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【3】目がさめたよ
しおりを挟む咳払いをし、深呼吸をしてから、魔法使いはエリーゼに向き直った。
「これだけはハッキリさせたいと思う。俺の性癖はべつに『寝取り』じゃない」
言った。
「それ、さっき私に言わせなかったのに。私も、言いかけてから、言い過ぎかと思って、後悔していたのに……」
「わかる。だけど、ハッキリさせたかった。確かに俺は不幸そうなひとを幸せにしたいという気持ちがある。物心ついたときからの性格なんだ。見かけると居ても立ってもいられなくて……! それを性癖と認めるのはまだ難しいけど、その観点からするとエリーゼは俺のターゲットとして抜群だった。もう、継母や姉たちに虐げられている姿を見た瞬間、びびびっと」
(業の深い性癖……。不幸な相手を見て興奮するだなんて、一歩間違えればドSだわ)
「どこで見初められたかはわからないけど、びびびっと、ですね。わかりました。続けてください」
「君のために何をすれば良いのか、考えに考えた。それで、お伽噺の魔法使いのように君をヒロインに仕立て上げて幸せにする方法を思いついた。この国の王子と君の出会いを、最高の演出で……! だけどそれは君に拒否されて終わった」
「それでも諦めきれなくて、舞踏会のたびに通うようになってしまった、と」
「愚かな男さ」
うなだれてしまった魔法使いからは、寂寥感が漂っている。
なぐさめたいと思ったが、適切な言葉が思い浮かばず、エリーゼは無言になってしまった。
強く抱きしめられたリルケが「みゃうう」と鳴いた。
気を取り直したように、魔法使いは顔を上げる。
「そうだ。これでは『真の性癖は寝取りでは?』と言われても仕方ない」
「その件に付きましては、申し訳有りませんでした」
「謝らなくていい。言われて俺も気付いた。寝取りだ」
輝く美貌の青年に、若干の問題のある単語を何度も繰り返し言われて、エリーゼは本気で土下座をしそうになりかけた。
(確実に傷つけてしまった)
後悔しながら「ごめんなさい」と声を絞り出す。
魔法使いは淡い笑みを浮かべ、首を振った。
「目がさめたよ。君の言うことはもっともだ。好きな相手がいるなら、他の男をあてがうことなど考えず、自分で手を下すべきだ」
「手を下すとは」
言葉選びが不穏なのですが? と首を傾げたエリーゼに対し、魔法使いは力強く続けて言った。
「君を幸せにしたい。それが俺の偽らざる気持ちだ」
エリーゼはその顔をじっと見つめた。
初めて会った時同様、裏も嘘偽りもなさそうな笑顔。澄んだまなざし。
ぎゅうっとリルケを抱きしめて、恐る恐る口にする。
「別れ話が一転、やり直すみたいな空気になっていますけど、私たち、付き合っていたことはないですよね?」
変な確認をしてしまったが、それを耳にした魔法使いは破顔一笑して朗らかに言った。
「実は俺もそんな気がしていた。付き合っていたことはないし、現状付き合っているわけでもない。だからこの申込を持って、そういう関係に進みたいと考えている。どうだろう」
ふぎゃっと声上げ、リルケが腕を逃れていった。
エリーゼはそちらを気にしつつも、いまこのときを逃しては、と魔法使いに向き合って答えた。
「何度も会って話すうちに、あなたと会う時間が楽しみになっていました。会ったこともない王子様よりも、私にはあなたが」
神妙な顔をして返事を待っていた魔法使いは、そっと手を伸ばしてエリーゼの手をとり、その指先に唇を寄せて口づけた。
俺も、と密やかな声を添えて。
次いで、決然とした口調で告げた。
「本当は君を攫うことばかり考えていた。だけど君の性格を考えると、そういう方法はふさわしくない。明日もう一度、昼の時間にこの家を訪れて、君を迎えにくる。心の準備をしておいてね」
少し離れた位置で、リルケはあくびをしてから、背を向けた。
その背に向けて、魔法使いは真摯な態度のまま「君もだよ」と呼びかけた。
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