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役者の真似事
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「アドリアーナは双子の妹。うちの看板役者であるのも間違いない。けど……、最近ああいう手合が多くて。舞台がはねたら、お偉方に侍ろってお誘いがね。お誘いっていうか、強制で、こっちの言う事なんか聞きやしない……。それでひとまず俺が対応に。追い払うつもりだったし、襲われても男だ。この顔は、化粧を落とせばもちろんこんなに派手でもないんです」
王族用の貴賓席にひとまず引き返し、ユスティアナはソファに腰掛けて事情を聞いた。
アドリアーナの姿をした人物は、舞台に向かって開けた半円型の手すりの側に、腕を組んで立つ。
軽く身を乗り出して一般席を見下ろしてから、ユスティアナを振り返った。
「俺の名前はエドワルトです。役者、ではないんですけど、いざとなったら、その真似事くらいは」
怒りの去った花の顔には、淡い微笑が浮かんでいる。そうして見ると、近寄りがたいほどの威圧感は消え失せ、はにかんだ青年の素顔が見えた気がした。
しかし、そうかと思えば表情ひとつで「エドワルト」ではなく「アドリアーナ」にも見えてくる。まるで魔法のように鮮やかな変化。
ユスティアナは打ちのめされるほどの感動を覚えて、目を輝かせる。
「役者さんに見えます……! あなたが本当はアドリアーナさんではないとしても、いまのあなたはアドリアーナさんとして生きています」
「俺は脚本を書き、演出もしますが、こんな機会でもなければ『演じる』ことなんて無いんです。本物の役者にはかないませんよ、まったく」
不覚にもそのときになって初めて、ユスティアナは目の前で笑い声を立てている人物が誰か思い当たった。本日の演目「愛と野望のオフィーリア」の作者。新進気鋭の劇作家にして演出家。
「エドワルトさん……、エドワルトさん。ああ、エドワルトさんでしたのね」
手と手を組み合わせ、しきりと頷くユスティアナ。
エドワルトはにやりと不敵に笑ってから、すぐに表情を切なげに引き締めて、口を開く。
「『たとえどれほどの苦難があなたと私を引き裂いても、この愛は永遠です』」
何度も聞いてすでに染み込むほどに覚えた、アドリアーナ演じるヒロイン、オフィーリア姫の決めゼリフ。
ユスティアナはその場で立ち上がり、数歩進んで跪く。オフィーリアの手の甲に口づけて、感激のあまり潤んだ目で見上げた。
今の気分はまさにオフィーリア姫の従者にして恋人役・クロード。
「『オフィーリアさま。この命、あなたに捧げます。生涯ただひとり、あなただけが我が主』」
「『クロード。ああ、あなたはなぜクロードなの。どれほどの愛があっても、私とあなたを阻む壁がある。身分というこの忌まわしき……』」
「『壁など』」
熱に浮かされたようにユスティアナはそのセリフを囁き、素早く立ち上がる。有無を言わさずにオフィーリアに腕を回し、熱烈な抱擁を……。
「ちょっと待って、お姫様! これ以上はいけません! 姫様の貞操が! 俺は男ですから!!」
オフィーリア姫を演じていたエドワルトが素に戻り、胸の前で両手を突っ張って、逃げていく。
抱擁をかわされたユスティアナは「もうちょっとだったのに」と悔しさのあまり呟き、「だめですって」とエドワルトにダメ押しをされた。
「俺は男で、平民。お姫様は……、お姫様でしょう? 連日、当劇場まで足を運んで頂きありがとうございます。お目にかかるのは初めてですが、もちろん姫様のことは存じ上げております。数年前から……、いつもこの席から、舞台をご覧になっていますね、最後の最後まで。ありがとうございます」
エドワルトは深々とお辞儀をしてから顔を上げ、まっすぐにユスティアナを見つめてきた。目が合うと、眩しさに耐えるように両目を細め、低い声で続けた。
「まさかこうしてお会いすることになるとは。いつも遠くて」
「わたくしもまさにそう思っていました。あなたとお話したり、まさか演劇をご一緒させていただく機会があるだなんて。さきほどのオフィーリアとクロードの続きもう少しだけお願いできません? 劇の中では、二人はここで熱い抱擁をかわしますよね……!」
ほんの一瞬、オフィーリアに酷似した人物相手に演劇を体験したことで、ユスティアナは興奮しきり。欲が出て、おねだりしてしまった。
エドワルトはほんの少しの甘さも見せずに、ぴしゃりと言い放つ。
「劇は劇。もう幕は下りました。お客様はお帰りの時間ですよ。そろそろ姫様の従者も戻って来る。今晩ここであったことは、ぜひとも内密に。この首が胴体と切り離されるのは、せめてこの公演の日程をすべて終えるまで」
「そんなことしません!!」
答えたそのとき、廊下から「殿下」と控えめな声がかけられた。
エドワルトは唇をぴたりと閉じて、目の動きだけで「行ってください」と伝える。
ユスティアナは、つれないエドワルトを見つめて、素早く告げた。
「あなたに会ったことは誰にも言わない。でもグレン子爵はギッタギタにする。二度とここで観劇を楽しもうなどと思えないくらい、凄惨な目にあわせてくるわ」
声を出せないエドワルトは、目を細めて困ったように笑い、唇を「たのもしいですね」と動かして再び引き結んだ。
ユスティアナは二、三度頷いてから、従者に聞こえるように「今、行きます」と声を張り上げる。エドワルトの姿を目に焼き付けるように見つめ続けてから、ようやく踵を返す。
どうしても。
