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迷宮の外へ

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 この世界には、迷宮脱出の移動魔法がない。
 それは神にとっても同じらしい。
 翌日、「迷宮の構造を知る機会でもあるから」とラインハルトが勧めたこともあり、糸巻きの仕入れで街に出るにあたって、一柱と一人で実際に迷宮最奥から入り口に向かうことになった。
 道中、何度もモンスターに遭遇した。

(生きた心地がしませんでした)

 ようやく入り口の光が見えた頃には、アリーナは怪我のひとつもしていないのに疲弊しきっていた。
 やむを得ず戦闘となったときは、ラインハルトがすべて危なげなく撃退していて、守られるだけ。「俺は元冒険者だから、このくらいはなんでもない」とラインハルトは飄々と言っており、実際凄まじく強かったが、見ているだけで心臓が痛くなった。

「人間時代のラインハルトさまは、凄腕の冒険者だったのでは……」

 迷宮から一歩外に踏み出し、太陽の眩しさに目を細めながらアリーナが言うと、「まあな」とラインハルトは言葉少なに答えた。
 周辺を見回すと、入り口は森の中にあったらしく、鬱蒼と茂る高い木々に囲まれていた。人通りが無いのか、正面の敷石を割って雑草が伸び放題になっている。打ち捨てられうらぶれた小規模な神殿、といった外観。

(そういえば迷宮内でも一切人間の気配がなかった。誰ともすれ違わなかったし。不人気迷宮ってこういうこと?)

 ラインハルトに「行くぞ」と声をかけられ、肩を並べて歩きながら、アリーナはちらりとラインハルトの横顔を見上げた。

「私がこの世界で知っている他の神さまはヘルムートさまだけなんですが、やっぱり迷宮は社長神さまごとに特色があるんですか?」
「そうだな……、ヘルムートさまの造成する迷宮は人気が高くて、一柱で支店迷宮もいくつか出している。そのひとつひとつに特色あるが、一言で言えば『中毒性の高いテーマパーク』かな」
「楽しそう!!」
「ただし攻略難易度は鬼。殺傷力が高い。支店の中には比較的易しい迷宮もあるが、落命率はどこも概ね高い」
「わぁ……」

 エグい……とアリーナは手で口元を覆った。

(ひとの命弄び過ぎじゃないですか……。それで、有り余る神通力を用いて異世界召喚という空間を股にかけた誘拐もお手の物なのですね……)

 やはり神は神と思い知りつつ、アリーナはさりげなく話題をつなぐ。

「ところで、世界の迷宮にお詳しい元凄腕冒険者のラインハルトさまは、どうして神さまになっているんですか。強すぎて祀り上げられたんですか」

 ピヒョロロロロ~と鳴き声を上げて、頭上を鳥が飛んでいった。ズサッ、ガサッと木々の間の草むらも揺れていて、いまにも獣ができそうな濃厚な気配が漂う。しかし、もし何かあってもラインハルトのそばにいれば安全ということを、アリーナはすでに知っている。それだけ、ラインハルトの戦いぶりは図抜けていた。
 少しの間考えるような沈黙があったが、やがてラインハルトが低い声で話し始めた。

「ソロの冒険者以外は、パーティーを組んで迷宮攻略に挑む。俺にもかつて仲間がいたが、もうすぐ迷宮の最奥に到達というところで、強大なモンスターに阻まれ、次々と散っていった。仕組みを考えれば当然で、迷宮神も踏破されまいと必死だったんだ。それ自体は仕方ない。恨むようなことでもない」
「踏破なさったんですか?」

(踏破した場合、人間は記憶を消され、神は消滅するのでは?)

 アリーナの浮かべた疑問に答えるように、訥々とラインハルトが続けた。

「迷宮の神に会った。取引を持ちかけられた。瀕死の仲間を迷宮の外に送り届け、俺の記憶も消さないと。その代わり、神となり会社を引き継いでほしいと言われた。俺も重傷を負っていて、迷宮脱出の方法は他になく、外に恋人の待つ仲間のことを思えば他に選択肢もなかった。それ以来俺は迷宮の神になったが……、迷宮で死んだ多くの知人の記憶もある俺には、どうにも迷宮の難易度設定やアイテムのドロップ率等『神が経営する会社の采配だった』ということが受け入れがたく……。仕事に身が入らず、天使たちに愛想を尽かされても当然なんだ」

 声ににじむ切なさに胸をつかれて、アリーナは足を止めた。気付いて足を止めたラインハルトに向き直り、深々と頭を下げる。

「無遠慮な質問にも拘わらず、話してくださってありがとうございます。ラインハルトさまが仕事に意欲的でなかったのは、何か理由があると思っていましたが、そういうことでしたか」

「頭を上げてくれ。俺こそ、まさかこんな話を君にするとは思ってもみなかったんだが。すまない。それと、ありがとう。君のおかげで俺は、自分の神生に光が差しているのを感じている。君の魔法から作るアイテムは、俺がずっと欲しいと願い続けていたものだ。実用化にこぎつけたら、これ以上の喜びなはい。そのために俺は今まで生かされてきたんだと、いま心から感謝している……」
 
 誠実であたたかな話しぶりに、目頭が熱くなってしまった。

(顔上げられない……。いま目があったら、きっと泣いてしまう)

 幸いなことに、ラインハルトはそれ以上アリーナを急かすこともなく「行こう」と優しく声をかけてきて、ゆっくりと歩き出した。
 頭を上げたアリーナは、目の縁にたまった涙をそっと指で拭い取って、広い背中を追いかけた。

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