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第十一章 友達とか家族とか(前編)
おかえり
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記憶にあるよりも、ずっと老けた姉・マルサの顔を見たら、どうしても言葉が出なかった。
マルサはあまり愛想のない女性であり、その表情はいかめしい。呆然と見つめるだけのクロノスに対し、目を細めてぶっきらぼうに言った。
「顔かたちは違っても、表情は同じだね。子どもの頃から、どうにもぼんやりしてた。あんたが最後の最後で戦死したと聞いたときは、正直『らしいな』って思ったものだよ。そこを生き延びれば帰ってこれたのに。大事なところで死んで……。ふつうはね、死んだら、帰ってこれないんだよ」
年齢的にはもう老境に差し掛かっている。体型も若い頃とは違う。それでも、彼女は兄姉の中で一番ステファノに似通った容姿をしていた。そこに、年を取ること無く逝った青年、在りし日の自分の面影を見て、クロノスはゆっくりと目を瞬いた。
目の縁が熱い。もう一度瞬いたときに、涙が右の目からぼろりとこぼれおちた。間をおかず、左目からも。
喉も焼けるように熱い。手で口をおさえて、嗚咽を押し込めながら、クロノスはなんとか声を発した。
「死んでしまって、ごめんなさい」
涙が止まらず、まともに言葉が出てこない。
両目を閉ざしても、瞼から涙が溢れ出す。どんなに口を押さえても、唸り声のように嗚咽が漏れ出る。
自分を全然制御しきれない。
静まり返った部屋に、自分がしゃくりあげる泣き声だけが響く。
やがて、マルサがため息交じりに言った。
「それが……、それが、あんたがずっと言いたかったことなの? 生きて帰れなかったことを、申し訳なく思っていたの? その罪悪感は、あんたには重かっただろうね」
(帰ろうと……、帰らなければいけないとは思っていて……。待っているだろうなってわかっていたから。戦いの中に俺を送り出したひとたちが、無事を願ってくれていること……わかっていたから)
心配されているのを知っていた。
安心させたいとも思っていた。
自分が帰らなければいろんなひとが傷つくことを、よくわかっていた。
愛されていた。それを、ステファノは正しく受け止めていた。愛していた。家族や周囲のひとを。
「ごめんなさい……。ごめん、なさい……。無事な姿を、見せなければいけなかったのに……」
うわごとのように繰り返す。胸につかえていた言葉。どうしても言いたかったこと。
目を見開いても、涙によって視界は歪んでいる。
戸口に立ったままのマルサは、いっそう目を細めて渋い顔で言った。
「あんたさ。死んでから二十年以上経ってるんだよ。そんなに長い間、ひとりで抱えていたの」
「時間……。そうだ、時間……。みんな忘れて……」
(ああ、これは独りよがりの苦しみ。もう誰もステファノのことなんか覚えてないのに。俺は何を)
マルサの言葉を解釈して、自分の中で理解しやすいように理解しようとする。傷を和らげようとするかのように。自分の。そして、周囲も傷つかなかったと思い込もうとするために。
そのクロノスに向かって、マルサは見透かしたように「違うからね」と呟いた。
「忘れてないし覚えていたよ。みんなが、なんて言えないけど、少なくとも私は。それでね、いつかひょっこり帰って来ないかなっていつも思っていたの。それがさ、こうして帰ってきたわけじゃない。見た目はたしかに違うんだけど、同じよーな顔をして、ああ、これはステファノなんだってひとめでわかった。だからね、そういう感じで迎えようって思っていたの。それなのに、また死にそうな顔をしながら謝られたら、困るのよね。もっと何気なく言ってくれたら、こっちだって、こんなに泣かないですんだのに」
マルサの声が涙に濡れていることに、クロノスは遅ればせながら気づいた。
何度も瞬いて、細めていた目から、ついに涙が流れ出している。
かけるべき言葉がわからぬまま、唇を震わせたクロノスに対し、マルサは枯れた喉から絞り出すように告げた。
「もっとあるだろう、久しぶりに帰ってきたときに言うことは。他に」
「他にって」
「家を出て、帰ってきたら、なんていうのさ」
「……………………ただいま?」
疑問形で、ようやく言えた。
