11 / 14
【本編】
幕引き
しおりを挟む
昔からよくある手段なんだが、とレスターは淡々と話し始めた。
「白粉に毒粉を混ぜて配偶者《パートナー》に挨拶がてら頬にキスをさせ、僅かずつ摂取させる。すぐに死に至らなくても、蓄積した毒は確実に摂取した人物の体を蝕む。夫人はこの方法で、伯爵の命を狙っていたようだ」
「あの厚塗りにはそういう意味が……」
アレンが感心とも呆れともつかぬ呟きをもらすと、レスターが重々しく頷いた。
レスターはレスターで、夫人の白粉を入手し、独自に調べていたらしい。エリックによる鑑定結果をアレンが手短に伝えると、得心した様子で続けた。
「おそらく、伯爵の殺害計画自体は長期にわたって組まれていたと思うが、一年前の法改正で事情が変わった。伯爵が亡くなっても、財産はマクレイ卿に渡らず、夫人とお嬢様で半々。確実に夫人に財産を集中させようとすると、お嬢様の存在が邪魔となる。伯爵よりも先に、まずお嬢様、と方針が変わった」
うろうろと好き勝手に歩き回っているエリックの存在は、ひとまず全員で見ないものとして。
レスターの背後に控えていたメアリーが、手をもみ絞りながら発言した。
「漠然と嫌なものは感じていたんですけど、私の力だけではどうにもできず……。お嬢様の実のお母様が公爵家に縁の有る方だったことを思い出し、藁にもすがる思いで次期公爵様に助けを願い出たんです。取り合って頂けるか不安だったんですけど、レスターさんを派遣してくださって。だけど、どうしてもレスターさんの仕事の領分は伯爵様のおそばで、お嬢様をお守りする手が足りませんでした……」
(メアリーさんは最初から味方で、事情を知っている側だったのか。兄様が俺にあまり事情を話さなかったのは……先入観を排して公平な視点で状況を整理させるため、かな?)
自分に声がかかるまでの経緯をおぼろげに掴み、アレンは一応納得した。自分のひととなりをよく知っているレスターだけに、必要があれば過不足なく働くと信じていたに違いない。
実際に、クララの部屋から証拠品を見つけ出したのはアレンだ。だがそれよりも、夫人やマクレイ卿、あるいはもっと他の不審人物を近づけない護衛の役目のほうが、より重要だったように思われた。
なにしろ、そういった男手を必要としていても、下手に手順を踏んで婚約者などといった方法で屋敷に入り込もうとすれば、激しい妨害や抵抗でおそらく失敗に終わっていたはず。時間にも限りがあり、体裁には構っていられなかったのだろう。それゆえの、男娼。クララに言わせれば「色欲」担当……。
ソファに座ったまま話に耳を傾けていたクララは、直立不動のレスターを見上げて口を開く。
「よくある手段と言うけれど、世間知らずの私ではそんな方法は思いつきもしなかったわ。義母とマクレイ卿の企みを暴いてくれてありがとう」
「どういたしまして。その御礼はぜひ私の主に。お嬢様のお母様と生前に面識があったそうで、もともと気にかけていました。証拠の品を押さえることもできましたし、伯爵にも話は通してあります。ただ、事を荒立ててしまえば醜聞となり、メイナード伯爵家にも痛手となりますので、ここからの処遇は伯爵の判断となりますが」
幕引きのような挨拶にふと不安を覚え、アレンは確認の意味で質問をした。
「レスターさんが執事としてこの屋敷に来たのは陰謀を暴くためだったとして……、公爵邸にお帰りになるんですか」
「いくつか残務があるので、すぐにというわけでは。君も頃合いを見て解放します」
兄弟という事実はクララの前でもあり、両者ともかろうじて伏せたまま。
(解放……。たしかに兄様のお役目が終わったら、俺も残る理由は無いんだろうけど。お嬢様は……。毒を排除できたとしても、体が弱っているのはどうにもできないし、余命宣告も)
本来、看取るような間柄ではない。クララも一連の事情がわかった以上、アレンにここに残れとは言わないだろう。
あとは、アレンがどうするか、であった。
自然と目を伏せ、思いを巡らせる。
(「悪魔」の件が兄様とお嬢様の示し合わせた嘘だとしても。七つの大罪は結局、どれもこれもまともに完遂できていない)
顔を上げて、レスターを見つめた。
いつものように、笑って告げた。
「僕もまだ残務が。すぐに解放して頂かなくて結構です。お嬢様とやり残したことがまだたくさん、ありますので」
「白粉に毒粉を混ぜて配偶者《パートナー》に挨拶がてら頬にキスをさせ、僅かずつ摂取させる。すぐに死に至らなくても、蓄積した毒は確実に摂取した人物の体を蝕む。夫人はこの方法で、伯爵の命を狙っていたようだ」
「あの厚塗りにはそういう意味が……」
アレンが感心とも呆れともつかぬ呟きをもらすと、レスターが重々しく頷いた。