言わずにいられない気持ちを抑えきれずに肩越しに振り返り、小声で言った。
「明日もお会いできると嬉しいです。もしよろしければ」
背を向けて、厚い布をかきわけ、廊下へと姿を消す。
立ち尽くして見送る形となったエドワルトは「よろしいはずが……」と独り言をもらし、自分の口を手でおさえて、立ち尽くした。
王族用の貴賓席にひとまず引き返し、ユスティアナはソファに腰掛けて事情を聞いた。
アドリアーナの姿をした人物は、舞台に向かって開けた半円型の手すりの側に、腕を組んで立つ。
軽く身を乗り出して一般席を見下ろしてから、ユスティアナを振り返った。
「俺の名前はエドワルトです。役者、ではないんですけど、いざとなったら、その真似事くらいは」
怒りの去った花の顔には、淡い微笑が浮かんでいる。そうして見ると、近寄りがたいほどの威圧感は消え失せ、はにかんだ青年の素顔が見えた気がした。
しかし、そうかと思えば表情ひとつで「エドワルト」ではなく「アドリアーナ」にも見えてくる。まるで魔法のように鮮やかな変化。
ユスティアナは打ちのめされるほどの感動を覚えて、目を輝かせる。
「役者さんに見えます……! あなたが本当はアドリアーナさんではないとしても、いまのあなたはアドリアーナさんとして生きています」
「俺は脚本を書き、演出もしますが、こんな機会でもなければ『演じる』ことなんて無いんです。本物の役者にはかないませんよ、まったく」
不覚にもそのときになって初めて、ユスティアナは目の前で笑い声を立てている人物が誰か思い当たった。本日の演目「愛と野望のオフィーリア」の作者。新進気鋭の劇作家にして演出家。
「エドワルトさん……、エドワルトさん。ああ、エドワルトさんでしたのね」
手と手を組み合わせ、しきりと頷くユスティアナ。
エドワルトはにやりと不敵に笑ってから、すぐに表情を切なげに引き締めて、口を開く。
「『たとえどれほどの苦難があなたと私を引き裂いても、この愛は永遠です』」
何度も聞いてすでに染み込むほどに覚えた、アドリアーナ演じるヒロイン、オフィーリア姫の決めゼリフ。
ユスティアナはその場で立ち上がり、数歩進んで跪く。オフィーリアの手の甲に口づけて、感激のあまり潤んだ目で見上げた。
今の気分はまさにオフィーリア姫の従者にして恋人役・クロード。
「『オフィーリアさま。この命、あなたに捧げます。生涯ただひとり、あなただけが我が主』」
「『クロード。ああ、あなたはなぜクロードなの。どれほどの愛があっても、私とあなたを阻む壁がある。身分というこの忌まわしき……』」
「『壁など』」
熱に浮かされたようにユスティアナはそのセリフを囁き、素早く立ち上がる。有無を言わさずにオフィーリアに腕を回し、熱烈な抱擁を……。
「ちょっと待って、お姫様! これ以上はいけません! 姫様の貞操が! 俺は男ですから!!」
オフィーリア姫を演じていたエドワルトが素に戻り、胸の前で両手を突っ張って、逃げていく。
抱擁をかわされたユスティアナは「もうちょっとだったのに」と悔しさのあまり呟き、「だめですって」とエドワルトにダメ押しをされた。
「俺は男で、平民。お姫様は……、お姫様でしょう? 連日、当劇場まで足を運んで頂きありがとうございます。お目にかかるのは初めてですが、もちろん姫様のことは存じ上げております。数年前から……、いつもこの席から、舞台をご覧になっていますね、最後の最後まで。ありがとうございます」
エドワルトは深々とお辞儀をしてから顔を上げ、まっすぐにユスティアナを見つめてきた。目が合うと、眩しさに耐えるように両目を細め、低い声で続けた。
「まさかこうしてお会いすることになるとは。いつも遠くて」
「わたくしもまさにそう思っていました。あなたとお話したり、まさか演劇をご一緒させていただく機会があるだなんて。さきほどのオフィーリアとクロードの続きもう少しだけお願いできません? 劇の中では、二人はここで熱い抱擁をかわしますよね……!」
ほんの一瞬、オフィーリアに酷似した人物相手に演劇を体験したことで、ユスティアナは興奮しきり。欲が出て、おねだりしてしまった。
エドワルトはほんの少しの甘さも見せずに、ぴしゃりと言い放つ。
「劇は劇。もう幕は下りました。お客様はお帰りの時間ですよ。そろそろ姫様の従者も戻って来る。今晩ここであったことは、ぜひとも内密に。この首が胴体と切り離されるのは、せめてこの公演の日程をすべて終えるまで」
「そんなことしません!!」
答えたそのとき、廊下から「殿下」と控えめな声がかけられた。
エドワルトは唇をぴたりと閉じて、目の動きだけで「行ってください」と伝える。
ユスティアナは、つれないエドワルトを見つめて、素早く告げた。
「あなたに会ったことは誰にも言わない。でもグレン子爵はギッタギタにする。二度とここで観劇を楽しもうなどと思えないくらい、凄惨な目にあわせてくるわ」
声を出せないエドワルトは、目を細めて困ったように笑い、唇を「たのもしいですね」と動かして再び引き結んだ。
ユスティアナは二、三度頷いてから、従者に聞こえるように「今、行きます」と声を張り上げる。エドワルトの姿を目に焼き付けるように見つめ続けてから、ようやく踵を返す。
どうしても。
言わずにいられない気持ちを抑えきれずに肩越しに振り返り、小声で言った。
「明日もお会いできると嬉しいです。もしよろしければ」
背を向けて、厚い布をかきわけ、廊下へと姿を消す。
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