1 / 3
【1】それは性癖ですか
しおりを挟む
「もう一度聞く。本っっ当に……、行きたくないの?」
漆黒のローブをまとったその男は、溜めに溜めてもったいぶった様子でそう聞いてきた。
一日の仕事を終えて、火の落ちた暖炉の前で愛猫のリルケを抱いて寝るつもりだったエリーゼは、即座に返事をした。
「お城の舞踏会に興味はありません。王子様に会いたいと思ったことも特にないです。できればお帰りいただきたいです。あなたは一体誰なんですか?」
質問に質問で返してしまった。
男は過剰な仕草で、うなだれていた首を持ち上げた。はずみでフードがはだけて、さらりとした金髪や隠されていた顔があらわになる。
輝きを放つ、濃い翠眼。
夢見がちな乙女が熱に浮かされて噂するような美貌で、にこっと微笑みかけてくる。
なぜかぞくっと寒気が走って、エリーゼは両腕を胸の前で合わせて自分の体を抱きしめた。
男は、構わずによく透る声で告げた。
「君を迎えにきた魔法使いだよ。魔法使い、わかるよね? こう、恵まれない境遇の女の子にぱぱぱーっと魔法をかけて、綺麗なお姫様に仕立てるんだ。それから、台所のかぼちゃを馬車に、そのへんちょろちょろしているねずみを馬や御者に変えて、送り出す。『おっと忘れていた。これこれ』って言いながら、懐から最後の仕上げのガラスの靴を出して」
言いながら、男はローブの懐を探り始めた。
今にもガラスの靴を出してきそうな気配を察し、エリーゼは「待ってください!」と声をかける。
「何が目的なんですか?」
「目的?」
「はい。今の話、魔法使いさんは特に得るものないですよね? 私が恵まれない境遇の女の子認定受けているのはひとまず横におくとして。色々用立ててもらって、お城に行って、王子様と巡りあって……結ばれたとします。そのどのへんに、魔法使いさんの利益がありますか」
「え」
キラキラと光をまとった笑顔のまま、魔法使いは凍りついたように固まった。
エリーゼはそのすきに、足元にすり寄ってきていた茶トラ猫のリルケを抱き上げる。「待ってね、もう少しで話は終わると思う」「にゃーん」素早く会話を交わしてから、向き直った。
「焦らなくていいですから、よく考えて答えてください。それっていわゆる、ボランティア的な何かですか。それとも性癖? 『恵まれない女の子が幸せそうに笑う姿が見たいだけ』という」
「なんでいま性癖って言い換えたの? ボランティアで良いんじゃない?」
「ボランティアなんですか? でもボランティアって言葉、難しいですよね。迂闊に使うとどこかから怒られそうで。その……、魔法使いさんの提案は、どう考えても『私が伴侶を得て高待遇の生活になるのをアシストするだけ』だと思います。他に何かあると言われても何もない。社会的に意義があるとも思えないです。現状私はその申し出を拒否しているのに、そのゴリ押しは、なんといいますか」
そこでエリーゼは、ちらっと男を見た。「押し売りですよね」という一言は、さすがに飲み込む。
男は、すっかり眉が下がっており、どことなく物悲しい表情になっていた。
(何だろう、このいじめてしまったような後味の悪さ。ごめんなさい。「不幸な境遇の女の子」も年季が入っているので、疑い深くなってしまっているんです。裏がないのだとしても、ただただ底の抜けたバケツみたいに穴だらけの提案、受け入れられるはずもなく)
心の中で言い訳をしつつ、リルケをきゅうっと抱きしめて、申し出てみる。
「とりあえず、時間ももう遅いので。魔法使いさんも、まさか前フリなしの一度の交渉で契約が成立するなんて甘い見通しでここに来てはいませんよね? 今日のところは一度お帰りください」
「悪徳業者のような扱いを受けてしまった」
肩を落として呟きながらも、魔法使いは了承したらしい。
エリーゼが案内した裏口から外に出ると「それじゃ、次の舞踏会の夜にまた来るから。今度は心の準備をしておいてね」と言い残し、箒にまたがって飛び上がると、夜空を横切って去った。
「悪徳業者や変質者ではなく、魔法使いということはひとまず本当だったのね……」
エリーゼの腕の中で、リルケが「みゃ~~」と一声鳴いて、大きなあくびをした。
* * *
