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【2】屈折していませんか。寝○りですか
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「今日もだめ?」
「だめですね。何度来て頂いてもだめなものはだめです。舞踏会にも、王子様にも、全然興味がありません」
最初の晩から数えて五回目。
お城では「今日こそ未来の王妃を決める!」と意気込んだ王子の婚活舞踏会が空振り続きらしく、すでに五回目の開催となった夜。
魔法使いはいそいそとエリーゼのもとを訪れていた。
そしていつもと変わらぬ会話。
一番最初は突然の来襲につき、あえなくエリーゼに追い払われた魔法使い。
その去り際に予告した通り、二回目以降は追い払われても「次もまた来るから」と言い残していたので、エリーゼにも「今日あたりまた来るのね」と思い巡らす心の余裕が生まれつつあった。
お茶を用意して待つくらいのことはする。
何かと不便な境遇ではあるが、こっそり焼いたビスケットを添えて。
それでも、提案を受け入れる気にはならない。
「純粋に、『女の子を幸せにしたいだけ』っていう、俺の意気込みは感じない? そのへんどう思っているの?」
暖炉の前に座り込み、お茶のコップを手にした魔法使いは、業を煮やしたように質問を変えて聞いてくる。
「そうですね。一言で言うと、『まどろっこしい』でしょうか」
「どうして」
長い睫毛に縁取られた翠眼を細め、魔法使いに聞き返された。
エリーゼはそばにきたリルケを撫でながら慎重に答える。
「たとえば、魔法使いさんが王子様の回し者だとしたら、理解はできると思います。王子様が何らかの理由で私と結ばれる運命にあり、魔法使いさんがそれをアシストする。そういう利害関係はありますか?」
「無い」
「無いとなると、わからないです。そうすると、魔法使いさんは単に『不幸そうな境遇の女の子を幸せにしたい』と思って行動しているだけとなりますね。つまり『不幸そうな女の子』が性癖だと」
「……何故だろう、そういう言い方をされると頷きにくいんだけど、続けて」
会うのも五回目ともなれば、魔法使いもエリーゼの話しぶりには慣れてきているらしい。一回目、二回目は何か言うたびに、ひくっと唇の端を吊り上げていたが、今では余裕の笑みを浮かべている。ただし、今日も今日とて「性癖」と言われたのは気になるのか、特に眼は笑っていない。
気付いていたが、素知らぬふりをしてエリーゼは続けた。
「自分の性癖に合致した女の子を見つけて、幸せにしたい。ここまでは何も不自然ではないのですが、幸せにする方法です。『飾り立ててお金持ちの男とくっつける』ですよ。屈折していませんか」
「言い方」
「どう言い方を変えても、事実は変わりません。要するにあなたは、好きな相手を他の男性とマッチングさせようとしているんです。なんのために? もしかして……、寝と」
「そこまで」
コップを床に置き、魔法使いは両手で顔を覆ってしまった。
エリーゼはリルケを抱き上げて、無言のままリルケのふわふわの背に額を押し付けた。んみゃ、と鳴き声が上がった。
(また今日も言いすぎてしまいました。こんないじめみたいなこともうやめないと。魔法使いさんが何を考えているのかわからなすぎるあまりに、つい)
つい、でひとをいじめていいわけがない。
それでも、顔を見れば「王子に会わせてあげるよ」ばかり言われるので、どうしても反発してしまうのだ。
「魔法使いさん。私たち、もう会わない方がいいと思うの」
「エリーゼ」
顔を上げたエリーゼが深刻な口調で言うと、魔法使いもまた真に迫った表情で名を呼んできた。
「俺たちは、ここで終わりなのか」
「その方がお互いのためだと思います。だって魔法使いさん、私には良いひと過ぎるんですもの」
(いつも素直になれなくてごめんなさい。うまい話には裏があると思うばかりに警戒してしまって。もし本当にあなたに邪な心がなかった場合、私がただただあなたを罵っているだけ。こんな不健全な関係、良いはずがない)
「俺のやり方が悪かったというのなら、改める。やり直せないだろうか」
エリーゼの瞳をまっすぐに見つめ、魔法使いが低い声で囁いてきた。
その問いかけに答えようと口を開きかけ、閉ざす。
何か言うとして、飲み込む。
不自然な間を置いてから、エリーゼはたどり着いた結論を口にした。
「やり直すって、何を……?」
(なんでいま、別れ際の恋人みたいな空気になっていたの?)
