口調で「先生だからね。手を出しちゃだめだよ」と声をかけた。マクシミリアンは大変迷惑そうな顔で「無いですね」と言い返している。
 その様子を見ていたリーズロッテとジェラさんも席を立った。

「わたしもそろそろ帰ります」
「ジェラさんと……」

 エルトゥールとしては少しばかり心配もあって声をかけたが、すばやく身を翻して戻ってきたジャスティーンが「今日のところは俺もいるから、大丈夫」と請け合い、三人で店を出て行った。

(あの美形二人に囲まれて全然負けていないってことは、私の「妹」もかなり相当の美人だよね。将来が楽しみ)

 すっかりリーズロッテを「自分の妹」と認識したエルトゥールは、うんうん、とひとり頷く。
 音も無く近づいてきていたアーノルドが、リーズロッテの座っていたカウンターの二番席に腰をおろして、ふう、と溜息をついた。

「俺たちも、少し間隔あけて店を出るぞ。エル、その足じゃ歩けないだろうし。背中貸す」
「背中……、背負って帰るんですか!? 重いと思いますよ!?」
「他にどうしろって言うんだ。お姫様抱っこがいいのか、お姫様だけに。俺はそれでも構わないが」

 疲れているせいか、テンション低く陰々滅々とした声で返されて、エルトゥールは「ごめんなさい。お任せです」と小声で謝った。不用意に怪我をした自分が悪い、との自覚はあった。
 ジャスティーンや、マクシミリアンに追いついて鉢合わせしない為の時間稼ぎか、アーノルドは座ったままぼんやりとしている。
 その横顔にそっと視線を向けて、エルトゥールは口を開いた。

「私の一番上のお姉さまは、なんでも自分でやってみないと気が済まない方で。一番下の私が生まれたときに『自分が育ててみる』と言って、侍女たちを払いのけて、私を持ち歩いていたそうなんです」
「持ち歩く……?」
「はい。面倒を見ていたと本人は言い張っていましたが、侍女たちは気が気ではなかったそうで。どこに行くにも一緒だったとか。その姉さまが言っていたんですけど、手に持つよりも、背中に背負った方が安定感が良くて、疲れないそうです。私がある程度大きくなってからは、背負うのが断然楽だったと。だからですね、えーと……」

 この話の結論は、つまり。

「向こう見ずなことをして、足を痛めてすみません。よろしくお願いします。背負う方で」

(アーノルド殿下に、結局迷惑をかけてしまう……)

 今さらながらに後悔が湧き上がって来る。エルは申し訳なさに落ち込んだ。
 しずかに耳を傾けていたアーノルドは、椅子の上でそっくり返って天井を見上げた。

「無茶をしたことに関しては、反省して欲しい。背負って帰るのは全然負担ではないから気にしないように。今日は何かとおつかれさまでした」

 仕事終わりらしい挨拶にエルトゥールが顔を上げると、まさに目を向けてきたアーノルドと視線がぶつかる。
 黒の瞳にやわらかな光を浮かべて、アーノルドは穏やかに微笑んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

聖女の任期終了後、婚活を始めてみたら六歳の可愛い男児が立候補してきた!

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
23歳のメルリラは、聖女の任期を終えたばかり。結婚適齢期を少し過ぎた彼女は、幸せな結婚を夢見て婚活に励むが、なかなか相手が見つからない。原因は「元聖女」という肩書にあった。聖女を務めた女性は慣例として専属聖騎士と結婚することが多く、メルリラもまた、かつての専属聖騎士フェイビアンと結ばれるものと世間から思われているのだ。しかし、メルリラとフェイビアンは口げんかが絶えない関係で、恋愛感情など皆無。彼を結婚相手として考えたことなどなかった。それでも世間の誤解は解けず、婚活は難航する。そんなある日、聖女を辞めて半年が経った頃、メルリラの婚活を知った公爵子息ハリソン(6歳)がやって来て――。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

上下左右
恋愛
「貴様のような疫病神との婚約は破棄させてもらう!」  触れた魔道具を壊す体質のせいで、三度の婚約破棄を経験した公爵令嬢エリス。家族からも見限られ、罰として鬼将軍クラウス辺境伯への嫁入りを命じられてしまう。  しかしエリスは周囲の評価など意にも介さない。 「顔なんて目と鼻と口がついていれば十分」だと縁談を受け入れる。  だが実際に嫁いでみると、鬼将軍の顔は認識阻害の魔術によって醜くなっていただけで、魔術無力化の特性を持つエリスは、彼が本当は美しい青年だと見抜いていた。  一方、エリスの特異な体質に、元婚約者の伯爵が気づく。それは伝説の聖女と同じ力で、領地の繁栄を約束するものだった。  伯爵は自分から婚約を破棄したにも関わらず、その決定を覆すために復縁するための画策を始めるのだが・・・後悔してももう遅いと、ざまぁな展開に発展していくのだった  本作は不遇だった令嬢が、最恐将軍に溺愛されて、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である ※※小説家になろうでも連載中※※

処理中です...