マルサは何度か頷いてから、袖で涙を拭って言った。
「おかえり。ちょっとばかし、遅かったけど、ちゃんと待っていたからね」
マルサはあまり愛想のない女性であり、その表情はいかめしい。呆然と見つめるだけのクロノスに対し、目を細めてぶっきらぼうに言った。
「顔かたちは違っても、表情は同じだね。子どもの頃から、どうにもぼんやりしてた。あんたが最後の最後で戦死したと聞いたときは、正直『らしいな』って思ったものだよ。そこを生き延びれば帰ってこれたのに。大事なところで死んで……。ふつうはね、死んだら、帰ってこれないんだよ」
年齢的にはもう老境に差し掛かっている。体型も若い頃とは違う。それでも、彼女は兄姉の中で一番ステファノに似通った容姿をしていた。そこに、年を取ること無く逝った青年、在りし日の自分の面影を見て、クロノスはゆっくりと目を瞬いた。
目の縁が熱い。もう一度瞬いたときに、涙が右の目からぼろりとこぼれおちた。間をおかず、左目からも。
喉も焼けるように熱い。手で口をおさえて、嗚咽を押し込めながら、クロノスはなんとか声を発した。
「死んでしまって、ごめんなさい」
涙が止まらず、まともに言葉が出てこない。
両目を閉ざしても、瞼から涙が溢れ出す。どんなに口を押さえても、唸り声のように嗚咽が漏れ出る。
自分を全然制御しきれない。
静まり返った部屋に、自分がしゃくりあげる泣き声だけが響く。
やがて、マルサがため息交じりに言った。
「それが……、それが、あんたがずっと言いたかったことなの? 生きて帰れなかったことを、申し訳なく思っていたの? その罪悪感は、あんたには重かっただろうね」
(帰ろうと……、帰らなければいけないとは思っていて……。待っているだろうなってわかっていたから。戦いの中に俺を送り出したひとたちが、無事を願ってくれていること……わかっていたから)
心配されているのを知っていた。
安心させたいとも思っていた。
自分が帰らなければいろんなひとが傷つくことを、よくわかっていた。
愛されていた。それを、ステファノは正しく受け止めていた。愛していた。家族や周囲のひとを。
「ごめんなさい……。ごめん、なさい……。無事な姿を、見せなければいけなかったのに……」
うわごとのように繰り返す。胸につかえていた言葉。どうしても言いたかったこと。
目を見開いても、涙によって視界は歪んでいる。
戸口に立ったままのマルサは、いっそう目を細めて渋い顔で言った。
「あんたさ。死んでから二十年以上経ってるんだよ。そんなに長い間、ひとりで抱えていたの」
「時間……。そうだ、時間……。みんな忘れて……」
(ああ、これは独りよがりの苦しみ。もう誰もステファノのことなんか覚えてないのに。俺は何を)
マルサの言葉を解釈して、自分の中で理解しやすいように理解しようとする。傷を和らげようとするかのように。自分の。そして、周囲も傷つかなかったと思い込もうとするために。
そのクロノスに向かって、マルサは見透かしたように「違うからね」と呟いた。
「忘れてないし覚えていたよ。みんなが、なんて言えないけど、少なくとも私は。それでね、いつかひょっこり帰って来ないかなっていつも思っていたの。それがさ、こうして帰ってきたわけじゃない。見た目はたしかに違うんだけど、同じよーな顔をして、ああ、これはステファノなんだってひとめでわかった。だからね、そういう感じで迎えようって思っていたの。それなのに、また死にそうな顔をしながら謝られたら、困るのよね。もっと何気なく言ってくれたら、こっちだって、こんなに泣かないですんだのに」
マルサの声が涙に濡れていることに、クロノスは遅ればせながら気づいた。
何度も瞬いて、細めていた目から、ついに涙が流れ出している。
かけるべき言葉がわからぬまま、唇を震わせたクロノスに対し、マルサは枯れた喉から絞り出すように告げた。
「もっとあるだろう、久しぶりに帰ってきたときに言うことは。他に」
「他にって」
「家を出て、帰ってきたら、なんていうのさ」
「……………………ただいま?」
疑問形で、ようやく言えた。
マルサは何度か頷いてから、袖で涙を拭って言った。
「おかえり。ちょっとばかし、遅かったけど、ちゃんと待っていたからね」
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