こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士

有沢真尋

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第十二章 友達とか家族とか(後編)

工房にて

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 魔導士工房の作業場のひとつ。

 いくつもの台が並ぶ中、器材で薬草の調合や魔石の調整といった作業に従事していた魔導士たちのすべてが、頬を強張らせて指先までぎくしゃくとし、ぎこちなく動いている。
 どこからどう見ても、緊張している様子。

「ここは危険なものは扱ってない。うちで一番大きい作業場。毒草も爆薬もないから混ぜるな危険ってこともなくて比較的安全。初歩的な技術指導を兼ねているから魔導士や見習いが混在していて人数が多いし、子どもも出入りしている。俺もガキの頃はそのへんでちょろちょろ遊んでいた」
 
 戸口からすぐのところに立って、工房出身の魔導士であるヴァレリーが隣の人物に説明している。
 耳を傾けているのは、一目で異質と知れる、銀髪の青年。黒縁眼鏡のレンズの奥から放たれる眼光はひらすらに鋭い。
 入ってきた瞬間から「ただ者ではない」という存在感。
 工房の古参には馴染みのヴァレリーが「見物人だから気にしないで作業続けてください」と、ひとまずの身元保証をして動揺を抑え込もうとはしたが、一度気にしてしまえば気にしないなど無理というもの。

 少年のような若い魔導士が、ついに震える指先から陶器のすり鉢を落とした。
 床に触れて割れる前に、複数人が魔力を飛ばして浮かせようとする。その気遣いが絡まって強力に作用し、すり鉢は弾けるように飛び上がり、折り悪く銀髪の青年へと向かった。
 声にならない悲鳴があちこちから上がる。
 青年はちらり、と視線を向けた。その視線の先で、すり鉢は凍りついたように動きを止めて、ゆっくりと青年の頭上から下り、手の中に収まった。

「魔法を動力にした、家庭用の簡単な魔道具をあっち側で作ってる。それは毒消しな。回復薬とか睡眠薬といった一般に需要の高いもの……で、万が一子どもが触っても害のないようなものをその辺で作ってる」

 鉢の中ですり潰された緑の葉を見下ろして、ヴァレリーが何もなかったように青年に話し続ける。青年もまた「興味深い」と穏やかな声で返事をしてから、室内に視線をすべらせた。

「す、すみませんでした。お怪我などはっ」

 すり鉢を落とした魔導士が、上ずった声で謝りつつ、近寄ってくる。

「見ての通り何もない。心配無用。これは返そう」

 青年は無駄のない話しぶりで答え、すり鉢を差し出す。面と向かい合った魔導士は、青年の美貌を目の当たりにしてまぶしそうに目を細め、救いを求めるようにヴァレリーの方へと顔を向ける。このひとは一体何者ですか、とその顔に書いてある。疑問にどう答えるべきかヴァレリーは少し考えたが、うまい説明が思い浮かばず、大変単純な言葉で青年を表現した。

「これは魔王だ」

 言われた魔導士は、「あ、ああ~」と深く感じ入ったように相槌を打った。

「言い得て妙ですね!! いや、人間離れした美人だなって思いましたが、魔王、あ~、なるほど。魔王級美人。わかりますわかります」

 調子の良いセリフのようだが、たしかに銀髪の青年は人並み外れた容姿をしており、どれほど大げさに表現をしても、不足こそあれお世辞にはなり得ない。
 背後で固まっていた他の面々も「魔王、言われてみれば魔王」などと、ほっとした様子で雑談を始めている。
 ヴァレリーはあごひげを手で扱きながら「わかってない。何もわかってない」と小声で呟くも、積極的に否定する素振りは見せず、青年へと向き直った。

「本物……なんだけどな。後から『なんで言わなかった』て言われるくらいなら先に言っておこうかと思ったんだが、通じなかった」
「さて。俺の場合、『自称』の上に『元』だから、本物と言うのも違うかな。あのくらいの受け止め方で良いんじゃないか」

 際どい素性を明かされたものの、比喩と勘違いされたために深刻に受け止められなかった元魔王ルーク・シルヴァは、問題ないという態度でさらりと返す。
 毒気を抜かれた様子で、ヴァレリーは「あっさりしてんなぁ」と独り言のように言った。
 すでに先程までの張り詰めた緊張感は弛緩しており、二人には特段大きな注意を向けられていない。その中にあって、肩を並べたまま会話を交わす。

「魔道具工房、興味深い。もともと数の多くなかった魔導士は、いまもゆるやかに減りつつある。こうして魔力を込めた魔道具を一般人向けに作りながら、いずれ魔力に変わる仕組みを開発して、いつか魔導士も魔族もいなくなった世界に備えるんだろうな、人間は」

 ルーク・シルヴァがそう言うと、ヴァレリーは小首を傾げて聞き返した。

「魔族もいなくなるんですかね。死なない限り、寿命に関しては人間より遥かに長いのでは?」

 翠の瞳は立ち働く魔導士たちを見つめたまま、ルーク・シルヴァは淡々と話を続けた。

「数は減り続けている。たとえば人間同士の戦争でも、奇策を用いない限り、大局を決めるのは戦力差、つまり人数だろう。同じだよ。数において極端に少ない種族が、世界の覇権を握るのは難しい。その意味では繁殖率の低い魔族は初めから未来のない生き物だった」
「未来……」

 口の中で呟いたヴァレリーが、さらに何か言おうとしたそのとき。
 すぐそばのドアが開いて、若い魔導士がヴァレリーを見つけると伝言を告げた。

「お連れの方が目を覚まされましたよ。いま、師匠とお話をされています」
「わかった。すぐ行く」

 返事とともに、ヴァレリーとルーク・シルヴァは連れ立って部屋を後にする。
 残された者たちは、風のように立ち去るその後姿をちらりと見て「魔王級の美形、迫力ある」と感慨深げにうなずき合っていた。

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