レスターはレスターで、夫人の白粉を入手し、独自に調べていたらしい。エリックによる鑑定結果をアレンが手短に伝えると、得心した様子で続けた。
「おそらく、伯爵の殺害計画自体は長期にわたって組まれていたと思うが、一年前の法改正で事情が変わった。伯爵が亡くなっても、財産はマクレイ卿に渡らず、夫人とお嬢様で半々。確実に夫人に財産を集中させようとすると、お嬢様の存在が邪魔となる。伯爵よりも先に、まずお嬢様、と方針が変わった」
うろうろと好き勝手に歩き回っているエリックの存在は、ひとまず全員で見ないものとして。
レスターの背後に控えていたメアリーが、手をもみ絞りながら発言した。
「漠然と嫌なものは感じていたんですけど、私の力だけではどうにもできず……。お嬢様の実のお母様が公爵家に縁の有る方だったことを思い出し、藁にもすがる思いで次期公爵様に助けを願い出たんです。取り合って頂けるか不安だったんですけど、レスターさんを派遣してくださって。だけど、どうしてもレスターさんの仕事の領分は伯爵様のおそばで、お嬢様をお守りする手が足りませんでした……」
(メアリーさんは最初から味方で、事情を知っている側だったのか。兄様が俺にあまり事情を話さなかったのは……先入観を排して公平な視点で状況を整理させるため、かな?)
自分に声がかかるまでの経緯をおぼろげに掴み、アレンは一応納得した。自分のひととなりをよく知っているレスターだけに、必要があれば過不足なく働くと信じていたに違いない。
実際に、クララの部屋から証拠品を見つけ出したのはアレンだ。だがそれよりも、夫人やマクレイ卿、あるいはもっと他の不審人物を近づけない護衛の役目のほうが、より重要だったように思われた。
なにしろ、そういった男手を必要としていても、下手に手順を踏んで婚約者などといった方法で屋敷に入り込もうとすれば、激しい妨害や抵抗でおそらく失敗に終わっていたはず。時間にも限りがあり、体裁には構っていられなかったのだろう。それゆえの、男娼。クララに言わせれば「色欲」担当……。
ソファに座ったまま話に耳を傾けていたクララは、直立不動のレスターを見上げて口を開く。
「よくある手段と言うけれど、世間知らずの私ではそんな方法は思いつきもしなかったわ。義母とマクレイ卿の企みを暴いてくれてありがとう」
「どういたしまして。その御礼はぜひ私の主に。お嬢様のお母様と生前に面識があったそうで、もともと気にかけていました。証拠の品を押さえることもできましたし、伯爵にも話は通してあります。ただ、事を荒立ててしまえば醜聞となり、メイナード伯爵家にも痛手となりますので、ここからの処遇は伯爵の判断となりますが」
幕引きのような挨拶にふと不安を覚え、アレンは確認の意味で質問をした。
「レスターさんが執事としてこの屋敷に来たのは陰謀を暴くためだったとして……、公爵邸にお帰りになるんですか」
「いくつか残務があるので、すぐにというわけでは。君も頃合いを見て解放します」
兄弟という事実はクララの前でもあり、両者ともかろうじて伏せたまま。
(解放……。たしかに兄様のお役目が終わったら、俺も残る理由は無いんだろうけど。お嬢様は……。毒を排除できたとしても、体が弱っているのはどうにもできないし、余命宣告も)
本来、看取るような間柄ではない。クララも一連の事情がわかった以上、アレンにここに残れとは言わないだろう。
あとは、アレンがどうするか、であった。
自然と目を伏せ、思いを巡らせる。
(「悪魔」の件が兄様とお嬢様の示し合わせた嘘だとしても。七つの大罪は結局、どれもこれもまともに完遂できていない)
顔を上げて、レスターを見つめた。
いつものように、笑って告げた。
「僕もまだ残務が。すぐに解放して頂かなくて結構です。お嬢様とやり残したことがまだたくさん、ありますので」
6
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです
ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。
そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、
ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。
誰にも触れられなかった王子の手が、
初めて触れたやさしさに出会ったとき、
ふたりの物語が始まる。
これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、
触れることから始まる恋と癒やしの物語
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる