余命三ヶ月の令嬢と男娼と、悪魔

有沢真尋

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【本編】

メイドが言うには

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 薄暗い玄関ホールに足を踏み入れると、地味な藍色のドレスにエプロン姿の若いメイドが歩み寄って来た。

「おかえりなさい、レスターさん。そちらの方が……」

 火の灯らぬシャンデリアの下、ちらりとアレンを見て、口ごもる。男娼、と言いあぐねて言葉を探している様子。

「いま帰りました、メアリー。彼は私が直接お願いしてお招きしたお嬢様の客人です。良い話し相手になると思います。アレンといいます」

 おそらく、同僚というよりは部下にあたると思《おぼ》しき女性相手にも、レスターは丁寧な口調で説明をした。

(兄弟ってことはひとまず隠す、と。屋敷の中も探りにくくなるだろうし、俺がヘマをした場合、兄様へのダメージも大きい。お嬢様にバレて、兄様がお嬢様を納得させるために弟でごまかし、嘘をついただけ、と思われてしまうのもよろしくない。お嬢様としては余命をかけた最後のお願いなんだから、そこは俺も「男娼」として完璧に)

 頭の中でレスターとの決め事を素早くさらい、アレンは如才ない笑みを相手に向ける。

「どうぞよろしくお願いします」
「私の弟です」

 挨拶した側から、あっさり関係性を暴露されてアレンは目をむいた。レスターはちらっとアレンを見て薄く笑う。

「秘密が多くても疲れるぞ。お嬢様の前で完璧であれば、それで良い」

 メアリーというメイドはほっとした様子で、目元を和ませた。レスターを見て、いたずらっぽく笑う。

「弟さんの前では、そういう顔をなさるんですね。私、初めて見たかも」

 レスターはその言葉に微笑みだけで応えて、アレンに歩くように促した。メアリーが、素早く「待ってください」と声を上げる。

「お嬢様がお待ちです。旦那様が、お客様がお見えになっても挨拶は後で良いからお嬢様優先で、と。起きている時間がとても短いので……」

 ちらりとアレンを見る。レスターが「会えるときを逃してはいけない」と付け加えたので、アレンもすぐに状況を飲み込んだ。

「了解」

 優美な彫りの施された手すりの階段を登り、先導するメアリーに従って長く薄暗い廊下を進む。レスターといくつか言葉をかわしつつ、アレンは手ぐしで髪をわざと乱し、シャツのボタンをひとつふたつ、外した。

(死ぬまでに初夜を済ませたいから男娼を用意しろと言って、用意させてしまうだなんて。さてどんな気性の激しいお嬢様のお出ましか)

 癇癪持ちの気難しくわがままなご令嬢。
 その実、内面は死への不安に揺れ動き、誰かにすがらずにはいられない……。

 クララに対してアレンが漠然と抱いていたその先入観は、本人に会った瞬間、脆くも崩れ去ることになる。
 事態はそんな生易しいものではなかったのだ。
 
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