* * *
「だめですね。何度来て頂いてもだめなものはだめです。舞踏会にも、王子様にも、全然興味がありません」
最初の晩から数えて五回目。
お城では「今日こそ未来の王妃を決める!」と意気込んだ王子の婚活舞踏会が空振り続きらしく、すでに五回目の開催となった夜。
魔法使いはいそいそとエリーゼのもとを訪れていた。
そしていつもと変わらぬ会話。
一番最初は突然の来襲につき、あえなくエリーゼに追い払われた魔法使い。
その去り際に予告した通り、二回目以降は追い払われても「次もまた来るから」と言い残していたので、エリーゼにも「今日あたりまた来るのね」と思い巡らす心の余裕が生まれつつあった。
お茶を用意して待つくらいのことはする。
何かと不便な境遇ではあるが、こっそり焼いたビスケットを添えて。
それでも、提案を受け入れる気にはならない。
「純粋に、『女の子を幸せにしたいだけ』っていう、俺の意気込みは感じない? そのへんどう思っているの?」
暖炉の前に座り込み、お茶のコップを手にした魔法使いは、業を煮やしたように質問を変えて聞いてくる。
「そうですね。一言で言うと、『まどろっこしい』でしょうか」
「どうして」
長い睫毛に縁取られた翠眼を細め、魔法使いに聞き返された。
エリーゼはそばにきたリルケを撫でながら慎重に答える。
「たとえば、魔法使いさんが王子様の回し者だとしたら、理解はできると思います。王子様が何らかの理由で私と結ばれる運命にあり、魔法使いさんがそれをアシストする。そういう利害関係はありますか?」
「無い」
「無いとなると、わからないです。そうすると、魔法使いさんは単に『不幸そうな境遇の女の子を幸せにしたい』と思って行動しているだけとなりますね。つまり『不幸そうな女の子』が性癖だと」
「……何故だろう、そういう言い方をされると頷きにくいんだけど、続けて」
会うのも五回目ともなれば、魔法使いもエリーゼの話しぶりには慣れてきているらしい。一回目、二回目は何か言うたびに、ひくっと唇の端を吊り上げていたが、今では余裕の笑みを浮かべている。ただし、今日も今日とて「性癖」と言われたのは気になるのか、特に眼は笑っていない。
気付いていたが、素知らぬふりをしてエリーゼは続けた。
「自分の性癖に合致した女の子を見つけて、幸せにしたい。ここまでは何も不自然ではないのですが、幸せにする方法です。『飾り立ててお金持ちの男とくっつける』ですよ。屈折していませんか」
「言い方」
「どう言い方を変えても、事実は変わりません。要するにあなたは、好きな相手を他の男性とマッチングさせようとしているんです。なんのために? もしかして……、寝と」
「そこまで」
コップを床に置き、魔法使いは両手で顔を覆ってしまった。
エリーゼはリルケを抱き上げて、無言のままリルケのふわふわの背に額を押し付けた。んみゃ、と鳴き声が上がった。
(また今日も言いすぎてしまいました。こんないじめみたいなこともうやめないと。魔法使いさんが何を考えているのかわからなすぎるあまりに、つい)
つい、でひとをいじめていいわけがない。
それでも、顔を見れば「王子に会わせてあげるよ」ばかり言われるので、どうしても反発してしまうのだ。
「魔法使いさん。私たち、もう会わない方がいいと思うの」
「エリーゼ」
顔を上げたエリーゼが深刻な口調で言うと、魔法使いもまた真に迫った表情で名を呼んできた。
「俺たちは、ここで終わりなのか」
「その方がお互いのためだと思います。だって魔法使いさん、私には良いひと過ぎるんですもの」
(いつも素直になれなくてごめんなさい。うまい話には裏があると思うばかりに警戒してしまって。もし本当にあなたに邪な心がなかった場合、私がただただあなたを罵っているだけ。こんな不健全な関係、良いはずがない)
「俺のやり方が悪かったというのなら、改める。やり直せないだろうか」
エリーゼの瞳をまっすぐに見つめ、魔法使いが低い声で囁いてきた。
その問いかけに答えようと口を開きかけ、閉ざす。
何か言うとして、飲み込む。
不自然な間を置いてから、エリーゼはたどり着いた結論を口にした。
「やり直すって、何を……?」
(なんでいま、別れ際の恋人みたいな空気になっていたの?)
* * *
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