漆黒のローブをまとったその男は、溜めに溜めてもったいぶった様子でそう聞いてきた。
一日の仕事を終えて、火の落ちた暖炉の前で愛猫のリルケを抱いて寝るつもりだったエリーゼは、即座に返事をした。
「お城の舞踏会に興味はありません。王子様に会いたいと思ったことも特にないです。できればお帰りいただきたいです。あなたは一体誰なんですか?」
質問に質問で返してしまった。
男は過剰な仕草で、うなだれていた首を持ち上げた。はずみでフードがはだけて、さらりとした金髪や隠されていた顔があらわになる。
輝きを放つ、濃い翠眼。
夢見がちな乙女が熱に浮かされて噂するような美貌で、にこっと微笑みかけてくる。
なぜかぞくっと寒気が走って、エリーゼは両腕を胸の前で合わせて自分の体を抱きしめた。
男は、構わずによく透る声で告げた。
「君を迎えにきた魔法使いだよ。魔法使い、わかるよね? こう、恵まれない境遇の女の子にぱぱぱーっと魔法をかけて、綺麗なお姫様に仕立てるんだ。それから、台所のかぼちゃを馬車に、そのへんちょろちょろしているねずみを馬や御者に変えて、送り出す。『おっと忘れていた。これこれ』って言いながら、懐から最後の仕上げのガラスの靴を出して」
言いながら、男はローブの懐を探り始めた。
今にもガラスの靴を出してきそうな気配を察し、エリーゼは「待ってください!」と声をかける。
「何が目的なんですか?」
「目的?」
「はい。今の話、魔法使いさんは特に得るものないですよね? 私が恵まれない境遇の女の子認定受けているのはひとまず横におくとして。色々用立ててもらって、お城に行って、王子様と巡りあって……結ばれたとします。そのどのへんに、魔法使いさんの利益がありますか」
「え」
キラキラと光をまとった笑顔のまま、魔法使いは凍りついたように固まった。
エリーゼはそのすきに、足元にすり寄ってきていた茶トラ猫のリルケを抱き上げる。「待ってね、もう少しで話は終わると思う」「にゃーん」素早く会話を交わしてから、向き直った。
「焦らなくていいですから、よく考えて答えてください。それっていわゆる、ボランティア的な何かですか。それとも性癖? 『恵まれない女の子が幸せそうに笑う姿が見たいだけ』という」
「なんでいま性癖って言い換えたの? ボランティアで良いんじゃない?」
「ボランティアなんですか? でもボランティアって言葉、難しいですよね。迂闊に使うとどこかから怒られそうで。その……、魔法使いさんの提案は、どう考えても『私が伴侶を得て高待遇の生活になるのをアシストするだけ』だと思います。他に何かあると言われても何もない。社会的に意義があるとも思えないです。現状私はその申し出を拒否しているのに、そのゴリ押しは、なんといいますか」
そこでエリーゼは、ちらっと男を見た。「押し売りですよね」という一言は、さすがに飲み込む。
男は、すっかり眉が下がっており、どことなく物悲しい表情になっていた。
(何だろう、このいじめてしまったような後味の悪さ。ごめんなさい。「不幸な境遇の女の子」も年季が入っているので、疑い深くなってしまっているんです。裏がないのだとしても、ただただ底の抜けたバケツみたいに穴だらけの提案、受け入れられるはずもなく)
心の中で言い訳をしつつ、リルケをきゅうっと抱きしめて、申し出てみる。
「とりあえず、時間ももう遅いので。魔法使いさんも、まさか前フリなしの一度の交渉で契約が成立するなんて甘い見通しでここに来てはいませんよね? 今日のところは一度お帰りください」
「悪徳業者のような扱いを受けてしまった」
肩を落として呟きながらも、魔法使いは了承したらしい。
エリーゼが案内した裏口から外に出ると「それじゃ、次の舞踏会の夜にまた来るから。今度は心の準備をしておいてね」と言い残し、箒にまたがって飛び上がると、夜空を横切って去った。
「悪徳業者や変質者ではなく、魔法使いということはひとまず本当だったのね……」
エリーゼの腕の中で、リルケが「みゃ~~」と一声鳴いて、大きなあくびをした。
* * *
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる